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どうも、観測者Aです  作者: 漣
9歳2ヶ月
13/16

揺れる心 ~Side:騎士~



 コーンスープを一口食べて涙を流すノルディスに、テーブルに突っ伏して嗚咽を押し殺してすすり泣くノルディスを前に、俺は指の1本たりとも動かせなかった。

 何か、言葉をかけてやろうと思うのに、それは喉の奥に詰まって口から一言も出てこない。



 俺は、――この子の心の傷を甘くみていた。





――――----------

――――――----------





 初めて会った時、倒れる君の体を受け止めた時は驚いた。

 意識のない人間は子供であってもそれなりに重いものだ。だというのに君の体は想像以上に軽く、驚くほど冷たかった。

 その生い立ちを魔王から聞いて、俺は更に驚いたよ。


 長年にわたる虐待と、人身売買によって魔物の餌となるショーの見世物にされていたなんて……。

 勿論、そんな世界があるということは知っている。俺だって、伊達に300年以上も生きていない。世の中の不条理は分かっているつもりだった。

 それでも、とても許せることじゃない。



「そんな子供をお前は自分のために利用しようと言うのか!?」



 栄養失調と低体温症で衰弱し切っているこんな小さな子供を、壮絶な体験をしてきた子供を更に自分の依代にして使うなんて許せるはずがない。



《自分の騎士道に反することであっても従うと言ったのはお前だろう。そんなお前が俺を糾弾出来るのか?》


「っ……」


《それとも何か?最初からこいつのことを知っていたら契約しなかった、とでも言うか?》



 頭の中に直接響いてくる声に、俺は何も言い返すことが出来なかった。



《そもそもにおいて、だ。俺が見付けてなきゃ、このガキは惨たらしく惨めに人に笑われて死んでいた。だが俺のもとなら、こいつは死ぬことなく生きられる》


「…………」


《こいつは死ぬことよりも、生きることを望んだ。だから今、ここにいる。利害の一致だ。お前にとやかく言われる問題じゃない》



 分かったらこいつを死なせるな、守り通せと。

 そう続ける魔王に、俺は歯を食いしばって頷くしかなかった。


 これは、この子が望んだ道。

 それは1週間後にこの子自身の口からも告げられた。



 俺が300年以上生きている人間でも、不老不死であっても、この子は俺のことをどうでもいいと言う。

 魔王に利用されて生きるという自分の人生は変わらない、と。9歳の子供とは思えない返答に、俺は戸惑うばかり。



「君はそれでいいのか?」


「だって衣食住は提供してもらえるし、死なないように守ってもらえるんでしょ?それって凄く快適じゃない?」



 逆に何が問題なの?というような視線を向けられる始末。



(この子は自分の状況を本当に正しく理解しているのか……?)



 幼い故に、人類が滅亡させられる、ということがピンときていないのかもしれない。



 名を決めて、魔王が自分のためにこの子――ノルディスを動かそうとして出来なかった時、俺に連れて来るように命じたその時に、俺はこの子が受けてきた心の傷の一部を垣間見ることになった。



「っ、」


「!」



 俺が抱きかかえようとした瞬間、ノルディスは体を硬直させた。そしてすぐさま両手を自分の腹部と心臓、そして急所である首を守るように交差させたんだ。

 この子の瞳に、初めて影がかかったその瞬間を俺は見逃さなかった。

 俺の一挙手一投足をその大きな目で必死に追いかけている。

 体が条件反射で瞬時に反応する程、そこまでの警戒が必要な程の恐ろしい場所で、この子はこれまで生きていたのだと――その一瞬で思い知らされた。


 心なんて、最初から開かれていない。


 倒れそうになるその小さな体を支える度に、この子は身を固くさせ防衛態勢をとる。

 だから俺は極力思い出させないように、この子の傷に触れないようにと気付いていないフリをした。俺は君に害を為す存在ではないと思ってもらうために、慣れてもらうために。




 それが間違いだったと気付かされたのはルーネの町に入ってからだった。

 また、ノルディスの瞳に影がかかる。

 彼女は決まって道の端を歩く。何かが起こった時、いつでも路地に逃げ込めるように。

 彼女は道を歩く時、決まって腰を少し曲げ、その体を小さくさせる。かつての貧民街で自分が手に入れた食糧や使える物を取られないように、見付からないようにと抱え込むように。



(体に、染み付いてしまっているんだ……)



 酒場の前を通った時に聞こえてきた客同士の怒鳴り声。

 ノルディスはその場で硬直し、咄嗟に両手を上げ、頭を守るような仕草をした。そこで、ここはグラウールじゃないと思い出したのかもしれない。すぐに髪を整える仕草に変えた。

 俺に気付かれたくないのか、それとも俺が気付かないフリをしていることが分かっているからなのか。彼女はいつも通り、魔王をからかって笑う。


 どうやって冬を越していたんだ、と聞いた時も、彼女は何てことがないという風に努めて明るい声を出していた。



 ただ時折、



「どうして男物の服ばかり選んでいるんだ?君は女だろう?」


「……世の中、女だって気付かれない方がいいこともあるんだよ」



 彼女の瞳と声に影が落ちる。

 どういう意味だ、なんて聞かなくても分かる。貧民街にいた時や、売られた時のことを言っているんだろう。

 バカな質問をしてしまった。謝ることも出来ず、俺はただ「そうか」とだけ口にした。

 ノルディスは俺を見ない。それ以上何も言わない。お前なんか信じていない。自分の身は自分で守る、と言外に言われている気がした。



 そうでなければ、



 君は、自分の弱さを見せまいと泣き顔を俺に隠すこともないだろう。

 嗚咽を押し殺しすすり泣くことも、触れるな、話しかけるな、という雰囲気を醸し出すこともしなかっただろう。



 気付いていないフリをするべきじゃなかった。

 俺が、この子にしなければいけなかったのは、まず安心を与えることだった。

 俺はそれを怠った。だから失敗して、慰めることもこの子の傷を癒すことも出来ないでいる。



 どうしようもない無力感に苛まれていると、店員が俺が頼んだ料理をこちらに運んでくるのが見えた。

 俺はそっと席を立ち、その店員を近付けないようにその場で料理を受け取ることにした。



「あの子、どうしたんだい?」



 やはり気付かれていたか。

 テーブルで泣いているノルディスの姿を他の客もちらちらと見ている。だから俺はここで噓を吐いた。



「スープを飲んで、死んだ母親の手料理を思い出したみたいだ」



 実際は、そんな美しい記憶の1つもあの子は持っていない。

 だけど周りはこの言葉で納得してくれる。そうだったのか、可哀そうに、と。ノルディスが、1番かけられたくないだろう言葉を口にしてしまう。



 あぁ……


 俺はまた残酷なことをしてしまった。






――――

――――――

――――――――






「ごめんね。随分見苦しいものを見せた」



 店を出た後、目を赤く腫らして鼻を啜りながらノルディスは俺に向かって笑ってそう言ってきた。

 すぐさま魔王が返事を返す。



《全くだ》


「おい!」



 それがさっきまで泣いていた子にかける言葉か。

 そもそも、ノルディスもノルディスだ。何が見苦しいと言うのか――いや、待て。



(実際にそう言われたことがあるのか?)



 見苦しいぞと言う人間が、大声で泣き叫ぶことを許さなかった人間が身近に、身内にいたということか?

 そう考えた瞬間、猛烈な怒りが俺の中で湧き上がってきた。

 この子にこれほどまでの傷を負わせた人間が、グラウールでまだのうのうと生きているのかと思うと……今すぐ斬り捨てて、豚の餌にしてやりたいぐらいだ。





 その後の食糧の買い出しでも、ノルディスは何事もなかったかのように振舞う。

 絶対に掘り返されたくない、触れられたくないということなんだろう。それは、そうだろうな。



(子供にだって、プライドぐらいはある……)



 俺は、そんなこの子の気持ちを汲んでやらなければならない。



(本当に、俺は何も出来ないのか?)



 買い出し中、この子のために出来ることは何だ、と自問自答を繰り返す。

 残念なことに俺の取り柄は剣しかない。



 ならば、と。

 ルーネの町を出て、最初に出てきた丘の上に戻る途中、俺は荷物をその場に置き、ノルディスの前に回り込んで片膝をついた。

 咄嗟のことで驚いたんだろう。ノルディスは大きな目を更に大きくさせていた。

 俺は腰の短剣を鞘から抜き、両手で自分の首の横に当てた。本当は、この子の手を取って剣を掴ませたかったが、俺に触れられたくはないだろう。



「何?どうしたの、急に……」


「改めて君に誓おうと思う」


「誓い……?」



 俺は真っ直ぐノルディスの目を見つめる。



「何者からも君を守ろう。これから先、君の身も、君の心も、誰にも傷付けさせはしない。君を脅かす存在は全て俺が斬り捨てる」



 必ず、と俺は誓いを立てた。

 目の前のノルディスの瞳が揺れる。その小さな口が言葉を紡ぐ。



「それってさ……罪悪感から出た言葉だよね?」



 ひやり、と。冷たさを含んだ言葉が、刃となって俺の心に突き刺さる。

 息が、詰まる。

 夕日でそう見えたのかもしれない。ノルディスの瞳に一瞬怒りの色が見えた気がした。



「こんなのは誓いじゃない。君が、自分で自分を慰めるための行為だ。そんなものに僕を巻き込むんじゃない」



 持っている短剣が奪い取られ、地面に転がされる。



「君は、魔王様と同じで自分の目的のために僕を生かしているだけ。どんな言葉を並べても、どこまでいってもその事実は変わらないんだよ。だから、君のやるべきことはこんなことじゃないはずだ」


「俺の……やるべきこと?」


「真に僕のことを思うって言うなら、僕のためだって言うなら……認めて、貫き通すことだ。自分は、こんな子供を使って目的を果たそうとする――それを良しとする人間なんだ、って。僕の前で、その道を歪めることは絶対に許さない」



 お前はどうしようもない悪人なんだ。勝手に善人ぶるな、と。

 この子はやっぱり、怒っていたんだ。

 俺が謝罪の言葉を口にする前に、「そして、僕も」とノルディスは続けた。



「僕も、そんな君や魔王様を利用して生きる。たとえ、世界中の人間から悪だ、って断罪されても、僕は僕の生き方を止めない」



 力強く胸を張ってそう言い切ったこの子から目が離せなくなる。

 それはどこまでも清々しく、どこまでも潔い言葉。

 だから、と。ノルディスは笑って最後にこう言った。



「僕等の関係は、そんな利用し利用されの関係でいいんだ。そっちの方が、お互いに信頼出来るでしょ?」



 まさか、9歳の子供に説教をされ、諭されることになるとはな。

 短剣を鞘にしまい込み、俺は立ち上がった。


 分かっている。

 これは関係の構築じゃない。ノルディスから俺に対する明確な拒絶だ。

 だがそれでいい。それで君が、笑っていられるのなら――



「分かった。俺も、俺の道を貫き通そう」



 君がこれ以上、心を傷つけることがないように。


 君が、涙に目を腫らすことがないように。




 自分自身に、誓いを立てよう。












《見事にフラれたな、ヴィヴィアン》



 人の感情を逆なでするその魔王の言葉に水を差された気分だ。

 小さく息を吐き、俺はそんなこいつにやり返す。



「最初から相手にされていないお前よりはマシだろう」


《……俺はお前の体を吹っ飛ばすことには何の躊躇もないんだが》


「ああ、そのまま俺の息の根を完全に止めてもらいたいものだな」


《チッ、何でこうも口の減らない奴ばかりなんだ》


「無駄に嚙みつかない方がいいよ、魔王様。魔王様はぼっちを極めてたから口喧嘩が弱いんだ」



 そんなノルディスの言葉に俺は思わず噴き出した。

 この子の言葉は本当に遠慮がなくて痛烈だな。魔王も、俺の言葉よりも喰らったみたいだ。怒りで声を震わせている。



《おまっ……お前は本当に!闇の魔力を持ってなきゃ今すぐ殺してるところだぞ!》


「そんな魔力を持たせてくれた神様に感謝、そんなことしか言い返せない魔王様は敗者」


《おい、さっきまでピーピー泣いてたくせに粋がるなよ》


「うんうん、聞くに堪えなかったよね。今、必死に言い返そうとした魔王様の言葉みたいに」


《こんの……クソガキがぁ!》


「もう止めておけ、魔王。傷が広がるだけだ」



 やーい、やーい、と言って走り出すノルディス。

 あの姿だけを見たら本当に9歳児なんだけどな。

 そして同時に、そんな9歳児に言い負かされる魔王が、本当に1000年以上も存在している魔王なのかと疑いたくなってしまう。



《お前は絶対に苦しませて殺ーす!!》






 なんて言うか……そうだな。





(――平和だ)





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