第61話 恐るべき罠
「……どうやら、今おる場所が洞窟の奥やな」
だが、洞窟の奥ははっきり言えば、
地獄のような光景になっていた。
まずは死臭が洞窟の奥に満ちている。
次に目に映ったのは大量の骨だった。
「魔獣の骨もあれば……
人骨もあるで……
他にも武具とかも転がっとるわ。
剣やら、槍やら、斧やら……
ほれ、見てみぃ」
そう言って俺は転がっている剣を掲げて見せた。
古く錆びついた剣もあれば、真新しい槍もある。
「お前が持っている槍……
一ヶ月前から行方不明だった【ロテイ】の槍か!?」
「知り合いなんか?」
「あ、ああ。
お前が持っている槍を、
自慢気に見せびらかしたのを覚えている」
「さよか……
生きとる人間はおらん。
……人骨に付いとる肉から考えて噛み砕かれたり、
締め殺されてたりやのうて、
丸呑みにされていらんもんを吐き出されたって感じやな」
腐った肉に釣られて虫やネズミも湧いている。
「ほんで、見た様子やと弟さんとやらが、
おったら命はあらへんと思うわ。
反論はあるんか?
クオンさん」
「……下ろしてください」
「だ、大丈夫ですか」
「はい……
……早く」
ベンガスはクオンを下ろした。
下ろした際にベンガスは、
何か違和感でもあるのか首を傾げていた。
ベンガスだけではなくヨシモリ、クヨイチも同じ反応した。
「あれ?
なんだろう?
何か変だな?」
「お前もか?
実は……
俺も……」
動きが気心地なくなってきたようだな。
「俺も……
……体が」
「……弟です」
そう言ってクオンが掲げた人骨は小さく、
子供のものだった。
「ああ……
可哀想に……
洞窟という薄暗いところで……」
クオンは目に涙を流した。
「……貴方が持っている骨が?」
「はい……
私の弟です……
洞窟で亡くなっていたなんて……
寂しかったでしょう」
だが、次第にクオンは涙を流し止める。
「でも、大丈夫……
もう寂しい思いはしなくていいわ」
「……え?」
「だって、さらに増えるもの……
ここに……
四人の骨が……」
「く、クオンさん?
な、何を言ってーー」
「!?」
すると、三人は全員驚嘆の表情を浮かべる。
「か、体が……」
「し、痺れてーー」
「う、あっ……」
そして、三人はハルバードなどの武器を、
ガコンと音を立てて落としてしまった。
「うふふ、どう?
私特製の麻痺毒は?」
「ま、麻痺毒?」
「貴方達が飲んだ瓶の中身よ。
私の麻痺毒に、はちみつと合わされば、
味は誤魔化せて効率よく全身に回るのよ」
「な、なんでーー」
「安心しなさい。
死ぬわけではないわ。
抵抗できないように動きを封じるものよ。
私はね、巻きついて殺してから食べるよりも、
丸呑みにして食べるのが好みなのよ」
クオンの顔が邪悪な笑いになってきた。
「な、何を言っているのですか?
く、クオンさん?」
「まずは貴方からよ。
鎧を外して、
全裸にさせてから丸呑みにしてあげる」
「あ、ああ……」
「ま、まさか……
く、クオンさんは」
「貴方達は私を性的に食べたかったのでしょ?
なら、美人である私に食べてもらえることを光栄に思いなさい。
尤も貴方達が望むような性的ではなくて……
捕食的という意味だけどね!」
クオンが変貌しようとした。
顔に蛇のような鱗が出始め、
舌も蛇のように細くなりつつある。
「うあああ!」
「《マジック・ウェポン》!」
「っ!」
クオンと呼んでいた女が、
腕を使って俺の剣を受け止めた。
ローブは破れ、灰色の鱗が見える。
切り傷は少ししかできなかったようだが、
少しくらいはダメージを与えられたようだ。
「……あら?
飲んでいたら、
もう動けない筈よ?」
蛇女は面白いものを、
見つけたかのように俺を見ていた。
俺は急いで彼女から離れて剣を構える。
「飲んでいたらやろ?
生憎と飲んでなかったんや」
そう言って俺は懐に隠し持っていた、
彼女から貰った瓶を見せた。
「へぇ。
彼らは喜んで飲んでいたのに、
貴方は飲まなかったのね?
せっかくの美人のプレゼントなのに?
酷いわ」
「譲ったんはアンタの勝手。
飲むかどうかは俺の勝手やろ?
あいつらはアンタを信じきっていたから、
俺が言っても聞かんどころか、
飲むように強制しとったかも知れへんかったがな」
「つまり、貴方は私を怪しんでいたってこと?」
「怪しいところばっかやんか。
蛇も外に出ることはある。
せやのに、何の警戒もせずに、
洞窟の道でボケッとしとった、
隙だらけのアンタを襲わんかったのも変な話や。
偽名も単純や」
「クオンなんてどこにでもいる名前でしょ」
会話できるってことは、
余裕があること。
つまり、三人はしばらく、
麻痺で動けないってことになる。
「アンタの名前、クオン・ネースナ。
アナグラムやろ?
スネーク・オンナのな」
「……あっ」
「まったくふざけた名前やで」
「ユニークがあっていいじゃない」
「蛇だらけの洞窟で蛇に関した偽名。
怪しむな、と言う方が無茶やわ。
ヨシモリに不意打ちで襲ってきた蛇はアンタの差金や。
突き飛ばして他の奴らの信頼を勝ち得るためにな」
「な、何?」
「アンタらが彼女をおんぶするかどうか揉めていた時に、
確かめたんや。
蛇の死骸をな。
すると、蛇は無牙タイプやった。
蛇には捕食が二種類に分けることができる。
獲物を締め付けて、殺して、ほんで食べるか、
毒で動けんようにしてから丸呑みにするか。
ほんで、蛇毒は大抵牙から獲物に噛みついて注入するんや。
毒牙がないってことは襲い掛かってきた蛇は、
締め付けて食べるタイプ。
せやが、お前を狙うのには大き過ぎる。
普通はネズミを食べるもんや。
洞窟やからな。
餌のネズミは育て放題、食べ放題やろ」
「ふふふ、そうね。
襲い掛かった子はネズミが好きで、
巻きついてから殺して食べるのよ。
人間の肉はタイプじゃないのよ」
蛇女は楽しそうに俺と会話を続ける。
「アンタが怪し気なポーションを渡して、
冒険者も含む死体の状況を考えて自然と答えは出たわ。
冒険者も丸呑みにされたんやで?
いくら油断したとはいえ、
アンタに襲い掛かられて、
抵抗せずに呑まれたんは考えにくい。
つまり、ろくに抵抗もできずに、
食い殺されたことになる」
「ええ……
無様な三人のように動きを封じてから丸呑みにしたのよ」
「アンタは色香を振る舞って男性を誘き出す。
途中の蛇によって殺されればよし、
切り抜けることができる実力者でも、
不意打ちで攻撃し、アンタが庇う。
怪我したアンタを色香によって、
惑わされた者が放っておく筈がない。
アンタを背負って、ほんで薬を飲ませる。
奥に来るまでには、
毒が全身に回って動けないところをネタバラシ。
恐怖と絶望を与えてから、
鎧とかを脱がして丸呑みにする……
ってことやな」
まあ、女性が好きな女性もいるから、
彼女達も捕食していたかも知れないがな。
「ふふふ、楽しいわ。
結構頭が回るじゃない。
アンタ、最初から私を疑っていたわけね」
「俺は作家で推理小説……
探偵小説か?
まあ、小説を書いとるんや。
簡単な推理できひんでどないすんねん。
加えて、生憎と俺は、
美人が相手でも疑うことができる人間でね……
女だからと言って手加減してくれたり、
女を傷つけないポリシーを持っとる人間でもないわ。
甘いことは期待すんなや?」
「ふふ、いいわ。
気が合いそうね」
「けっ、食い殺す気満々やろうが」
「そうでもないわ。
私は腹八分目が主義なのよ。
一体でも食べればしばらくは食わなくてもいいのよ。
残り二体は保存食として扱ってあげる。
だから、一体逃しても私は平気なのよ」
「俺は洞窟の場所を知っとる。
ギルドに報告してすぐに行けばーー」
「でも、時間は掛かる。
ギルドがやって来る間に私達は引っ越しをする。
残っているのは、
大量の死体と転がっている武具だけ。
引っ越し先を知らない貴方達では、
私を捕まえることはできない。
新天地でゆっくりと食事をしましょう」
つまり、今、蛇女を逃せば、
何も解決できず被害は増える一方になるってことか。
「なら、余計に逃すことはできひんわ」
「あら?
彼らを守るってこと?
貴方を馬鹿にしてきたのに?
彼らは貴方を信用しようとしなかった。
貴方も彼らを信じられなかったのでしょ?
だからこそ、私が怪しいと思っていても黙っているしかなかった。
貴方も言ったように私が怪しいと言えば、
彼らは絶対に非難し、
私を信じるように強要する。
愚かにもね?
加えて貴方達は仲間ではないのでしょ?
彼らのために戦ってあげる義理はなくて?」
「あっ……」
「実力差は明白だと、
貴方もわかっているでしょ?
貴方は賢いようだけど、
まだまだ弱い。
磨けば光るかも知れないけど、
私に挑めば死ぬ。
彼らのために命を張るってこと?」
「……ギルドで俺達が一緒に行動するのを見られたわ」
「実力がはっきりしている相手から逃げる……
自然界では常識よ。
引っ越ししていても、
私が洞窟にいた証拠はごろごろ残っている。
貴方が非難される謂れはないわ」
三人は顔面蒼白になった。
そう。
三人が無理矢理俺を巻き込んだようなものだ。
強敵と遭遇して逃げ出しても、
不要な危険に無理矢理巻き込まれただけ。
俺を罵倒していた以上、
今、俺が逃げても文句も言えない。
迂闊な行動が原因だから。
加えて強敵から逃げたとしても、
非難されることはできない。
そうなれば新人が強敵と出会っても、
逃げてはいけないことになる。
本当の仲間であるサイレンを見捨てた訳でもない。
今、逃げても連携に支障が出て、
倒せなかったと言えば納得もできる。
証拠である麻痺毒入りの瓶もあるからな。
「逃げるのなら今のうちでしょ」
「……俺は俺の仲間に……
サイレンに信頼されとる」
「ええ……
だから、貴方は自分の仲間のところへーー」
「んで、サイレンやったら、
同じ場面に遭遇したら……
ベンガス達を助けると思う」
「……」
「俺も同じや。
罵倒されても嫌われても……
やってまうやろうな……
加えて俺は作家や。
作家が人道を外して、
自分の小説を読んでもらえる訳ないやろ」
何より、今の体験を小説にする以上、
俺は逃げる訳にはいかない。
「……私と戦うってことね」
「ああ……
覚悟しろ……
アンタを倒す!」
「……なら、死ね!」
そして、俺達の戦いは始まった。




