十字路に棲む女霊(終) 17ーーー呪道会ーーー
集会所として利用している元喫茶店は、相変わらず薄暗い。
シャッターをこじ開けて勝手に使っている為に、電気やガス水道は止まっている。
東京だけでも幾つか存在する、呪道会の拠点の一つだ。
レトロな紫色をした看板の置物は、黄色の文字でピロと書かれている。
ピとロの間にもう一文字が書かれていたはずだろうが、その部分が割れているのでピロとなっているのだ。
おそらくはピエロか、あるいはピサロのいずれだったと推測する。
周藤 尚弥は、この呪道会に身を置いている事を後悔していた。
広尾の十字路の一件に、まさか未成年を巻き込むなどと。
家族がこの世を去った時に誓ったはずだった。
未成年と女性には手を出さないと。
妻と子供二人。
家族の亡き骸に誓い、そう手を合わせた。
あの笑顔を失って、時間が停止した。
ずっと続いて欲しいと願った温もりは、もう遠い思い出に変わった。
叫んでも聞こえず、呼んでも返事はこない。
こんな思いを誰にも味わわせたくなかった。
自身が直接関与したわけではない。
それでも罪悪感が、じわりと覆い被さってくる……。
病院で見た家族の遺体を思い出しそうになる。
首を振って意識を逸らす。
やった奴は分かっている。
奥の四人がけの席にその男は座っていた。
背はこちらに向いている。
その表情は見えないが、入店してから時折、聞こえてきた不快なくぐもった笑い声。
ノートPCを見ながらそいつは軽く肩を揺らしていた。
禍時 玲。
そいつはそう名乗っているが偽名だ。
年齢は十代後半か、二十歳ほど。
個人の情報はこの呪道会では皆、伏せている。
この会ほど個人の事を知られると、都合が悪い事しか無い会もそうそう無い。
その辺りも周藤の心のトーンが下がるところである。
「……周藤か?」
背を向けたまま呼びかける。
「よく……分かったな」
「そりゃ分かるよ? あの交差点に車を突っ込ませたの、周藤だろ?」
「……やっぱりあの交差点での一件……お前の仕業か?」
周藤が聞き返すと、禍時はゆっくりと周藤の方へ振り向いた。
仄暗い圧力が周藤にまとわりつく。
怒りで呪力が昂っている。
周藤はそう推察した。
「……それ、聞いてどうすんの?」
「別に……理由を知りたいだけだ」
「それ聞いたら俺の質問も答えてくれる?」
「……あぁ」
「本当だね? ……じゃあ教えてあげるよ」
「………………」
「二つ、理由がある。まず一つは、まぁ呪力会の宣伝」
「宣伝だと……?」
「そうだよ。最近、仕事の依頼が減ってきてるでしょ? だから未成年者や女を犠牲にすれば世間が食いつく。それに伴ってこの会の事を知ってる人にはいい宣伝になる」
「………二つ目は」
「二つ目はまぁ……」
言いながら禍時は、目を険しくする。
周藤の目を真っ直ぐに睨みつけて。
「余計な事をする奴がいたら見せしめになるからさ。ねぇ? 周藤……さん?」
このガキ……。
上等だ、と周藤が言いかけた。
ふと。
周藤は自身の股間に違和感を覚えた。
なんだ?
股の間に存在する……性器が、右の太腿にべったりと引っ付いていた。
汗などで、ではなかった。
それは瞬間接着剤でも使ったようにしっかりと固定されていた。
周藤はズボン越しにポジションを直そうと試みる。
が、やはり離れない……。
この禍時、なんかしやがったか?
周藤がそう思うと。
「クック……」と、禍時が愉快そうに肩を震わせる。
「……お前、俺に何か――」
周藤が言い終える前に、禍時が食いついた。
「―――面白い事やられた? でも、俺じゃないよ」
「だったら他に……」
「あの十字路まで行ったんでしょ? そこに面倒な女が一人いたっけ」
「……!」
禍時の言葉にまさか、と周藤は思う。
性格が拗れていると有名な呪術師 桐生。
接触はしていない。
ギャラリーに紛れて周藤は遠巻きに見ていただけだった。
にもかかわらず。
あの一瞬で、周藤が怪しいと訝しみ、こんな嫌がらせな呪術をかけたのだ。
恐るべき心の捩れっぷりである。
ふと。
周藤は背中がゾッとする想像をする。
もし、外でトイレに行きたくなった時はどうすればいい?
……なんとしても解かねばならない。
解ける者を探さねば。
周藤が喫茶店を後にしようとした。
その背中に。
「あぁ、周藤。俺、やりたい事邪魔されるの大っ嫌いだから覚えててくれよな。同じ会のアンタと言えど容赦しないから」
と、禍時が軽く息巻く。
そんな禍時に。
「奇遇だな。俺も無関係な未成年……女、子供を巻き込む奴はタダじゃおかない主義だ」
周藤が切り返した。
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結局。
警察署なり連行されると思いきや、駆けつけた大勢の警察官や消防士達に、俺達は軽い状況説明だけで解放された。
気になった事が一つ。
その警察官や消防士達の目が全員、虚ろだった事だ。
狭間さんと勝丸さんいわく、これも桐生さんの仕業らしい。
とにかくこの一件で。
俺の身の安全という名目で、俺の家に入り浸る半同居人が二人ほど増える事になった。
狭間さんと、藤巻の二人だ。
この時は、結果、静かに事なきを得るだろう、なんて呑気な事を考えていた。
これから起こる数々の不可思議な事件や、慌しさに満ちた生活などまるで想像もできなかった。




