第80話 抹茶体験
「……ん?」
ふと、サイレンが止まった。
「どうした?
サイレン殿」
「ん?」
サイレンが止まって見ていた場所は、
格式が高そうな屋敷だった。
「へぇ〜
結構古そうな……
いや、雰囲気のある建物やな」
「そうだな」
「ここは抹茶体験ができる施設ですよ」
俺が感心そうに見ていると、
一つの看板があった。
〜ホウジョウアン〜
〜一人当たり五デラル。
抹茶体験してみませんか?〜
「抹茶体験か」
今いる世界にも抹茶ってのがあって、
飲む文化もあるんだな。
さらに、読むとお菓子も付いてくるらしい。
しかも、ただのお菓子ではないとのこと。
「……気になるんか?」
「ああ……
構わないか?」
「ええで。
俺も抹茶飲むの嫌いやないし、
何事も体験や」
「俺は賛成だぞ」
「私も賛成です。
ここのお菓子は絶品ですよ」
「……なら、お言葉に甘えて……
入ろうか」
サイレンは言葉通りに建物の中に入った。
「いらっしゃいませ」
応対してくれたのは、数人のおばちゃんだった。
「あの、看板を見て来たのやが」
「ああ、お客様ですか。
一人当たり五デラルになります」
「ほい」
俺とサイレン、
リアーとベンガスは二十デラルを払った。
「ありがとうございます。
こちらを通ってください」
「おう!」
建物の中は大きくはないが、
大きくなくとも、雰囲気を出すために、
様々な工夫がなされている。
畳があったり障子があったり、
赤いマットを敷いて、
高級感を出している。
「お好きな席にお座りください」
畳にあぐらをかく場所だけではなく、
正座やあぐらをせずとも良いように、
椅子や机もある。
椅子も机も、抹茶を飲む雰囲気を壊しておらず、
むしろ、縁側方面にある池が見えやすくしている。
「俺だと狭いな……
あそこであぐらしても構わないか?」
「ええ。
もちろんでございます」
「では私も」
許可を貰ったベンガスはあぐらをかいた。
リアーは正座をしている。
「せやけど、結構ええやん」
「……そうだな」
「ここは人気スポットですよ」
サイレンは椅子に座り、抹茶を待つ。
俺も隣に座り、池を眺める。
池は人の出入りがあるためか、
町民などがのんびりと散歩しており、
池を眺めている。
「お菓子と抹茶でございます。
まず、お菓子からお召し上がりください」
そして、出てきたお菓子も抹茶も素晴らしかった。
お菓子は和菓子にそっくりだった。
練り切りは美しくピンクがよく映える。
「ほぅ!
結構綺麗じゃないか!」
ベンガスは嬉しそうに笑う。
「すんません、カメラOKかいな?」
「はい、構いませんよ」
「では、お言葉に甘えて」
俺は練り切りと抹茶を一緒に撮った。
「……ああ、練り切りを見ると、
映えるを撮りたくなる人の気持ちが、
よくわかるわ〜」
「……ば、ばえ?
何だ、映えると言うのは?」
「映えると言うんは、
俺のように料理など綺麗なものを撮って、
外に公開するもんや」
「へ〜、そのような言葉があるのですね」
サイレンがいる世界にSNSなんてものはないから、
説明としては若干弱いが、
やっていることは同じだろう。
「……取材のようなものか?」
「う〜ん。
取材よりも綺麗なもんを撮って、
みんなに紹介したり、自慢したりすることが主やな」
「ふむ……」
「確かに綺麗なものを見せて教えてやりたい気持ちはわかるな」
元の世界だと、結構人気があって、
綺麗なものを撮って外に公開して、
評価を貰っている人も多い。
撮るものはカメラではなく、
スマートフォンだが、
スマホもサイレンがいる世界にはないものだ。
というよりも、俺も今いる世界に来る前に、
当然、持っていたが、世界に来たと同時に、
消滅してしまった。
恐らく、雰囲気を損ねる物、
つまり、ファンタジー世界に似つかわしくないものや、
あっても不都合でしかないアイテムは消滅するのだろう。
まあ、俺はあまりスマホを使わない性格で、
検索したり、YouTubeを観るために持っているだけだ。
音楽はMP3があるし、カメラは高いカメラを買った。
俺が小説で、
主に使うのはiPadでiPadも消滅した。
iPad用のタイプライター型キーボードも消滅した。
外で使うためのWi-Fiも、
充電器も消滅した。
充電器に関してはスマホやiPad、
カメラなど充電が必要とする物が、
消滅したから、残ったとしても、
重荷でしかない。
今の俺の状態は、
ある意味では弱くてニューゲーム状態に立たされたのだ。
今では代わりになるものが増えて、
荷物の重量も軽くなったという、
メリットが浮き彫りになった。
前までは持ち歩くたびに肩が凝るほど、
重かったのだが、肩を凝る心配はなくなった。
代わりに魔獣と戦う時は、
命の危機に瀕する機会が多くなったがな。
「……まあ、食べるか」
「……ああ。
いただきます」
サイレンは練り切りを三角ベラを使って、
綺麗に切ってから一口食べた。
「……甘い」
「確かに、これは甘いな!」
「……しかしケーキのようなものではない。
……上品な甘さと言っていいかも知れないな」
そう言ってサイレンはふっと微笑む。
続けて、抹茶を飲む。
茶碗を両手で丁寧に持って、
ゆっくりと飲む。
「……苦いが、練り切りに合うな」
「サイレンも食べ方綺麗やん」
「……褒め言葉として受け取っておこう」
「綺麗ですよ、サイレン様」
「……もう無くなってしまった」
ベンガスはすぐに練り切りを食べ終えた。
俺も練り切りを食べる。
サイレンの言う通り、白餡が甘く、
すぐに消えてしまった。
「美味しいわ」
続けて抹茶を飲む。
抹茶自体は寿司などに行けば飲み慣れたものだ。
だが、場所が美味しくさせるのか、
普段よりも美味しく感じた。
池の音や、近くの滝の音も、
良いBGMになっており、
涼やかな雰囲気を出している。
「……のんびりできてええな」
「ああ……
初めての体験で、悪くない」
「確かにこういう日々も悪くないな」
「はい」
風も涼しく感じる。
エアコンとか扇風機はないのにだ。
サイレンは続けて練り切りを食べて、
抹茶を飲む。
サイレンの見た目は銀髪と紫目。
明らかに外国人と見られてもおかしくない雰囲気だ。
だからこそだろうか、サイレンが抹茶を飲む姿は、
よく合っている。
リアーは出身地だけあって慣れていて、
どこか礼儀正しい。
ベンガスはまるで日本文化を体験している外国人のようだ。
「……冒険者ギルドにいるのも悪くないが……
静かな場所も悪くない」
「せやな」
「ギルドは基本的に賑やかだからな!」
外国人は日本文化が素晴らしいと絶賛する気持ちも、
よくわかる。
外国の文化に詳しくないが、
YouTubeで、外国人が日本文化が好きなのが、
よく観る。
だからこそ、俺達も日本文化を大切にしようと思うのだろう。
まあ、俺がいる場所は日本ではないが、
些細な問題だろう。
「……食べ終わってしまったな」
「せ、せやな……
どないしよう。
すぐに出るか?」
いつもは人が待たせることになるから、
食べ終わったらすぐに出るのが俺達だ。
しかし、今いる場所は人が少なく、
従業員達も忙しそうにしていない。
「……とりあえず、出るか?」
「せやな」
時間的に数分程度だ。
だが、食べ終わった以上、長居はできずに、
立ち上がり、去ろうとする。
「あら?
お急ぎの用があるのでしょうか?」
「い、いえ……」
「……練り切りは大変美味しかった。
……抹茶も……
だが、食べ終わった以上、長居は迷惑にーー」
「構いませんよ。
お金を払っていただいたのです。
ごゆっくりしてください」
店員がにこやかに笑う。
「……店員さんが言うのならば」
どうやら、サイレンはまだいたかったらしく、
座っていた席に再びついた。
サイレンにとっても、
今の体験は貴重で初めてのものだったらしい。
だからか、珍しく座りのんびりとしている。
「ほんなら、俺も……」
店員がのんびりしてもいいと言って、
尚且つ、サイレンも従っているのなら、
俺としても急ぐ用事はない。
「と言ってものんびりする以外にやることはあるか?」
「いいじゃないですか。
普段は魔獣退治ばかりですから、
今日くらいはのんびりしましょう」
「……《ライト》」
「……練人?」
「ゆっくりしてええって言われたし……
今の体験が忘れない内に、
書いておこうと思ってな」
外ではゆっくりと書く機会は珍しい。
外でゆっくりと書く機会が珍しいのは、
俺がいた世界も今いる世界も共通のこと。
だからこそ、
今の体験を真新しい気持ちのままで書けるのなら、
書いておきたい。
書くことで今いる場所、
ホウジョウアンの宣伝にもなるだろう。
すると、サイレンはコソコソと、
俺の耳に話をしだす。
俺が書いている小説を察したのだろう。
「……なら、冒頭は、
私がホウジョウアンを見つけるところからの、
スタートだな」
「せやな。
ほんで、さっきの会話も書き加えてっと……」
そして、俺は今の出来事を書き始める。
外は緑の木々と池で大変美しく、
景色を眺めながら、俺はキーボードを打つ。
「何の話をしているのだ、練人殿」
「次の話だ……
こういう状態は集中しているからな。
話しかけないでやってくれ」
「わかりました」
書き終わった頃には一時間経っている。
しかし、店員は嫌な顔をせずに、
俺が書き終わるのを待っていてくれた。
ベンガスは足を広げてのんびりとしている。
リアーは正座しながら外を眺めている。
サイレンも興味深そうに景色を眺めている。
「よし、ええで」
「む、書き終わったのか?」
「ああ、待たせて悪かったのぅ」
「大丈夫ですよ。
こういう時間も悪くありませんし」
「そう言ってくれると助かるわ」
そして、俺達は立ち上がった。
「はい、とても美味しかったですし、
いい体験ができました」
「……ありがとう」
「またのお越しをお待ちしています」
リアーとベンガスは先に店を出た。
「あ、もしかすれば、
小説で今日のことを書くかも知れませんが、
よろしいでしょうか?」
「あら、そうなのですか?
もちろん、構いませんよ。
楽しみにしております」
店員に念のために、
今日のことを小説に書いて良いかの、
確認をしておく。
店員は頭を下げて、見送った。
「ええ体験やったな」
「ああ……
偶にはのんびりと過ごす日も悪くないな……」
今回の話に出てくるお店『ホウジョウアン』は、
兵庫県にある『茶室:蓬生庵』の体験を元に書きました。
開館は十時
閉館は十六時
抹茶とお菓子は五百円。
店の雰囲気がよろしくて、大変おすすめです。
お店の許可も取ってあります。




