第九章 コプレフト・キッチン
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第九章 コプレフト・キッチン
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控訴審は一年半後に出た。判決は一審を維持した。
フリーダム連合は上告を断念した。
法廷は静かになった。けれど、台所は静かにならなかった。
奇妙なことが起きていた。判決とは無関係に、多くの料理人が自発的にレシピを「CC0」や「CC-BY」などのライセンスで公開し始めていた。「RML 騒動」が、むしろ「なぜ秘密にするのか」という問いを業界全体に投げかけたのだった。
高級フレンチのシェフがソースレシピを公開した。
ラーメン職人が四十年のタレの秘密を明かした。
老舗和菓子店が餡の配合を書き下した。
全員が、判決の後に、自発的に。
誰かに命じられたからではない。自分で選んだから、広がり方が速かった。
誰かが「コプレフト・キッチン」という言葉を使い始めた。法的強制ではなく、自発的な連帯としての共有。コードでいえば、GPLではなく、MIT よりもさらに自由な CC0 の精神。
RML の利用規約も改訂された。シュルツは静かに GitHub の PRを受け入れ、ライセンスを MIT に変更した。
コミットメッセージにはこう書かれていた。
"Change license to MIT. The conversation has started. That was the point."
(ライセンスを MIT に変更。議論は始まった。それが目的だった。)
PR の承認コメントには数百人のサポートが並んだ。「LGTM」(Looks Good To Me)という定型文に混じって、いくつかの言葉が目を引いた。
ある人は「Thank you for the chaos」(混乱をありがとう)と書いた。
葛西陽介は英語で「Thank you for making me think」(考えさせてくれてありがとう)と書いた。
志賀真帆は日本語で書いた。「法律は変わりませんでしたが、文化は変わりました。それで十分です」
投稿を終えたあと、彼女はしばらく画面を閉じたまま、湯気の立つインスタント味噌汁を両手で包んだ。制度は急に優しくならない。それでも、今日だけは少しだけ温かかった。




