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どうも、観測者Aです  作者: 漣
9歳2ヶ月
10/16

特別な名前、特別な魔力

 “僕”快復。

 ベッドの上で起き上がった僕は大きく伸びをする。体はまだ重怠いけど、倒れて目を覚ました1週間前の時に比べたらだいぶマシ。

 あの後も、僕の命はあの騎士様――ヴィヴィアンによって繋がれた。

 何でも、魔王様に裏の温室の手入れを命令されたんだって。で、そこに生えてる果物を取ってこい、って。

 その果物がここ数日の僕の主食。今までは1日1食生活だったけど、ヴィヴィアンのおかげで1日3食の果物生活が出来たってわけ。


 まぁ、温室は樹海と化していて果物を取りに行く過程でヴィヴィアンは何度か再起不能になったらしいけど…。

 普通の人間だったら死んでるけど、ヴィヴィアンは不老不死。死ねずに回復してを繰り返したんだ。


 ちなみにヴィヴィアンが300年前に滅びた国の人間で、不老不死の呪いをかけられただとかの話は前世でやっていたゲームで元から知ってたけど、直接ヴィヴィアンから聞いたよ。

 その呪いの解き方を教えてもらうために魔王様の配下になったんだって。話を聞いた時僕は、



「へー、そうなんだー」



 一切驚かなかったよね。

 普通にベッドの上で果物をむしゃむしゃ食べてた。

 そんな話半分な僕にヴィヴィアンは困惑したらしい。



「それだけか……?」


「?それだけって?」


「300年前に滅びた国とか、不老不死とか……信じられない話だろう?」



 思っていた反応を返さなかったから戸惑っているらしい。

 相変わらず果物を食べながら僕は「ん~」と虚空を仰ぐ。うん、返事はやっぱりこれだね。



「別にどうでもいいかな」


「は……?」


「君が何者であっても魔王様に利用されて生きるっていう僕の人生は変わらないし」



 そう。僕がちゃんとしたゲームの中のメロルゥだったら、利用されて最期に君に裏切られて死ぬんだ。

 けど僕はメロルゥじゃないから死ぬつもりはない。だからと言って、殺されないためにヴィヴィアンと仲良くする、って考えも僕にはないんだけどね。

 とか思いながらヴィヴィアンを見てたら何故か絶句してた。



「君はそれでいいのか?」



 魔王様に利用される生き方が、ってこと?

 考える必要もない。僕は即座に頷いた。



「だって衣食住は提供してもらえるし、死なないように守ってもらえるんでしょ?それって凄く快適じゃない?」



 って言えば更に困惑したらしい。

 僕がまた果物を口に運べば、頭の中に笑い声が響いてきた。



《諦めろ、ヴィヴィアン。こいつはこういう変な人間なんだよ》


「そんな変な人間を生かし続けなきゃ自分の目的を達せられないなんて……惨めな魔王様と騎士様だよね」



 ピタリと笑い声が止む。

 見ればヴィヴィアンも苦笑してた。

 頭の中に魔王様の低い声が響く。



《……お前さ、もうちょっとその毒何とかならないか?》


「前も今も生活してる環境が悪いからだろうね。そりゃ性格も歪むよ。だから魔王様はもっと僕の生活を改善させた方がいいと思う」


《死にかけのくせに口だけはよく回しやがる……!》


「誰のせいで死にかけたんだろうね」


《ぐぅっ……》



 勝った!

 果物を食べながら僕は拳を上に掲げる。

 魔王と魔王に利用されている人間がこんなやりとりをする関係だとは思ってもみなかったんだろう。ヴィヴィアンが静かに聞いてきた。



「いつもこんな感じなのか?」


「うん、魔王様とは出会った時からこんな感じ」


「そう、か……」



 何か言いたそうなヴィヴィアン。尻に敷かれ過ぎだろ、とか思ったのかな?

 果物を食べ終えた僕は蜂蜜入りの白湯を飲んで一息つく。

 そしたらヴィヴィアンがまた話しかけてきた。



「そろそろ君の呼び方を決めたいんだがいいか?」



 いつまでも“君”呼びじゃあな、ってヴィヴィアンは続けた。

 ゲームのメロルゥもこんな感じでヴィヴィアンに名前を決めてもらったのかな?

 でも、僕はメロルゥになるつもりはない。だから、前に魔王様に言った言葉をまた繰り返した。



「名前なんてつけたら情が湧いちゃうよ」



 あ、でも大丈夫か。この騎士様はゲームでも無情にメロルゥを斬ってたし。

 案の定、名前なんてつけなくていいよ、っていう僕の言外の言葉は騎士様には通用しなかった。



「ないと俺が不便なんだ」


「……なら、かっこいい名前で呼んでほしいかも」



 間違ってもメロルゥにならないために、予防線を張っておく。



「自分で決めたらどうだ?俺がつけたら情が湧いてしまうかもしれないんだろう?」


「あ、確かに」



 その考えはなかったかもしれない。



(でも名前かぁ……)



 前世の京伽ひろかって名前はこの世界向きじゃないしなぁ。何より僕はもう“僕”であって、“あたし”じゃない。

 腕を組んで考え込むも、ピンとくる名前は浮かんでこない。



「辞書でも取ってこようか?」


「ん~……ねぇ、魔王様」


《何だ》


「今は使われてない言葉とかってあったりする?」


《あぁ、ある。古代語だ》


「じゃあその古代語でネズミって何て言うの?」



 って聞いたらヴィヴィアンに止められた。



「まさかとは思うが、自分の名前をネズミにしようと考えているわけじゃないよな?」


「だって父親にはそう呼ばれてたし」


「そんな最低な親のことなんて忘れてしまえ」



 ヴィヴィアンは魔王様に僕の生い立ちを聞いて、僕の父親に対しても、そんな僕を利用しようとしている魔王様に対してもご立腹状態。


 忘れてしまえ、か。

 自分を虐待して、最後には売り払った人間をそう簡単に忘れられないでしょ、普通。

 子供にとって肉親からぶつけられた心無い言葉は一生治らない、治せない傷になるんだよ。まぁ、僕の場合はそんな傷になってないけど。


 ネズミがダメなら、ゴミとかも却下されるんだろうなぁ。

 自分で決めたら、とか言う割に決定権を与えないっておかしくない?



「じゃあ、もうエインセルでいいよ」



 前世で住んでいたのとは別の国の言葉の方言で“自分自身”を指す言葉。

 この名前ならこの世界で名乗っててもおかしくないでしょ――って思ってたんだけど、



《お前、その古代語がどういう意味か知ってるのか?》


「え、古代語なの?」


「どういう意味なんだ?」



 ヴィヴィアンも古代語までは知らなかったらしい。

 姿かたちのない魔王様を探すように僕等は揃って虚空を見る。



《エインセルは古代語で“天使”を意味する言葉だ。お前は自分は天使、って名乗るつもりなのか?》


「あっぶね……。やっぱ今の名前なしで」



 とんだ笑われ者になるところだった。古代語って奥が深いんだね。

 エインセルが天使なら、“メロルゥ”はどういう意味なんだろう?これも古代語なのかな?

 少し疑問に思ったけど口にはしなかった。ゲームの強制力か何かが働いてその名前になったらたまったものじゃないからね。



《……いい名前が思いつかないなら、》


「?」



 う~ん、って唸りながら自分の名前を考えていたら、魔王様がそうきり出してきた。

 そして1つの名前を僕とヴィヴィアンの頭の中に響かせる。



《――ノルディス。そう名乗ってろ》


「のる、でぃ……?どういう意味なの?」


《古代語で穀潰しって意味だ》


「僕にぴったりじゃないか!」


「おい、待て。早まるな」



 ヴィヴィアンがその名前は止めろ、とか言ってきたけど僕は全部無視した。


 今日から“僕”は“ノルディス”だ。


 名前が決まって、新しい人間に生まれ変わった気分だ







 ……なんてことは一切思わなかった。

 まぁ、メロルゥにならなくてラッキー、ぐらいは思ったけど。名前が決まろうと“僕”が“僕”であることに変わりはないからね。

 だから僕は変わらずいつもの調子でこう言った。



「とりあえず、殻潰しは殻潰しらしく寝て過ごすことにするよ」



 って寝転ぼうとしたら、体を魔王様に乗っ取られた。



《お前もう動けるだろ》


「何故バレた」



 魔王様の意思で勝手に動かされる僕の体はベッドから出て、部屋の外に繋がる扉の前に向かう。

 だから僕は必死に両足に力を込めて抵抗。



「ヤダヤダヤダ。僕はベッドで一生自堕落に過ごすって決めたんだ」


《そんなことのために誰がお前を生かすか。ちょっとは俺のために働け、クソガキ》


「暴言を吐かれて心が傷付いたからもう一歩も動けない」


《ヴィヴィアン》


「ハァ……仰せのままに」



 勝手に動かされまいとその場に蹲ろうとしたら、ヴィヴィアンに抱きかかえられて無理矢理部屋から出された。

 配下を手に入れた魔王様が「これが俺の力だ」って高らかに笑ってかなりイラッ。



「それで、行き先は?」



 不貞腐れる僕なんかお構いなしでヴィヴィアンは魔王様にどこへ行けばいいか尋ねてる。

 ここで暴れたって無駄に体力を使うだけだし、平均的な9歳児並みの筋力も体力もない僕じゃヴィヴィアンにはどうやったって敵わない。

 大人しくされるがままに運ばれることにした。



 連れ出されたのは屋敷の外。

 玄関からすぐ出たところの地面に僕は下ろされる。



「ここで何するの」


《ここ1週間飯付きで休ませてやったんだ。ここに来た時より体力も免疫力もついてるだろ》


「僕は全然そんな気しないけど」



 血色は多少良くなったかもしれないけど、僕はまだ骨と皮しかないガリガリ人間だ。

 どれだけ風呂に入ったって髪はまだボサボサだし、肌は荒れてて、爪だって割れたり欠けたまま。栄養失調がみてとれる。

 そんな僕を無視して魔王様がまた僕の体を勝手に動かす。

 手のひらを広げて突き出される右手。



《まぁ見てろ》



 そう言われて、じっと自分の右手を見ていて違和感。



(体が熱い……)



 何だろうお腹の奥に熱が集まって、それがゆっくり血液みたいに体中に流れていく感覚。

 全身をゆっくり駆け巡ったかと思えば、その熱はすぐに魔王様によって突き出された僕の右手に集中する。

 そして次に訪れたのは、その熱が右手から外に出ていくような、放出されたような変な感覚。それと同時に右手から黒い霧みたいなものが出てきた。

 傍で見ているヴィヴィアンは、それを見て目を見開いているみたい。



(これって、もしかして……)



 魔王様が僕の体の中で意識を集中させたような気がした。

 ぐっ、と握りしめられる右手。それに連動するように、僕の右手から出た黒い霧状のものが密集して黒の球体に変わる。



《動物でも何でもいいから何か思い浮かべてみろ》 


「え?えっ?」



 戸惑う僕の感情とは裏腹に、宙に浮いている黒い球体の形が変わり始める。

 うねうね、うようよ、と動いて僕が咄嗟に思い浮かべたモノの姿を形作っていく。

 イメージによって質量まで生まれたのかもしれない。宙に浮いていた黒い塊がぼとっ、と地面に落ちた。

 僕の体を動かす魔王様が落ちたソレをのぞき込む。



《ネズミってお前……もっと他にもあっただろ》


「だって動物って言われたら貧民街でよく見たものしか思い浮かばなかったんだもん。ゴキブリを思い浮かべなかっただけマシでしょ」


《あ゛……》


「あ?」



 魔王様から聞きなれない声が頭に響いたと思えば、地面にいた黒ネズミの姿が黒いゴキブリに変わった。

 なるほど。これは僕の思い浮かべたものに姿を変えるのか。

 とか考えてたら、



《すぐネズミに変えろ!!》



 っていう大きな声が頭に響き渡って一瞬眩暈がした。

 倒れかける僕の体をすかさずヴィヴィアンが支えてくれた。



「これは……まるで本物のゴキブリだな。触角といい、細部までよく出来てる」


「でしょ?僕って凄いよね、よく見てるよね」


《ゴキブリはもういいから他の生き物に変えろ!》


「何々?魔王様ってゴキブリ苦手なの?」



 プププー、って笑いながら地面にいる黒いゴキブリ(偽物)に手を伸ばそうとしたら、凄い勢いと力で体をのけ反らせられた。

 地面に倒れかける僕をヴィヴィアンがまた支えてくれる。

 体の筋を痛めたらどうしてくれるんだ、とか言おうとしたら自分の体から魔王様が抜け出ていくような感覚がした。……逃げたな。



「苦手なら苦手って素直に言えばいいのに」


「まさかこんなに簡単に弱点が発覚するとはな」


《うるさい!今のは……ちょっと驚いただけだ》



 それは無理があると思う。

 でも僕とヴィヴィアンは大人だからそれ以上何も言わなかった。

 魔王様が他の生き物に変えろってうるさいから、僕はまたネズミを思い浮かべて黒ネズミに変えてあげる。

 その時、動き回る姿をイメージしたからかもしれない。黒ネズミが地面を動き出した。



「やっぱりこれって……魔法?」


「ああ。それも、特別珍しい属性のな」



 複雑そうなヴィヴィアンの顔。無理もない。

 僕は、ゲームをしていてメロルゥの、僕自身の属性を知っている。これは、人々から忌み嫌われる闇属性の魔法だ。

 だけど今の僕がそれを知っているのはおかしいことだから、オウム返しで「珍しい属性?」って聞いておく。

 そうすると、ヴィヴィアンは言い難そうな顔で教えてくれる。



「これは闇。君は、闇属性の魔力を持っていることになる」


「何が珍しいの?」



 知ってる。僕はその答えを知ってる。

 だけどまた知らないフリをした。だって今の僕は片腕のおじさんからその属性のことは何も知らされていないから。

 「そ、れは……」って言い淀むヴィヴィアン。言葉なんて選んでくれなくていいのにね。



《闇属性の魔力持ちは数百年に1人しか生まれない。そのことから異端、異常って後ろ指を指される。最近じゃ悪魔が生み出した魔力だ、って言われてるな》



 楽しそうに語る魔王様。

 マイノリティとマジョリティの問題。自分と違う存在を攻撃する人間の性ってわけか。

 「つまりだ」っていう魔王様の声が頭に響く。



《闇の属性を持っていることを知られたら、お前は即処刑されるってわけだ》



 ヴィヴィアンが口を引き結ぶ。僕のこれからでも案じてくれたのかもね。

 だけど僕はゲームで元々知ってるから驚かない。地面を動き回る黒ネズミを見ながらこう零すだけ。



「酷い世の中だ」


《ああ、まったくだ。それを良しとする人間共なんて滅亡したって構わないだろ?》


「僕のために滅亡させようとしてるわけじゃないくせに」



 って言ったら、魔王様の笑い声が頭に響いた。

 随分楽しそうだね。

 ヴィヴィアンはまだ暗い顔をしてる。だから僕はそんな彼に向って軽口をたたく。



「こんな異端者を守らなきゃいけないなんてヴィヴィアンも災難だね」


「……君はまだ、その力で何もしていない」


「これからするかもしれないよ?」



 面喰らったように顔を上げるヴィヴィアン。

 その面白い反応に僕は笑う。ちょっとした悪戯心が出てきても無理ないよね?



「殺しておくなら今しかないんじゃない?そしたら魔王様の人類滅亡なんて計画も阻止出来るし、未然に人類を救った英雄にもなれる」


「俺は、君を殺したりなんかはしない」


「魔王様とそういう契約をしてるから?」


「それもある。だが1番の理由は、俺の騎士道に反するからだ」



 背筋を伸ばしてヴィヴィアンはそう言った。

 闇の魔力を持っているだけで、人々に害をなしていない人間は裁けない、裁かない……それがヴィヴィアンの騎士道。

 だからゲームで、色々な人間に迷惑をかけたり、陥れたメロルゥを平気で斬り殺したわけか。

 って、納得してたらヴィヴィアンが「何より、」って言葉を続けた。



「君は闇の魔力を悪用したりしないはずだ」


「どうしてそう思えるの?」



 会ってまだ1週間しか経っていない人間を。

 僕という人間を知るだけの会話も何もしていないのに。

 「どうして?」とまた呟いて首を傾げたら、ヴィヴィアンはフッと笑う。



「その目だ」


「目?」


「壮絶な生活や体験をしてきただろうに、君の目からは何の恨みも、憎しみも、濁りも感じられない。逆にどうしてだ、とこちらが聞きたいぐらいにな」


(それは……)



 仕方のないことだ、って諦めてるからだよ。

 貧乏は人の性格を変えるもんだ、って。人身売買だとか、奴隷だとかはなくならない。それは歴史が証明してるって。

 “僕”じゃなくて、才崎さいざき 京伽ひろかという人間だった頃の“あたし”の記憶と知識がそう分からせてくるんだ。

 だから割り切ってしまえる。

 けど、それをバカ正直にヴィヴィアンに伝えようとは思わない。だからここで僕は嘘でも本当でもない言葉を口にした。



「僕は基本的に食べることにしか興味がないからね」



 その言葉を肯定でもするかのように、お腹がぐぅ、と鳴って空腹を伝えてきた。

 我ながらなんて正直なお腹なんだ。



「魔法?を使ったからお腹空いたかも」


《今のは俺がお前の魔力を操作して出させたものだ。今日中に自分で出せるようになれ。じゃなきゃ飯抜きだ》


「えっ、僕、ここでも虐待されるの?」



 愚図に食わせるメシはねぇんだ。住まわせてやってるんだから家の中の掃除をしろ、って僕を殴りつけながら言う父親の姿がフッ、と頭に過って思わず出た言葉。

 だけどすぐに「お前のクソな父親と一緒にするな」って魔王様から返ってきた。

 魔王なのにそういう倫理観はあるんだ、とか思ってたら次の言葉に僕は落胆。



《これは躾だ》


「……うん、まんま言ってること一緒だね」



 “あたし”が生きてた世界でそれは躾と称したネグレクトと言う。

 


「なら僕は餓死するしかないかも」


《くそっ。食わせればいいんだろ、食わせれば。その代わり、魔法は絶対習得させるからな》


「分かった。僕は実用的な魔法だけ使えればいいから、他は魔王様が勝手に僕の体を使って何とかすればいいと思う」


《いいわけあるか。絶対全部覚えさせるわ》



 なんて魔王様の声を無視して僕はヴィヴィアンを見る。

 ゲームで知ってるけど、一応聞いておく。



「ヴィヴィアンも魔法が使えるの?」


「ああ。水属性の魔法が使えるが、そこまでの才はない。剣の方が俺にはあっているんだろうな」


「いーなー、水属性。食器洗いとか、洗濯とか、水やりとか出来るし便利だよね」



 僕も水属性が良かったなー、とか言ってたら何でか知らないけどヴィヴィアンが噴き出した。

 「何で笑うの?」って聞いたら、ヴィヴィアンは「すまない」って言って言葉を続ける。



「思ってもみなかった言葉が返ってきたもので、ついな。君ぐらいの子なら、派手な魔法に興味を持つ子が多い」



 更に「平和で、庶民的だと思ったんだ」ってヴィヴィアンは笑う。

 仕方ないだろう。僕は精神年齢26歳の大人で、前世で魔法とは無縁の科学だけの世界で生きてきたんだから。

 とかは思ってるけど言わない。適当に「魔法とは程遠い生活をしてたから想像出来ないだけだよ」って嘘にならない言葉を口にしておく。

 そして、ゲームでは知ることが出来なかった質問をする。



「闇属性の魔法って何が出来るの?」



 ゲームの中のメロルゥの闇魔法は攻撃魔法とか、デバフ系の魔法が多かった。絶対魔王様の影響だ。

 メロルゥと同じ道を進まないためにも、闇属性の魔法知識は必要不可欠。

 なのに、またヴィヴィアンの顔が曇る。

 これはもしかして、世間一般的に良くない魔法しか使えないとか……?



《お前が望めば何だって出来る》



 魔王様の声がまた頭に響いてくる。

 またどこか楽し気な声に僕は眉を顰める。



《何てったって闇の魔力は――》



 僕はその後の言葉を待った。

 だけど魔王様の声が聞こえなくなった。それはまるで言葉を続けようとして、途中で止めたような間。

 どうやら、その僕の考えは当たっていたらしい。すぐに魔王様が「いや、何でもない」って言ってきた。

 本当は何でもなくはないんだろうなぁ……。



「魔王様は言えないことが多いんだね」


《……お前はクソ生意気なガキだが、頭は回るみたいだからな》



 それってつまり、自分が不利になるようなことは言えない、ってこと?

 


(うーん、分からん)



 今思えば、ゲームの中の魔王様の行動も分からなかったな。

 メロルゥやヴィヴィアン、他の敵キャラを使って魔物を大量発生させたり、色んな人達の心の奥底に宿る悪意を膨らませて、事件を起こさせたり……。

 人類を滅亡させようとするにはスケールが小さいというか、滅亡までに時間と手間がかかってその間に阻まれそうな手ばっかりだった気がする。

 まぁ、それは必ず主人公達が勝利するためのゲーム仕様、って言っちゃえばそれまでの話ではあるんだけど。



(何となく……)



 魔王様の本当の目的は、人類を滅亡させることではない気がする。



「……ねぇ、魔王様」


《何だ》


「魔王様は本当に人類を滅亡させるの?」


《ああ、勿論》



 即答だった。

 僕はどうでもいいんだけど、ヴィヴィアンはやっぱり納得出来ないみたい。



「どうして滅亡させたいんだ。人類がお前に何をした」


《お前だって300年以上生きてるんだ。人間が愚かで、救いようのない生き物だって思ったことぐらいあるだろう?》



 ヴィヴィアンは答えない。

 それは魔王様が言う通り、そう思ったことがある証拠。



《俺の場合、それが積りに積もっただけだ》



 ヴィヴィアンは深く押し黙る。

 僕はと言えば、聞きたいことが色々出てきたけど、聞くの面倒臭いなぁ、って。そこまで深く魔王様と関わる必要はないか、って止めた。

 だって僕は衣食住さえ提供してもらえればいいからね。

 ゲームの世界だとか、自分はその中の準ボスだとか、魔王様やヴィヴィアンは敵キャラなんだとか、主人公達のこととか、この世界のこととか……本当に、心の底からどうでもいいんだ。


 “僕”は“僕”らしく、“今”を生きられればそれでいい。


 だから僕はそこで笑顔を作った。

 この話を終わらせるように、無知な子供を演じるように。



「じゃあ、魔王様には今の内にいっぱい美味しいものを食べさせてもらわないと!」


《断る。お前には生命維持に必要な食事だけで十分だ》


「つまり栄養満点。それだけでも貧民街で暮らしてた僕にとっては美味しいもの!言質はとれたね!」


《今の話を聞いて無駄に元気になれるなんてな……貧乏人舐めてたわ》


「うん、だって僕みたいな人間にとっての敵は魔王だとか、自分の邪魔をしてくる人間だとかじゃないからね」


「というと?」



 眉を寄せて聞いてくるヴィヴィアン。

 僕はそれに自信満々に答える。



「空腹こそが、僕の最大の敵だよ」



 今のところ全敗中、って笑って付け足せば、ヴィヴィアンも「なるほど」って笑ってくれた。



「確かにそいつはどこかの魔王よりも手強い」


《お前等なぁ……!》







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