勇者様の幼馴染みと魔王様
幼馴染みの勇者なあのやろーの襲来を乗り越えること数回……そろそろアルリードさんの血管がぶちギレそうだよッ! な今日この頃。
勇者な幼馴染みも、沈静化しているみたいで、いまのところ会っていない。
できるなら、もう会いたくないよね、このまま。
そう思いながらも、リニューアルした魔王城の執務室で、わたしはマフィンをかじっていた。
チョコレート味のそれは、マリウスさんが作ってくれたもので、めちゃくちゃ美味しい。
紫のレースのついた魔女風のドレスのポケットには、可愛くラッピングされたバナナマフィンも入っている。
うん、なんか餌付けされてる感じがする。
まぁ、でもいいよね! 美味しいから。
ぷっくりふくれたポケットを見て笑っていたら、ジークがこちらを見てくすくすと笑っているのが見えた。
わぉ、相変わらずイケメンだね! ジークさん。
「嬉しそうだな、マリカ。今日はマフィンか?」
「うん。マリウスさんが作ってくれたの。ジークも食べるでしょ?」
書類整理をしている、ジークの口にマフィンを放り込む。
うん、満足。
「んん、相変わらず美味いな」
モゴモゴマフィンを食べるジークの姿に和む。
そのまま羽ペンをさらさら動かし始めたジークを見ながら、そばにあったソファに腰かけた。
新しいソファは、アルリードさんが購入して置いているらしい。ふかふかで、気持ちがいい。
お腹も一杯で、思わずうとうとしていたら、 しばらくして仕事が終わったらしいジークに抱えあげられた。
今日も安定感がはんぱないです。だって、ジークだもんね!
「眠たいのなら、寝室で寝ればいい。ソファだと体を痛めるぞ」
「…………うん、寝る。寝るよ……」
眠くて、頭が回らない。
けれど、ジークが苦笑したのはわかった。
「随分と、無防備だな」
「ジーク、だもん。大好きな、保護者様……」
そう、魔界にきて弱っていたわたしを助けてくれて、居場所までくれた、お父さんみたいな存在。
おまけに、幼馴染みの災害やろーまで撃退してくれる。やっぱり、あいつはわたしの鬼門だよ絶対!
「保護者で、お父さんか……」
そっと呟いたジークが、片手で器用に扉を開ける。
大きなベッドにそっと下ろされたのがわかった。
安心できる香りに包まれて、そのまま深い眠りにつこうとしたら、ぎゅうぎゅうに抱き締められた。
一気に目が覚める。
な、何事ですか?!
「マリカ、マリカ…………好きだ。愛してる」
低く囁かれた声に、目が点になった。
「え?」
というか、体痛いから!玲音以来だよ、こんなにぎゅうぎゅうに抱き締められたのはッ!
驚いて見上げた先には、余裕の無さそうなジークの顔がある。
でもさすが魔王、さすがイケメン。どんなセリフも言動もハマ って見えるよ!
うっかり、ときめきそう。
「保護者としか見てないのも知っている。だから気長に待とうとも思ったが、なりふり構っていられないようだからな。ちょくちょく邪魔も入るし……」
あぁ、はい。勇者な幼馴染みのあのやろーですね、わかります。
「だから、正式に申し込もう。マリカーーーー私と結婚してくれ。魔王妃となって、側にずっといてくれ。お前の側は、心地がいい。お前の側ならば、笑っていられる」
……どうしよう。キャパオーバーしそうだ。
現実逃避するくらいには、驚いている。そんな気持ち知らなかったし、その気持ちにどう返せばいいのかも知らない。
あぁ、そうだよ! 生まれてこのかた、一回も恋愛なんてしたことないし!
彼氏も、ゼロ。
身近にいたのは、アレだし、正直どうしたらいいかわからない。
「え、ぁ、ぁう…………うぉ」
ちょ、誰か助けて!
顔が熱いし、鼓動の音が心なしか早く聞こえる。
「嫌か?」
そんなこと聞かないで!イケメンずるい!!
手を取られて、手にキスをされる。
「嫌、じゃない、ケド……」
「けど?」
はずか
どうしよう、本当に駄目だ。
間近にある綺麗な顔を、直
できない。
もう、何もかもがこんがらがってなにが何やら、まったく理解できない。
自分じゃどうすることもできなくて、とりあえず叫んだ。
「わ、わかんない!」
あ、舌噛んだ。
叫んだら、舌噛んだあげくに笑われた。
「わからない、か。では、わからせてやろう。マリカ、愛してるーーーーもう、離さない。あの勇者にも、やらない。お前を守るのは、私だ」
そういって、ジークがわたしの頬を撫でる。
うわ、うわぁ……やばい、心臓の音がうるさい。
さっきまで、大好きな保護者様だったのに? どうしよう、本当にどうしよう。
「覚悟しておいてくれ」
ジークの長い指に、わたしの指が絡められ、すっと硬質で冷たい感触のものがはめられた。
ジークの瞳と同じ色の石がはめられたそれは、明らかに高価そうな指輪だ。
「必ず、保護者様から旦那様に昇格してみせよう」
囁かれる声に、クラクラする。
どことなく甘い痺れを感じつつ、身をよじってベッドに顔をうずめた。
「も、限界……」
どうすればいいのかわからないし、理解できないし、ドキドキするし、散々だ。
こんなことになるなんて、やっぱり前世でなにかしたのだろうか……
わけのわからないことを考えつつも、意識は闇にのまれていった。




