愚かな人間
“僕”疲弊。
魔王様による魔法訓練が始まって早5日。
どうやらこの世界の魔法は体力とエネルギー、後カロリーを消費することで使えるらしい。
それはつまりどういうことかというと、体力がみそっかすな僕はちょっと魔法を使っただけで疲労困憊の飢餓状態になるってこと。
「もう無理……」
9歳児の体力も体格もない栄養失調の子供には荷が重過ぎる。
そのまま屋敷の前の地面に倒れ伏して死んだふりをするも、あえなくヴィヴィアンに持ち上げられて無理矢理立たされる。
肩で息をしながら、僕は近くにいるであろう魔王様に言葉を投げかける。
「僕はっ……もっと、楽な生き方が……したいっ」
疲労によって途切れ途切れになるも何とか言えた。
だけど返ってきた返事は思ってた通り、
《諦めろ。俺はお前をとことん苦しませて最後に殺すって決めてる》
なんていう冷たく突き放す言葉だった。
そんでもってどこか機嫌良さそうに、
《恨むなら過去の俺に対する自分の言動を恨むんだな》
そう続けるもんだからイラっとくる。
「魔王の……くせに、器ちっさ」
《あ?もっと過酷な実戦向きの特訓にしてやろうか?》
「いいね……。じゃあ、僕は……教えて、もらった魔法で……自分を攻撃して、死のうかな」
って言ったら、いつものように黙り込む魔王様。
何故魔王様は学ばないのか。学習能力が低過ぎると思う。
立ち続けているのもしんどくて、僕はその場に座り込む。
さっき地面に倒れ込んだからだろう。顔についた砂が汗で濡れて気持ち悪い。袖で拭こうにも、その袖も服も汗だくの泥だらけだ。
ヴィヴィアンは不快に顔を歪めるそんな僕に気付いたらしい。「ほら」と言って自分の水魔法で濡らしたタオルで僕の顔を拭いてくれた。
冷たくて気持ちいい。「ありがとう」ってお礼を言えば、ヴィヴィアンも近くにいるであろう魔王様に向かって口を開いた。
「魔法は体力をつける特訓にもなるが、少し詰め込み過ぎだ。何より、ノルディスは昨日吐いて体が弱っている」
《お前のせいでな》
即座に返された返事にヴィヴィアンは昨日、今日合わせて8度目になる謝罪を僕にする。
魔法の訓練が始まって、僕の3食が果物だけの生活だとダメだと良心から思ったヴィヴィアンは魚を獲ってきてくれたり、山菜を採ってきてくれたりした。
だけど、昨日の晩御飯はダメだった。
仕留めた兎を捌いて、塩焼きにしてくれたんだけど食べ慣れていない+貧弱な僕は一口食べて油にやられて盛大に吐き出した。
今もまだ胃が爛れてるのかちょっと気持ち悪かったりする。
今世のまともなお肉デビューがあそこまで悲惨な食事になるとは思いもしなかったよ。普通に食べられると思った昨日の自分を殴ってやりたい。
「僕……自分が思ってる以上に貧弱なんだね」
「今必要なのは、ノルディスでも食べられる胃に優しい食事と……後は服だな。いつまでもこんな大人用の服じゃ動き難いだろう」
僕が今着ている服も屋敷にあった男用のシャツとズボンだ。
シャツは袖を何度も折って着てるし、裁断してもらったズボンもベルトを結んでずり落ちないようにしてる。
貧民街で生活していた僕にとっては、これだけでも十分過ぎるんだけどな。破れてないし、何より清潔だし。
でもまぁ、確かに普通の感性だったら子供にこんな生活をさせるのはアウトなんだろう。
《確かにな。……ヴィヴィアンも手に入ったことだし、そろそろ街に行くか》
街。
その単語を聞いて真っ先に湧いた感情は喜びじゃなかった。
「グラウールは嫌かもっ!」
僕が住んでいた街は絶対に嫌だ、っていう感情。
何でそう思ったのかは分からない。父親を思い出したくないからなのか、惨めで過酷な極貧時代を思い出したくないからか、片腕のおじさんのことを思い出しちゃうからか……。
あるいは、その全部からか――。
《安心しろ。俺も人間が多いところは嫌いだ》
「なら何処へ行く?そもそも、どうやって行くつもりだ?」
魔王様曰く、ここは地図にない場所らしい。
ヴィヴィアンにも前にどうやってここに来たのか聞いたけど、魔物が多く出没する森の中を迷いに迷っていたら偶然来れたんだって。
だから僕等は、ここがどこなのか本当によく分かっていない。
馬車とかもないし。そもそもあったとしても、通れるような道がない。交通便が悪過ぎる。
《まぁついて来い》
どこか得意気な魔王様の声が響いたかと思うと、勝手に体を操られて僕は屋敷の中へ。ヴィヴィアンもその後について来る。
階段を上って、僕がまだ行ったことがない2階の部屋の扉を開ける。
中にはフラスコとか、薬品とか、ホルマリン漬け?みたいにされた植物があって、研究室とか実験室みたいに見えた。
魔王様は僕の体を使って引き出しとか棚から液体の入った小瓶とか、小さな木箱をいくつか出して、ヴィヴィアンに押し付ける。
「これは?」
《回復薬と傷とか火傷治し用の軟膏、後は除草剤だな》
「え、回復薬?どれがどれ?」
小瓶に入っているのが回復薬とか除草剤だと思うんだけど、液体に色がついてないから判別が出来ない。匂いで分かるのかな?
よく見せて、って手を伸ばそうにも体の支配権は今、魔王様に奪われていて口以外動かせない。魔法訓練で体力を使ったのが原因だ。
魔王様は僕の質問なんて無視して話を始める。
《街に行く前に設定を決めておく。ヴィヴィアン、お前はまずそのいかにも騎士だ、っていう恰好を止めて旅商人を装え。服なら屋敷にあるのを貸してやる。大剣も置いていけ、いいな》
「この回復薬や軟膏が俺が扱う商品、というわけか」
《そうだ。着替えのついでに魔法薬に使える植物もいくつか温室から摘み取ってこい》
「魔王様、僕は?」
《お前は旅先で拾われた孤児だ。不憫に思ったヴィヴィアンがお前を孤児院に連れて行く。街にはその道中で立ち寄った、って設定でいく》
「なるほど、ぴったりだ。じゃあ、僕ずっと死んだ魚みたいな虚ろな目で遠くを見つめてるね」
ちょうど、地面に倒れ込んだおかげで体中汚れてるからそれっぽく見えるはず。
何より、ほんの3、4週間前まで僕は貧民街で生活してたんだ。体だってガリガリの不健康児だから、絶対疑われないね。
ヴィヴィアンの準備を待つこと数十分。
納屋にあった籠いっぱいに温室の植物を入れて戻ってきたヴィヴィアンは商人風な服装になってた。
大剣は魔王様に言われた通り置いてきたみたいだけど、その腰には短剣が装備されてた。護身用、ってやつかな?
商人を装っていても、体格とか姿勢の良さでバレそうだなぁ、とか思ったけど、面倒臭かったから口にしなかった。
《ノル、体力はある程度回復したな?》
「お腹は減りに減ってるけどね」
っていうも無視されて、また勝手に体を使われてまた僕が入ったことのない部屋に足が向く。
何か変な道具がいっぱいの部屋。鉄だとかで出来てるから機械みたいに見える。
僕には何なのかさっぱりなんだけど、ヴィヴィアンは違ったみたい。驚いたように目を見開いて、部屋中を見渡してる。
「ここにあるのは……全部、魔導具か?」
魔導具!これが!
「見たい見たい!魔王様、僕、もっとよく見たいよー」
《使えないガラクタばっかだ。今は必要ない》
「じゃあ、どんな魔導具があるのかだけ教えて」
《……料理を簡単にしようと作られた全自動包丁。せん切り、みじん切り、乱切り、色んな切り方が出来る》
「凄い!」
《ただ、まな板や食材以外のものまで切っちまう》
「…………」
《階段1段分ぐらいの高さしか飛べない飛行靴、しかも1分間だけの時間制限付き。目覚まし機能を搭載した鶏の置物。ただ、時間を設定しても毎回違った時間に鳴り響く》
「……本当に使えないじゃん」
《本当に使えないガラクタなんだよ》
悟りを開いたような魔王様の声。
ヴィヴィアンが若干引き気味にそんな魔王様に言う。
「何でそんなものばかり作ったんだ」
《俺がこんなクソなもん作るか!魔石ばっか無駄に消費しやがって!》
魔王様、ご立腹。
作ったのが魔王様じゃないってことは、昔いたっていう部下の人?とかが作ったのかな?
「魔導具の燃料って魔石なの?」
「ああ、そうだ。中には魔力で使えるものもあるが、そういうのは特注品だな」
「魔導兵器も?」
「魔石にも純度の高さによって種類があるんだ。兵器を動かすにはそれこそ純度の高い魔石が大量にいる」
へー、魔石だったら何でもいいわけじゃないんだ。
僕がそうやって納得してたら「もしくは、」っていう魔王様の声が頭に響いた。
《魔力量の多い人間を使って動かすか、だな。かつての境界戦争よろしくな》
「きょうかいせんそう……?」
何それ?
愉快そうな魔王様とは反対にヴィヴィアンの顔が曇る。
また魔王様の声が響く。
《歴史の勉強だ、ノル。300年前、どうしてヴィヴィアンの国が滅びたと思う?どんなことをすれば住んでいた人間ごと、他国に移り住んでいた人間ごと滅びる?》
ぐっ、と。ヴィヴィアンが拳を握りしめたのが分かった。
今までの話の流れから考えられるのは1つなんだけど、
「戦争をしてて、魔導兵器を使ったってこと?でも、それだけじゃ他国に住んでいた人は死なないよね」
《そう戦争だ。その戦争相手がお前が生まれた国、シュタイラ帝国さ。戦争のきっかけはよくある領土問題》
僕の体を動かして、引き出しから拳サイズの綺麗な石を取り出しながら魔王様が言う。
多分、この石が魔石なんだろう。アクアマリン色をした石だ。
純度の高さは何で決まるんだろう?色の濃淡とか?
その魔石を片手で遊ばせながら、魔王様は話を続ける。
《勝ち目がないと悟ったヴィヴィアンの国、―――アズレアド王国の王は自国の民が奴隷となることを憂い、最大の過ちを犯した》
瞬間、どんっ!っていう大きい衝撃音がして、僕は肩を跳ね上げた。
見れば、ヴィヴィアンが部屋の壁に拳を打ち付けてる。
その顔からは、怒りだとか、悲しみだとか、苦悩だとか……色んな感情が見えた。荒くなる呼吸を必死で落ち着かせてるみたい。
《ヴィヴィアン、ここから先はお前が話すか?》
「っ……」
「僕は別に話してもらわなくてもいいんだけど」
《歴史の勉強だ、って言っただろ。一般常識だ、覚えておけ》
「それ今じゃなきゃダメ?街に行くんでしょ?どうやって行くのか知らないけど、早くしないと日が暮れちゃうよ」
って言うも、すぐにヴィヴィアンが苦しそうな顔で話し始める。
「王が、犯した過ちは……――国家心中だ」
「は……?」
何を、言ってるの?
心中?国民全員で?
「それも、シュタイラ帝国の南部一帯を道連れにしてな。王はっ……自分を含めた国民全員を魔導兵器の燃料にしたんだ」
脳が、理解するのを拒んだ。
人を燃料にした?意味が分からない。理解したくない。
ヴィヴィアンの話を補足するように魔王様の声が頭に響く。
《国民全員の魔力量でも燃料としては足りなかった。だから出来の良過ぎる魔導兵器は燃料を別のところから補うことにした。ここまで言えば、それがどこからなのかお前にも分かるだろう?》
「……他国に移り住んでいたアズレアド人」
《正解》
「でも、何でそんなことが出来るの。アズレアド人だけをなんて……」
《次は生物の勉強だな》
魔王様はまた楽しそうに語り出す。
《魔力属性ってのはな、数百年に1度しか生まれない闇と光の属性を除いて全部遺伝で決まるもんなんだ》
「それは、知ってる。親の属性が火と水なら、子供の属性も火か水、もしくはそのどっちかから派生した属性になる、って話でしょ?」
《そうだ。魔導兵器は、アズレアド王国にいたアズレアド人からその遺伝情報を抜き取り、検索をかけた》
「なっ……!」
これは、本当の話なの?
確認するようにヴィヴィアンに視線を向けたら目が合った。そして、重苦しく頷かれた。
「魔導兵器って、そこまでのことが出来るの?それじゃまるで……まるで、意思を持ってるみたい」
《普通の魔導兵器なら無理だ。けど、言ったろ?出来の良過ぎる魔導兵器、って。その兵器を作った奴が異常だったのさ》
「異常?」
《兵器を作ったのは……今から大体1000年近く前に生きていた天才魔導学者、オルン。お前と同じ、闇属性の魔力を持っていた人間だ》
そして、って魔王様が言葉を続ける。
《ヴィヴィアン、お前が探していた“黒の賢者”もそいつのことだ》
魔王様の言葉を聞いたヴィヴィアンは口を半開きにして呆然とした。
黒の賢者、って何だろう……?
僕が疑問符を頭の上に浮かべていると、信じられないって顔したヴィヴィアンが魔王様に話しかけた。
「“黒の賢者”は……全ての魔法と全ての叡智を呑みこみ、深淵を覗いた人間とされている。それが、あの災厄兵器を生み出した奴と同一人物だと……?」
《災厄として扱ったのは、お前の国の王のような人間だろう?》
ぎりっ、と歯を食いしばるヴィヴィアン。
言い返せないのは、それが事実だからだろうね。
僕はと言えば、今の話で気になったことを魔王様に問いかけてた。
「魔王様はその“オルン”って人と知り合いだったの?」
《……何でそう思う》
「え?だって闇の魔力を持ってる人だったんでしょ?今の僕にしてるみたいに、その人の体を乗っ取って色々悪さしてたのかなぁ、って……」
《誰があんな変人の体なんか使うか》
吐き捨てるように言う魔王様。
その言葉から、魔王様が1000年以上生きてるってことが分かった。
だから僕は笑って気付いたことを言う。
「変人、って認識出来るぐらいにはその人の傍にいたんだね」
《っ……クソが》
「言い返せないとすぐ悪態を吐く」
瞬間、僕の左手が勝手に動かされて頭を殴ろうとしてきた。
ま、体の支配権は宿主である僕が絶対だから。それも前みたいに阻止したんだけどね。
「そしてすぐ暴力にはしる。もうちょっと大人に、寛大になろうよ、魔王様」
《お前は俺をからかって遊ぶのを止めろ!》
「からかってるなんて、そんな。僕はいつも思ったことを口にしてるだけだよ。素直でいい子だよね」
《口の減らないクソガキの間違いだろうが》
「体力も回復してきたし、魔法で部屋中にゴキブリを生み出してみようかな」
《絶対止めろ!!》
今日も今日とて魔王様に勝利した僕は内心でフフンッ、と鼻を鳴らす。
もう魔王様の扱いには慣れたものさ。
「“黒の賢者”はどこにいるんだ」
押し黙っていたヴィヴィアンが絞り出すように魔王様に向かってそう言った。
僕は首を傾げる。
「1000年以上も前の人なんでしょ?もう死んでるんじゃ……」
「“黒の賢者は死んでいない。まだどこかで知識を集め、お前達が自分の書を手にするのを待っている。その書は絶対に開いてはいけない。開けば最後、魂を食われる”、と。人々の間で奴はそう語り継がれている」
「人の魂を食べて、寿命を増やしてるってこと?」
「その他の言い伝えでは、悪魔に魂を売って生き永らえている、人間を辞めて兵器として生きている、とも」
語り継がれる伝説、ね。
そういうのって大体が迷信だと思うんだけど、兵器を生み出した人間だから信憑性も増すんだろう。根強く信じられていてもおかしくない。
1000年以上前の闇属性の人かぁ……。うん、
(なんてことをしでかしてくれたんだ)
闇の属性が忌み嫌われてるのって、絶対その人のせいじゃん。
僕とその人を同じにしないでほしいな。
内心で軽く怒っていたら、魔王様がため息を吐いた……ような気がした。
《オルンは死んだのか、今も生き続けているのか……。答えは“誰にも分からない”だ》
「何だと……?」
「魔王様でも分からないことがあるの?」
《……魔王は全知全能と言われる神とやらじゃないからな》
あ、それもそっか、と納得。
数秒、う~んと考え込んで、僕はヴィヴィアンを見る。
「もし、そのオルンって人が生きてたとして……もし、その人と会うことがあったら、ヴィヴィアンはその人のこと殺すの?」
「俺は……」
「ヴィヴィアンは昔の戦争相手、帝国人のこと恨んでる?」
僕も一応は帝国人なんだけど、って付け足しておく。
ヴィヴィアンは黙ったまま。これはズルい質問だったかな。
小さく息をついて、「ごめん、忘れて」って言おうとした時、やっとヴィヴィアンが口を開いた。
「300年前の……当時の俺は、兵器を作った魔導学者を憎み、帝国人をも恨んでいた。だが、もう済んだ話だ」
首を横に振って、ヴィヴィアンは自分の胸倉を掴んだ。
そして「今は」って続けるんだ。
「この呪いを解いて、早く死ねればそれでいい」
きっとヴィヴィアンは、生きることに疲れたんだろう。
だから僕は「そっか」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。
知ってる。僕は知ってる。あの乙女ゲームをしていたから。
ヴィヴィアン、君は2周目に解放される“隠れ攻略対象”なんだ。だから、あのゲームの主人公が君の呪いを解き、その心を救ってくれるんだ。
知ってる。僕は知ってる。だけど知らない。僕は、2周目をプレイしなかったから。
呪いの解き方も、主人公がどうやって君を救うかも知らないんだ。
僕が、僕として――メロルゥじゃないノルディスとして生きれば、生きてしまえば……君の呪いは、一生解けない。
だって僕は、君に殺されるつもりがないから。ラスボス戦前で、主人公達に挑む気がないから。そもそもにおいて、主人公達に関わる気すらないから。
だから……
(ごめんね)
僕は、君や主人公、他の登場人物達の人生を歪めてでも生きる。
自分のことしか考えられない。僕は、そんな卑怯で愚かな人間なんだ。




