第一章 機械は舌を持っている
本作は機械可読レシピ記述言語、CookLangX (GitHubで公開中)の変奏作品です。
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第一章 機械は舌を持っている
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2028年の台所は、以前とずいぶん様子が変わっていた。
特別な調理器具が増えたわけではない。包丁は相変わらず鋼鉄で、鍋は相変わらず重く、玉ねぎは相変わらず目を染みさせる。変わったのは言語だった。
料理を記述する言語が、ついに標準化されたのだ。
その言語は RML(Recipe Markup Language)と呼ばれていた。もともとは小さなオープンソースプロジェクトから生まれたもので、作者はアメリカ在住のエンジニアにして料理愛好家、ドミニク・シュルツという人物だった。RML の考え方は単純で美しかった。食材には `@`を、調理器具には `#` を、タイマーには `~` を前置する。すると人間にも機械にも読めるテキストが出来上がる。
例えば鶏の唐揚げならこう記述される。
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鶏の唐揚げ
>> 人数: 2人分
>> 時間: ~{30分}
@鶏もも肉{300g} を一口大に切る。
@醤油{大さじ2}、@みりん{大さじ1}、@おろし生姜{小さじ1} を合わせ、鶏肉を ~{20分} 漬ける。
@片栗粉{適量} をまぶし、#フライパン で @サラダ油{適量} を熱し、きつね色になるまで揚げる。
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これだけで、スマート冷蔵庫は買い物リストを作り、調理ロボットは手順を理解し、栄養管理アプリは成分を計算できる。シェフが頭の中に抱えていた「暗黙知」が、ついにデジタルの土俵に上がってきたのである。
普及のスピードは目を見張るものがあった。三年で主要な料理サイトの九割が RML 対応を宣言し、家電メーカーはこぞって「RML 読取機能」を搭載した調理器具を発売した。スーパーマーケットの棚には、食材パッケージに RML コードが印刷され、スマートフォンでスキャンするだけで関連レシピが表示されるようになった。
東京・代官山にある「キッチン・ソノラ」のオーナーシェフ、葛西陽介も、この波に乗り遅れまいと RML 形式でレシピを公開していた。三十七歳、元フレンチの修行経験を持ちながら和食とスパイス料理を組み合わせた独自のスタイルで知られる彼は、SNS でのレシピ発信を集客の柱にしていた。
「この鰤のポワレ、めちゃくちゃ再現性が上がりましたよ」
今年二十四歳になるスタッフの田村さくらが、スマート調理台の画面を指で叩きながら言った。製菓学校を出てからずっと現場に立ってきた彼女は、勘の良さと数字への強さを同時に持っている。「RML で書いておけば火加減のタイミングまで記録できるし、お客様に渡すときも見やすい」
「そうだな」陽介はぼんやり答えながら、ソースの仕上げに集中していた。「ただ……俺のとっておきのタレのレシピまでは公開したくないんだよな」
「え、なんで? 公開した方が有名になれますよ」
「そこが職人の矜持ってもんだ」
陽介はそのとき、まだ何も知らなかった。
RML のライセンスに何が隠されているかを。




