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十字路に棲む女霊 15


 勝丸さんが眞元の口を塞いでいるテープを一気に剥した。

 その眞元を見て「………………ん?」と、俺は声を上げてしまった。


 眞元の口から黒いもやが、次から次へと溢れ落ちては霧散している。


 何? 光化学スモッグ?


 俺がまじまじとそんな眞元の口元を見ていると。桐生さんが「あらまぁ……」と言って。


「山咲さんも見えるようになってしまったんですね」などと、少し珍しい物を見るように俺の顔を下から覗く。


「は……えと……これ何ですか?」


「何って呪力ですよ? さっき那森さんを包んでいたモノと同じです」


「へ……へぇぇ……そっすか……ちょっとびっくり……」


 呪力って目視が出来るもんなんだ。初めて知った。

 ちょっと感動……などと思っていると、狭間さんが。


「おい、呑気のんきな会話してねぇでよ。智巳さん変わった様子は呪力コレのことか?」


 と、勝丸さんに狭間さんは訊くが、勝丸さんは肩をすくめて。


「ううん違うんだよ。なんかね? ずっとブツブツ言ってるんだよ。あ〜……二人の会話を聞いてこの人の口元を見てるけど……ん〜……残念だ。ボクにはさっぱり見えない」


 呪力が見えない事にちょっと落胆したらしい勝丸さんは、結構残念そうにため息をついた。


「まぁ、個人差がありますか……ら……」


 フォローする桐生さんが眞元の前で屈んだ。


 そして注意深く耳をそばだてている。


 眞元は確かに細い声で何かを呟いていた。

 周囲の雑多な音の中に消え入りそうなほどのか細い声で、


「ゼー…………ル……ム…………アパリ………シュ……」


 と、どこの国の言語なのかわからない言葉を、この世の何も見ていないような虚な目をしつつ、


「ゼールム…………アパリーシュ………スミタニル………」


 そう一つ一つ言葉を紡ぐように、あるいは呪文のように地面に向かって呟いている。

 そんな眞元に藤巻が。


「オイ………眞元、ブツブツ言ってねぇで言う事があるだろが!」


 仰向けになるように蹴り転がした。

 すると。

 

「「うおっ!!」」


 俺と狭間さんが驚愕した。


″お前は有機化合物を扱う工場か″と言いたくなるぐらいに、眞元は濃い黒煙を吐き出し始めた。


 今なら機関車トー◯スとして一発ギャグが出来るかもしれない。


「……これちょっと興味深いです」


 ほろり、と星屑を落としそうなほど期待に満ちた目で、桐生さんが狭間さんを見上げる。


「何が興味深いんだ? 眞元はどうなってるんだよ」


「ざっくり言います。こちらの方、魂が端の方から呪力に変わっている真っ最中なんです」


「そう……なのか? それでどうなるんだ?」


「はい。完全に変わり切るとそれはもう、呪力の時限爆弾になります」


「…………なに?」


「だからその、呪力で爆発するんです。たぶん ″ボン″ と」


「いや……″ ボンと ″ じゃなくてよ。それってヤバいんじゃねぇのか?」


 狭間さんの言葉を受けた桐生さんは「………いえ、その……まぁ、大丈夫です」と、心もとないぼんやりとした返事をした。


「その言い方は大丈夫じゃなさそうだな。……っつうか、呪道会の連中がこの眞元に術をかけたってんなら、大丈夫なわけねぇよなぁ?」


 目に鬼気が灯した狭間さんが、桐生さんに詰め寄った。

 その気迫に圧倒された桐生さんが。


「まぁ……魂の ″程度″ と、掛けられた術にもよりますけど、眞元このかた然程さほどに良い魂を持っていなさそうなんで、小火ぼやほどの被害で済む……はずです。その時は私の呪力ちからで対処しますから」


 と、少し弁解するように言う。


 なんだかその言い方が、これからイタズラを仕掛けようとしているところを親に見つかり、何も聞いていないのに弁解を始めた子供の言い分。


 そう聞こえた。


「じゃあ……もしその予想が外れてだ、眞元の魂ってのと、術が信じられないほど強力なら、どれだけの被害が出るんだ?」


「ええと……まぁ……そうですね……」


 そう言いつつ桐生さんの横に立つ狭間さんをチラチラと見あげて。


「東京都の半分ほどの……その……人の魂が……爆発で……一瞬にして消滅するぐらいです」


 と、語った


「「「「「…………………………………は?」」」」」


 四人の男共ヤローどもと、那森さんの声がハモった。


「おい……冗談だよな? んな、ふざけた事……」


 そう狭間さんが言うと、発言した桐生さんも想像してた以上に周りの人がドン引きしている事に(やっと)気づいたらしく。


「あ! いえ! でも、私の先祖が一度経験した事がありまして、その時は結界を張ることによりまして、村一つ分で済んだんですよ」


 と、全然フォローになっていないフォローを入れる。

 お話の通り村の一個分の方々がぶっ飛んだのなら、それは完全に災害だ。


 自分の背中に一つ、二つと脂汗が垂れてきた。


「とんでもなくヤバい呪物シロモノになってるじゃねぇか!! 早く解いてくれよ!」


 そう狭間さんが噛み付くと。

 

「……たとえ呪いを解いたところで、この眞元さんは助かりませんよ?」


 などと桐生さんは明後日な回答を言う。


「……あのなぁこの際だ、眞元は助からねぇなら諦める他ないだろ! そんな事よりなんの関わり合いもない大勢の人間が犠牲になるんだよ。それを食い止めるって話してんだよ!」


 顔を強張らせてそう言う狭間さんの事を、桐生さんは何故かジッと見つめて。


「酷い……眞元さんはどうでもいいんですか……。人ひとりの命をなんだと思ってるんです! ワンフォアオールって気持ちがないんですか!?」


 と、反論する。


「よく言えたな。あんたに酷いなんて言われたくねぇよ!! ………っつかよ」


 桐生さんをジト目で見て狭間さんは訊いた。


「もしかして……一体どれだけの事が起きるのか……まさかこのまま見てみたいって言うんじゃねぇよなぁ?」


 早かった。

 狭間さんのセリフを全て聞くよりも、桐生さんはサッと顔を背けていた。


「桐生さん。いくらなんでもそれは……」


 勝丸さんが渋い顔をする。


「……おい、何か聞こえないか?」


 一人、藤巻が冷静に呼びかける。

 その視線は南の方角へ向いていた。


「……あぁ、確かに聞こえるな。なんの音だ?」


 注意深く聞き耳を立てている狭間さんが怪訝な表情をしている。

 俺も藤巻が見ている方向を目と耳で追う。


 音が先に耳へと届いてきた。


 それは鉄クズを裁断機にでもかけているような、グシャグシャと奇怪な音。


 それが。


「……なんか……近づいて来てる? あれ……もしかして車かな?」


 そう勝丸さんが誰となく訊いたのは、こちらへと近づいているその車が、ギリギリで原型を留めているスクラップ寸前の姿をしているからだ。


 ドアが外れ、ナンバープレートも無く、おまけにフロントガラスを失っている。


 終盤に近い、ハ◯ルの動く城……。


 とても走れるような状態に見えないけど。


「……おい……俺、この光景に見覚えあるんだけどよ」


 藤巻がフラッシュバックする光景に、苦笑いを浮かべている。

 俺と狭間さんが那森さんの方を見ると。


「違います! 私じゃありません!」


 そう那森さんが強く訴えた。

 すると、つぅ、と頬に一雫の汗を垂らした狭間さんが。


「じゃあ……アレは……やっぱ実物ほんものかよ!」


 その狭間さんに勝丸さんが首を左右に振り。


「いや、あり得ないよ……。あれ眞元このひとの車だよ。警察が押収してるはずだからここに現れるはずがないんだ! それに……この先はまだ工事をしてるはず……」


 そう明言する。

 すると、桐生さんが。


「あの車……術がかかってますね」


 こんな状況にかかわらず、桐生さんがのんびりと言う。


「だからサッサと眞元をよ……!」


 狭間さんが忌々しそうに桐生さんに言う。


「ごめんなさい。すみませんでした。すぐに解呪します」


 桐生さんがそう、ほぼ棒読みで返答するが。


「もう遅ぇ! 全員逃げろぉぉ!!」


 狭間さんがそう一喝した。


 けど。


 どうしよう。

 これ、緊張か? 恐怖なのか?


 ごめんなさい。

 俺の体。

 すくんで全く動かない。

 そのせいで車の中の様子がハッキリと見える。


 まず誰も乗っていない。

 誰も運転をしていない。

 それにタイヤも回っていない!


 氷上を滑走するがごとく、猛スピードで突っ込んで来ている。


 他の皆は散開してる。

 俺だけが、逃げ遅れたまま………!


 あぁ……オワタ………。


「涼!!」


「バカヤロウ! テメェ何してんだよ!!」


 狭間さんに続いて藤巻の怒号が聞こえると、俺の体は宙を舞い、アスファルトの地面がどんどん顔に近づいいてきた。


 二人が戻って俺の事を突き飛ばして、また二人はその場を飛んだようだ。


 おかげで助かった……。


 ありがとうございます、と心から感謝を………。


 ん………。


 …………あれ?


 そういや一人忘れてた……。


 体を縛られて地面に転がっていた眞元は?


 そう、気づいた時には遅かった。


 車は俺が元いた場所に転がっている眞元を巻き込んで、その眞元もろともカーブミラーに突っ込んだ。


 人体が破壊された音か、それとも車が大破した音か、ぐしゃりと何かが潰れる音がした後に、打ち上げ花火の音を間近で聞いたような、ドン、と大きな音を立てた。


 コンクリートのブロック壁の残骸と、砂埃が盛大に舞い上がった。


 瞬く間に、一帯は白く濁った景色となった。


 パラパラと壁の破片が粉雪のように降る中で、 ″くの字″ に折り曲がったカーブミラーの姿を目視した。





 

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