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コプレフト・キッチン  作者: 神楽坂らせん


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第七章 葛西陽介の選択

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第七章 葛西陽介の選択

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 裁判の判決が出た夜、陽介はひとり厨房に残っていた。


 判決のニュースはスマートフォンで読んだ。原告敗訴。レシピの強制公開は認められない。


 安堵すべきだった。実際、業界団体はすぐに「正当な判決」とコメントを出した。多くの料理人も胸をなで下ろした。


 なのに陽介の気持ちは、すっきりしなかった。


 勝ったはずなのに、勝ちきった感じがしない。守れたはずなのに、何かを取りこぼした気がする。その違和感だけが、包丁より重く手に残った。


 彼はまな板の前に立ち、誰もいない厨房で独り言を言った。


「俺のスパイスタレのレシピ、本当に秘密にする必要があるのか」


 そのレシピは修業時代にインドを旅して学んだものをベースに、十年かけて改良してきた。十数種類のスパイスの配合、加熱のタイミング、冷ます速度。どれも試行錯誤の産物だった。


 なぜ秘密にしてきたのか。


 最初は「競争優位」のためだと思っていた。でも本当にそうだったか。ライバル店のシェフが同じレシピを持っても、まったく同じ料理は作れない。素材の選び方も違う。火の使い方も違う。手の感触も違う。レシピはあくまで地図であって、目的地そのものではない。


 地図を隠したところで、誰も傷つけないが、誰も助けもしない。


 陽介は冷蔵庫を開け、スパイスの瓶を並べ始めた。そしてパソコンの前に座り、RML のテンプレートを開いた。


 公開は、降参ではない。自分の技術を安くすることでもない。むしろ、手元の火を次の誰かに渡すやり方だと、ようやく言葉にできた。


 翌朝、彼は公式サイトに新しい投稿をした。タイトルは「キッチン・ソノラのスパイスタレ、全公開します」。本文にはこう書かれていた。


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 裁判の結果、法律上はレシピを公開する必要はないことがわかりました。

 

 でも、考えてみたら、俺がこのタレを作れるようになったのは、インドの農村でスパイス農家のおじいちゃんが教えてくれたから。彼はタダで教えてくれた。だから俺もタダで公開する。

 

 これを読んで試してくれる人が、また誰かに教えてくれたら、それだけで十分だと思う。

 

 RML 形式で書きました。自由に使ってください。ライセンスは CC0。完全パブリックドメイン。GPL でも MIT でもなく。

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 その投稿は四日間でシェア数三十万を超えた。


 コメント欄には「給食で作ってみた」「祖母の味に少し似ていた」「失敗したけど楽しかった」が並んだ。陽介は閉店後、ひとつずつ読み、いくつかに返信した。店の名声より先に、人の顔が浮かぶ夜だった。


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