第二話 急いで幽霊と遭遇すべし〜プロローグ〜
【プロローグ】
大きなことを成し遂げるために
力を与えて欲しいと神に求めた
なのに謙虚を学ぶようにと 弱さを授かった。
世の人々の賞賛を得ようとして成功を求めた
それならば得意にならないようにと 失敗を授かった
人生を楽しもうとして あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと 命を授かった
求められたものはひとつとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬものであるにもかかわらず
心の中に言い表せない祈りはすべて叶えられた
私はあらゆる人の中で 最も豊かに祝福されたのだ
―――――――――――――ある無名兵士の詩
[藤巻]
アイツはやっぱりまだあの場所にいるのか。
あの……O峠に。
昨日の夜、中学の時の連れからメッセージがあった。
『なぁ、藤巻。嫌な体験談を見ちまったよ……』
『あのO峠で変な追跡してくる単車が出るってよ……』
『掲示板のURL送る。スレッドを読んでくれるか?』
眞元の一件の後、くたびれて帰ると中学の時の連れ―――新弥が立て続けに送ってきた。
半年ぶりだった。それでガキみたいに喜んで見てみたら……。
話の内容はアイツの事か……。
アイツの事を思い出さない日……いや、時間なんて無い。
あの一件から。
ずっとモヤモヤしている。苛立ちも募ったままだ。
きっと新弥もだろう。
会話を切るとURLが送られてきた。
そのサイトへ飛んだ。
新弥から送られてきたURLは、恐怖体験が書かれた掲示板だった。
ーーーーーーーー◇――――――――
[掲示板 O峠スレッド]
ついこの前残業で遅くなった時のことだ。
疲れきって空腹だった俺は最短の帰路を選択した。
家に帰るにはO峠を越えて帰るのが一番早い。
ただ、時間が遅いとあの峠は走り屋達が現れるから厄介だ。
時間が気になり一旦停車した。
取り出した携帯は21時40分と表示していた。
峠を越えるのに七、八分。
急げば地元の安売りスーパーの営業時間に、ギリギリ間に合いそうだった。
もし間に合わなければ、コストのかかるコンビニ飯になる。
俺は再び単車を走らせた。
山の中のひんやりとする夜風の中を走る。
気温は涼しく、山の中に入ると少し寒いぐらいだった。
そんな山道を。
5分ほど走ったあたりだった。
ふと。
後ろから一台の単車が追走して来た。
それが段々と近づいてくる。
煽られて面倒事にでもなったら厄介だ。
そう考えて急いではいたが、停車して道をゆずろうとした。
すると、後続のそいつも何故かその場で停車した。
ほんの少しの間、待ってみたがそいつは微動だにしない。
んだよ……紛らわしいと思いながら、再び走り始める。
するとそいつもまた追走してきた。
そしてまた近づいて来る。
俺はまた側道に停車した。そしたら後ろの奴も停車する。
そんな事を三回も繰り返した。
クッソ面倒な奴だと思った。
こっちは急いでるってのに。
最初は知人のイタズラかと思った。けれども……だ。
知り合いや友人を思い浮かべてみるも。
わざわざこんな時間に峠で待ち伏せまでして、イタズラをするもの好きなんていない。
まったく……。
そう俺が悪態をついた時だった。
どういうつもりなのか……今度はさっきまでも打って変わってスピードを上げてドンドン近づいてくる。
それも単車ごと体当たりしてきそうな勢いで突っ込んでくる。
正気かよ。
完全に頭のおかしい奴に絡まれてしまったらしい。
ここはただでさえ交通量が多いO峠。
物流のトレーラーだの通勤の車だのが、対向車線にバンバン走っている。
ゆえにカーブで走行ラインが膨らんで逆走にでもなれば命の保証はない。
また止まってみるか?
でも……。
ありもしない難癖、言いがかりをつけられて喧嘩にでもなれば面倒だ。
それがもし大事になって、会社に知られたらかなりウザい。
くそ……。
とにかく俺はスピードを上げた。
一つ、また一つ、カーブを曲がる度、背中がゾッとする。
ただ。
運がいいのか悪いのか、その時は対向車と全くすれ違わなかった。
そこでサイドミラーに視線を落とすと、追走車は親指ぐらいの大きさに見えた。
よかった。必死に走って突き放せたらしい。
そう少し安心していた矢先。
後方から嫌がらせのようにパッシング。
ミラー越しに強烈な光を浴びた。
クソ……! 鬱陶しい。
そのせいで一瞬だけ、視界がぼやけた。
ほんっとウザかった。
もっとコイツと離れないとならない。
ちょっと見えにくかったけど、対向車もいなかったのでギアを上げて、アクセルを開いた。
ここで、おかしな事が起きた。
さっきのパッシングで視界を失ったのは1秒にも満たない……本当に一瞬だけだった。
なのに。
すぐ隣に不気味な気配がした。
ゆっくりと俺は視線を向けた。
そこに黒い塊がいた。
ずっと鬱陶しい真似をしてきた後続の奴だ、とすぐに分かった。
そいつは少し古いカワサキに乗っていた。
XUNTHUSZR400D。
ぼんやりとした人形の何かが、ザンザスに跨っている。
その顔、表情は当然見えない。
亡霊だった。
よく見ればザンザスまで透けてやがる。
ソレが嘲笑うように真横に付けてきていた。
俺に霊感は無い、はずだ。
子供の頃からそういう類いのモノは見えた事が無い。
そんな俺に見えてしまった。
相手はかなり厄介な地縛霊……ってことになるんじゃないか?
背中から滲み出る冷たい汗を感じながら、それでも無我夢中で走る。
が、その亡霊はきっちり付いて来る。
そればかりか。
段々ソイツが俺の単車を追い抜こうと、前に出て来ている。
これは抜かれたらマズい気がする。
前に出られたら、何をされるか分からない。
今、カーブ直前のストレートで時速が……91、92、93キロ……。
峠でこの速さ。体感がヤバい。
俺のGB350(サンゴー)はもう限界に近い。
先のカーブにスピードを落とさず突っ込めば、俺の腕では曲がりきれない。
失敗して転べば体中はバーベキューだ。
かと言って、スピードを落とせば回り込まれてその後は……。
あぁ……これ詰んだな。
……仕方ない。
俺は腹をくくった。
一か八か、このままカーブに突っ込む事にした。
たまたまの運と腕が奇跡的に合わさったら、曲がれるかもしれない。
幽霊に何かされるよりかはまだマシだ。
やってやる。
そして来た。
左へ右へのS字……。
「うおぉぉぉ!!」
恐怖心を無くす為にダサい叫び声をあげた。
単車を傾ける。
膝がちりちりと焼ける。
が。
「よし! いける!」
先に右へ傾けた後、カウンター、左に。
俺はやり遂げた。
まさか曲がれるとは思わなかった。
自分自身が信じられなかった。
興奮していた。
これは亡霊でも突き放せたはず。
が、目の前の光景にその興奮はすぐに冷めた。
ザンザスのソイツは視界の先にいた。
しかも停車している。
俺は自分自身を罵りながらバイクを止めた。
本当にアホだ。
そうなんだよ。相手は亡霊。
心のどこかでこのSカーブを曲がりきれたら助かるなんて思い違いをしていた。
そんな見込みなんて初めからなかったんだ。
Uターンでもするか?
いやしかし……また追走されたら同じ事だ。
今度こそ詰んだ……と、そう思った。
この亡霊はきっとこの峠で単車の事故で死んだ奴だ。
それで道連れに単車で通る奴を、攫うつもりなのだろう。
だが。
そのザンザスの亡霊は空気に溶け出した。
手のひらに乗せた砂が風に舞い散るように。
俺の目の前でソイツは消えた。
俺は、とりあえず助かったらしい。
ただ、これで話は終わらない。
まだ恐怖心が抜けきらなかったが、それでもなんとかその峠を越えた。
そして俺は信じられない光景を目にする。
地元のスーパーがまだ閉店の用意をする事もなく、しっかりと開いていた。
その駐車場に停めて俺は携帯を取り出す。
そして時間を見る。
時間は21:42と表示されていた。
そんな筈が無かった。
峠を越えたのに1分しか経っていない。
携帯の時計が壊れたのかと思った。
パラレルワールドにでも放り込まれたのか?
そんな気分だった。
奇妙な現象にゾワゾワと背筋に悪寒が湧き立つ。
そんな気持ちを抑えてスーパーへ入る。
そして壁掛け時計を確認した。
スーパーの時計の針も9時42分。
やっぱり時間は合っていた。
これが俺が経験した、一夜の奇妙な実体験だ。
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[藤巻]
『消えた……?』
他にもO峠での体験談が載っていたが、やはり同じような内容だった。
そのザンザスに乗った亡霊が追走してくる。
停車、発車、停車、と繰り返した後、煽ってくる。
パッシングしてきて横に並ぶ。
そして停車するとそのザンザスに乗った亡霊は消える。
気がつけばありえない短時間で峠を越えていた。
黒いザンザス……間違いない。アイツだ。
もしかしたら、俺達の事を探しているのか?
なら、確認しに行かなきゃならない。
新弥には黙っておくか。
俺は表に出ると、ガレージから親父の単車を引っ張り出した。
本当に久しぶりだ。
手入れはしてあるが乗るのはあの日以来だ。
Ninja ZX-4RR。
エンジンをかける。
断続的なエンジン音が相変わらず腹に響く。
今から行くからよ。
待ってろよ、隆斗




