第二章 ライセンス地獄への序曲
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第二章 ライセンス地獄への序曲
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問題が表面化したのは、ある法学ブログの一本の記事がきっかけだった。
投稿者は東京大学法学部の非常勤講師、志賀真帆。専門は情報法と知的財産権。町の定食屋を営んでいた実家で、仕入れ値と売値の板挟みを見て育った彼女にとって、「知識を守る」と「暮らしを守る」は同じ文脈にある言葉だった。彼女がその記事を書いたのは純粋な知的好奇心からだったが、公開から四十八時間でリツイート数が二十万を超えた。
タイトルは「RML のライセンスを読んでみたら頭を抱えた話」。
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みなさん、RML のライセンスを読んだことがありますか?
私は今日初めてちゃんと読みました。RML のリポジトリにはこう書いてあります。
"This software and its specification are distributed under the GNU General Public License version 3 (GPLv3)."
GPLv3 です。コピーレフトの雄。GNU GPL。
ソフトウェアのライセンスなら話は単純です。GPLv3 のソフトウェアを使って作ったソフトウェアは、同じく GPLv3 で公開しなければならない。これが「コピーレフト」の概念です。
では「レシピの記述言語」が GPLv3 だったら、どうなるのでしょうか。
RML 形式で書かれたレシピは、RML という GPL ライセンスの仕様を「使用した著作物」と見なされ得ます。つまり、理論上は、
「RML 形式で記述されたレシピは、GPL に従って公開しなければならない」
という解釈が成立するかもしれません。
もちろん「レシピに著作権はない」という判例の積み重ねがあります。しかし RML を採用した瞬間に、従来は著作権の外側にあったレシピが、GPL の文脈に引き込まれてしまう可能性があります。これはソフトウェアライセンスの歴史上、前例のない事態です。
ドミニク・シュルツ氏は意図的にこれを選んだのでしょうか?
それとも単なる見落とし?
私には分かりません。ただ、とんでもないことが起きているかもしれない、と思ってこの記事を書きました。
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翌朝、陽介がスマートフォンでこの記事を読んだのは、店の仕込みをしている最中だった。まな板の上でごぼうを刻む手が、止まった。
「……え?」
彼は三度読み直した。
理解した瞬間、ごぼうどころではなくなった。
頭に浮かんだのは法律用語ではなく、月末の数字だった。家賃、仕入れ、人件費。店を回すための現実は、いつもレシピの余白に書き込まれている。
過去二年間で、彼が RML 形式で公開したレシピは百七十三件。しかし公開していないレシピ、いわゆる「企業秘密」は別に八十件ある。自慢のスパイスタレのレシピ、常連客だけに出す季節限定コース、修行時代にフランスで学んだソースの変奏。
それらすべてを公開しろと?
「さくらちゃん!」陽介は声を上げた。「ちょっとこれ読んでみてくれ」




