#4
緩やかに、だけど掴めない速さで日々が過ぎていく。
俺は翌月に入ってすぐに免許センターへ行き、試験に合格した。
数週間ほどしてから、幸耶から無事免許取得の連絡がきた。
電車に乗ってる最中だったけど、歓喜のあまり変な声が出て恥ずかしかった。
( 良かった…… )
財布の中に入ってる免許証を取り出し、目を眇める。
幸耶や俺にとってこれは、知識や技術の証明だけじゃない。
過去に負った傷を乗り越えた証だ。ひとりでは叶わなかったけど、手を引き合って手に入れた、絆の証でもある。
幸耶が家に来なくなっても、生活はやっぱり変わらなくて、いつもなにかに追われている。
だけど何とかなる気がしてるんだ。この強さは、彼から与えられたもの。
俺はこれからもずっと、彼のことを思い出して生きていく。
露往霜来。
またたく間に季節は流れ、一年の時が経った。
◇
「死ぬ……」
暑い。年々凄まじくなる酷暑に殺される。
電気代がかさむから我慢してきたけど、もう限界だ。リモコンの温度設定を下げるという、苦渋の決断をした。
引っ越しをしたから貯金がすっからかんで、現在バイト三昧の日々。風月は冷水のシャワーを浴び、向日葵のグラスに麦茶を入れた。
「平和だ……」
暑いけど、暑い意外に問題はない。それはとても贅沢で、恵まれたこと。
ホッと息をつける時間に感謝しつつ、窓に広がる深い青を見上げた。
今日は完全にフリーだから、何しよう。
とりあえず洗濯でもするかと思っていると、スマホの着信音が鳴った。
「ん?」
電話なんて珍しい。一体誰からだろう。
手にとって画面に表示された名前を見る。その瞬間、時が止まった。
「あ……」
最後に連絡してから何ヶ月ぶりだろう。
忙しいかもと遠慮して、中々こちらから連絡できなかった。
声を聞くのもやっとだけど、ずっと想い続けた大事な存在。
「もしもし。……幸耶?」
『もしもし。久しぶり、風月』
電話を掛けてきたのは幸耶だった。久しぶりに聞いた声は以前と同じく透き通って、優しく鼓膜を揺さぶった。
「めずらしー。どうしたの? 元気?」
『元気だよ。俺としてはお前の方が心配でさ。ほとんど生存確認みたいな』
「もう……大丈夫だよ」
麦茶を飲み込み、不満をもらす。
心配性なのは相変わらずみたいだ。本当は電話を掛けてきてくれたことを素直に喜びたいのに、妙な意地が邪魔してツンツンしてしまう。
「何か変わったことあった? お兄さんは元気?」
『元気過ぎて困る。っていうか、俺あの家出ることにしたんだ』
「え? 何で!」
『兄貴が婚約した。そんであの家に住むかもしれなくて、追い出されそうなんだよ』
マジか。驚いて「大丈夫?」と訊くと、それは冗談だから大丈夫、と笑い声が聞こえた。
『元々俺も家を出ようと思ってたし、ちょうどいいと思ったんだ。……それで、始める前に先輩のアドバイスも色々もらおうと思って』
「先輩」
『お前のこと。久しぶりに会えないか? ……今から』
うぐ。
思わず麦茶を吹き出しそうになり、慌ててタオルをとった。
「いいけど、めちゃくちゃ急だな! 何時に待ち合わせ?」
『お前の準備ができ次第かな〜。俺、今お前の家の前にいるんだよね』
「はっ!?」
急なんてもんじゃない。
幸耶は恐らく、用意周到だったんだろうけど……あまりに話がとんとん進んで怖かった。それに、
「俺、お前に今の住所教えたっけ?」
『あぁ、ちょっと前に夜中に電話してきたじゃん。二十歳になって飲めるようになったんだ〜、とか酔っぱらって』
「すみませんでした……」
言われてみると、そんなこともあった。
「すぐ用意するよ」
一旦電話を切り、急いで着替える。大して準備もせずにアパートの前へ出ると、見慣れない車が停まっていた。
「よ。久しぶり」
「久しぶり……」
幸耶だ。本物の。
当たり前なのにどこか非現実的で、フリーズしてしまった。
手を伸ばせば触れられる距離にいる。その事実を上手く飲み込めない。
「幸耶、車買ったの?」
「まさか。兄貴の借りてきた。だからちょっとドライブしよう」
「ふぁ〜。良いな!」
ドライブなんて久しぶりだ。
免許をとってからも、身辺整理に追われて行けずにいたから。
免許をとったらもっとバンバン乗りこなすもんだと思ってたのに、結局電車ばっか使ってるし。
「風月、親父さんの車は?」
「あー、叔父さんに預けてる。やっぱり維持費がきつくてね……」
助手席に乗り、シートベルトを締める。心なしか背筋がぴんと伸びて、膝の上の拳を握った。
「でも、いつか引き取りに行きたいと思ってる」
「……そうか」
幸耶は頷き、眼鏡を掛けた。エンジンをかけ、ゆっくり発進する。
おぉ……。
久しぶりに会ったことも現実感ないのに、幸耶が運転する車に乗っている。驚きの連続で処理が追いつかない。
喜びもだ。嬉しくて、どうしたってにやけてしまう。
「どこ行くの?」
「内緒。でも結構走るから、どっかで飲み物買ってくか」
ファーストフード店のドライブスルーに寄り、俺達はこの一年にあったことをたくさん話した。
俺は今の家や大学のこと、それからバイトのことを話した。幸耶もバイトをしながら新しくサークルに入り、忙しいが充実した日々を送っているようだった。
楽しそうで良かった。
彼のことだけが気掛かりだったから、密かに胸を撫で下ろす。
高速に入り、景色の見えない道を進む。
ルームミラーを一瞥して、ふと尋ねた。
「幸耶、どこ行ってもモテるだろ」
「何だよ、急に」
幸耶は吹き出し、それからシートに深くもたれる。
「お前の方がモテるだろ。……彼女できた?」
「できるわけない。幸耶は?」
笑い返して、窓際に手を置く。
俺が想ってるひとは昔から決まってるから……静かに告げると、幸耶は眼鏡を掛け直した。
「俺も、できるわけないな」




