口は災いの門
“僕”勤労。
温室の片隅で汗を拭ってフゥ、と一息つく。
そしたらいつの間にか近くに来ていたらしい姿の見えない魔王様の声がいつものように頭に響いてきた。
《俺は確かに温室の手入れをして、野菜を育てたいとは言った。言ったがなぁ……誰がこんな本格的な畑を作れと言った!》
僕の前に広がるのは、魔王様の言う通りきっちりと区画分けをされ、必要なところには支柱を施してある小さな家庭菜園上。
ちなみに、種や苗はこの前ルーネの町で服や食糧と一緒に買ったものだよ。
温室の手入れや畑作りに3、4週間もかかって、冬になっちゃったけどね。
「お金だって無限じゃないんだから。自分で育てられる分は育てた方が経済的でしょ。それにほら、魔法の特訓にもなるし」
そう言って僕が手で指し示したのは、足元でせっせと動く真っ黒な一頭身達。
バスケットボールサイズの球体に短い手足を生やしたキュートなその存在は僕が魔法で生み出したもので、害虫を駆除するものと、水やりをするもの、畑の手入れをするものとってそれぞれタスク分けをして動かしている。
《無駄に手の込んだものを生み出すな》
「無駄とは失礼な!可愛かろうこの見た目!愛くるしかろうこの素朴な目と鼻!」
《ただの3つの点だろ》
「その手抜き感が一周回っていいの!これぞ癒し!」
「完全なる親馬鹿だな」
魔王様に向かって力説してたら、(ここでは必要じゃないと思うんだけど)護衛をしてくれてるヴィヴィアンに静かにツッコミを入れられた。
この可愛さが理解出来ない、だとっ……!?
「この子達は凄いんだ!もっと癒しが欲しい時は踊りを頼めるし、マッサージを頼めば肩、腰、腕、足!適したところをゆっくりじんわりほぐしてくれる!抱き枕にだってなるんだぞ!」
《そんな無駄なものを生み出す暇があるなら攻撃魔法の1つでも覚えろ》
「覚えましたー、編み出しましたー。僕だけの攻撃魔法。それがこれですー」
僕の癒しを無駄と言い続ける魔王様の鼻を明かすため、僕は魔力を練って両手から新たにあるものを生み出した。
それはヴゥーン、ヴゥーンと羽音を鳴らし、僕の周りでホバリングをする。
「蜂、か?」
「正解」
僕が生み出したのは黒い2匹のスズメバチ。
「この子達の針に毒や筋弛緩剤、しびれ薬や眠り薬を仕込めばどんな相手も一網打尽ってね。逆に回復薬とか、筋肉増強剤とか、鎮痛薬を仕込んで自分に打てばドーピングで能力倍増だよ!僕はこれを――生体模写と名付けたね」
《地味でせこいな》
「派手で大仰な魔法はそれだけで魔力消費が激しいでしょ?だけどこれなら低コスト。というわけで、針に仕込む薬を作りたいから魔法薬の作り方を教えて下さい」
《毒草1つ見分けられない素人が手を出していい分野だと思うか?》
「ぐぅ……」
ごもっともな言葉を返されて僕は肩を落とす。
仕方ない。
「じゃあいつもみたいに蜂蜜採取に特化させるかぁ」
スズメバチの姿をミツバチに変えて、量も増やして僕は温室中に解き放つ。
《おい。今の毒仕込みの蜂って絶対、蜂蜜を採る時に思いついた副産物だろ》
「……何のことかな」
《視線を彷徨わせるな》
どこにいるか分からない魔王様を見ようと視線を彷徨わせてるだけであって、決して図星だからではありません。
なので畑作業に戻らせていただきます、とばかりに動こうとしたら、また体を乗っ取られた。
《そこまで無駄なことを無駄に頑張れるようになったなら、俺の望みの1つでも叶えてもらおうか》
って言って、魔王様は僕の体を屋敷に連れて行く。勿論、ヴィヴィアンも後ろについて来る。
階段を上がって、前に入ったことのある実験室みたいな部屋の中へ。
「もしかして魔法薬を作るとか?」
《なわけあるか》
なんだ、違うのか。がっかり。
僕の体を使って魔王様が取り出したのはただの粘土。
「ルーネの町で魔王様が買って、買ってって駄々こねたやつじゃん。粘土だけに」
《やかましいわ。勝手にクソみたいな記憶に改ざんするな》
絶対買え、ってうるさかったんだから僕にとっては小さい子供の駄々と同じだ。
僕の体を使って、魔王様は黙々と粘土を捏ね出す。
「粘土遊びがしたかったの……?」
《おい、ヴィヴィアン。命令だ、こいつに猿ぐつわを噛ませて黙らせろ》
「ごめんて。ちょっとした子供の冗談じゃないですか~」
《俺は冗談は言わない》
謝罪も虚しく、魔王様の命令に背けないヴィヴィアンによって本当に僕は猿ぐつわを噛まされる。
口で勝てないからって物理的に黙らせることないじゃんかー!
内心でブーブー言いながら勝手に動く両手を見てたら、魔王様は捏ねた粘土の中に紅色をしたピンポン玉サイズの魔石を入れた。
そしてそのまま何かを作り始めた。これは……鳥?
ヴィヴィアンにも鳥に見えたんだろう。魔王様に問いかけてた。
「鳥の置物でも作るのか?」
《俺の簡易的な依代だ》
依代、とな?
僕が疑問に思っていたら、体だけじゃなく魔力まで勝手に使われた。
どうやら魔王様は、僕がキュートな癒しキャラやあの蜂を生み出したように、動く鳥――それも粘土っていうちゃんとした肉体をもった鳥を生み出したいみたい。
鳥の形にした粘土に僕の魔力を注ぎ込んでいく。
魔石が核という心臓になって、粘土という骨格に魔力という肉がつく。
今ここに魔王様の依代となる動ける鳥さんが誕生した。
《……おい、待て》
なのに魔王様はとても不満気。一体、何が気に食わないんだか。
「これはまた……」
鳥さんを覗き込んだヴィヴィアンが肩を震わせて笑う。
「随分可愛らしい見た目の鳥になったな」
僕の目の前にいるのは、ヒヨコだとかスズメを思わせるまん丸いフォルムをした手乗りサイズの灰色の鳥さん。
《ノル、お前の仕業だな……!》
何か人聞きの悪いことを言われた気がする。
僕はただ、魔力を込める時にこの鳥可愛くないなー。もっと可愛いのがいいなー、って考えてただけなのに。
体を操ってる魔王様によって、猿ぐつわが外される。弁明することはあるか、ってことだね。
「粘土なのに羽毛が生えてるなんてふっしぎー」
《ふっしぎー、じゃないんだよ。ふっしぎー、じゃ!》
「魔王様が僕の魔力を勝手に使っても、出来上がりは僕の想像したものになるなんて知らなかったんだからしょうがないじゃないか」
《開き直るな!》
じゃあ作り直せばいいじゃん、って言うも、お前はまた違うものを想像するだろ、って言われる。最初から可愛ければそんなこと考えないのにね。
「可愛くないものより可愛いものの方が得だよ。可愛ければ魔王様に対する僕の態度も良くなると思う」
《…………本当か?》
ちょろいな、この魔王。
と思ってても口にしない。うんうん、本当。本当って頷いておく。
視界の端でヴィヴィアンが顔を逸らしたのが見えた。
多分、ヴィヴィアンも魔王様がちょろいと思ったんだろう。噴き出したのを咳払いで誤魔化してた。
魔王様が僕の体から出ていく。そのすぐ後に、灰色の鳥さんがもぞもぞと動き出した。きっと魔王様が入り込んだんだ。
ばさばさ、と羽ばたきを繰り返したりして、体がちゃんと動くか確認してるみたい。
「お加減どうですかー?」
って聞いたら、鳥さんの嘴が動いて――
『まぁ……悪くはない』
人語を喋った。
今まで頭に響いていた声が耳から入ってきてちょっと変な感じ。
「鳥なのに喋れるんだ……」
『声なんぞ所詮音の振動だからな。体さえあればどうとでもなる』
「なら、鳥じゃなくても良かったということだろう?どうして人の姿――いいや、自分の姿にしなかったんだ?」
ヴィヴィアンに問われた魔王様は質問には答えず、翼を動かして自分の体をその場で浮かした。
飛べることが分かったんだろう。僕の視線と同じぐらいの高さまで飛んできたかと思うと、ぽすっ、って頭に軽い重みがかかる。
近くにあった試験管に僕の頭の上でくつろぐ灰色の鳥さんの姿が映った。僕の頭は鳥の巣じゃないんだけどなぁ……。
『ノル、俺の本来の姿なんて想像出来るか?』
「無理っ」
『出来たとしても、この鳥の姿みたいに変なものをお前は想像するだろ?』
「…………時と場合によるかな」
否定は出来ない。出来ないけど肯定するのも癪で、視線を逸らしてそんな返事をすれば頭の上でため息を吐かれた。
そういうことか、ってヴィヴィアンも肩を竦めてる。
『まず、今のこいつの魔力じゃそこまで大きいものは生み出せないからな』
「どこまで大きなゴキブリが生み出せるか今やってみる?」
『毛根を死滅させられたいか?』
野生の まおうさまの つつく 攻撃!
効果は バツグンだ!
僕は頭を押さえて「ごーめーんー」と謝る。
くそぅ。肉体を得て、分かり易い暴力にはしってきたな。
『言動には慎め。次は眼球を狙うからな』
「僕が疲労困憊になって倒れたり、眠ったら魔王様はその体を保てなくなるの?」
『残念。お前の魔力はもうこの肉体の核である魔石に定着した。この肉体はもう俺のものだ』
「……つまり核になってる魔石を潰せば元の粘土に戻るんだね」
さっきまで忙しなく動いてた鳥さんの嘴がそこで止まる。僕の手がそんな鳥さんに伸びる。
どうやら魔王様はかなり高い危機察知能力を持ってるみたい。凄い勢いで後ろにいるヴィヴィアンの肩に飛び移っていった。
ヴィヴィアンがやれやれ、って感じでため息を吐く。
「諦めろ、魔王。お前じゃノルディスには勝てない」
鳥さん姿の魔王様は憤慨したように短い足でヴィヴィアンの肩を踏みつけてる。勿論、ダメージは0。
『クソガキがっ!この魔石は滅多に手に入るようなものじゃないんだぞ!』
「貧民街育ちの貧乏人なんで価値なんて知りませーん。僕にとっては石ころも同然ですー」
『だったら身をもって体験させてやるまでだ……!』
あれ……?何でだろう。不穏な話になってきたぞ。
雲行きの怪しさを感じた僕は部屋を後に――しようとしたところで、魔王様の命令を受けたヴィヴィアンに捕まった。
それですぐにシーツで簀巻きにされて、ルーネの町に行くのに使ったあの鏡の部屋に転がされた。
何か準備があるのか、魔王様はヴィヴィアンを連れて部屋から出て行く。
残された僕はと言えば何も出来ず、ただみのむしのごとく床を転がってた。まるで島流しを待つ罪人の気分だ。
(まぁ、解けるんだけどね)
畑仕事をさせてたあのキュートな癒しキャラを生み出せばね。
でも、それをして逃げたらまた魔王様が怒って、もっと酷い仕打ちを受けるだろうからやらない。それこそ体力と魔力の無駄遣いだからね。
待つこと数十分。
魔王様が荷物を持ったヴィヴィアンを連れて部屋に戻ってくる。
何を担いでるんだろう、って思って見てみれば、荷物の中に鶴嘴があることに気付いた。……嫌な予感。
『よし。今から魔石を採りに行くぞ』
(あぁ……やっぱり)
シーツを解かれた僕はヴィヴィアンに尋ねる。
「ねぇ、これって僕のせい?」
「自分の身を案じるなら、これからはあまり魔王を煽らない方がいいな」
今得た知識。
魔王様の煽り耐性はかなり低い。




