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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
ひなたの君

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32/32

#5



方角は北を目指してるのかと思ったけど、幸耶はやっぱりやめた、と行ってルートを変えた。

別に行き先はどこでも構わないのだけど、なにか考えがあるらしい。


この辺……大昔に来たことある。


確か、真夏に……父と。

懐かしさに胸を焦がしていると、風月、と名前を呼ばれた。

「ここからは、目閉じてて」

「……はい」

何か企んでるな。幸耶は、真面目だけどサプライズやシチュエーションにこだわるところがある。

面白くて言う通りにした。狭い車内で瞼を伏せ、車に揺られる。


幸せだな。


こんな日をこれからも時々過ごせたら、もう何もいらない。本気でそう思うほど、心は満たされていた。


「っ」


幸耶はアクセルを強く踏み込んだ。上昇していくから坂道の手前だったんだろうけど、一応シートベルトを握る。

幸耶が普段どれぐらい運転してるかは分からないけど、目を閉じてるとスリルある。

でもここへ来るまではずっと安定してたから、俺よりは乗ってそうだ。昔駐車が苦手って言ってたけど、全然問題もないし。

「お待たせ。到着」

「おっ。ありがとう、目開けていい?」

「どうしよ。俺が降りるまで待って」

「すごい引き伸ばすな……」

もはや執念というか、幸耶の気持ちの入れ方は半端じゃない。それだけ分かれば充分だけど……ここは大人しく、助手席のドアが開くまで待つことにした。

「はい。どうぞ」

「……ん」

ドアが開き、手を差し出される。

まるで馬車から降りるお姫様だ。少し照れくさかったけど、降り立ってすぐ目の前に広がる光景に息を飲んだ。


遠くに見えるのは日本で一番高い名峰と、山々の青い稜線。そしてその手前で咲き誇るのは、地平線まで広がるたくさんの向日葵だった。


「あ……っ」


何十万本もの向日葵が、太陽に向かって花を開いている。その明るさと美しさに目を奪われ、呆然と立ち尽くしてしまった。

それに、ここには来たことがある。

昔、父に連れてきてもらった向日葵畑。


俺はこの景色を見て、向日葵が大好きになったんだ。

「ごめん。風月の叔父さんから聞いちゃったんだ。お前が向日葵を好きな理由」

幸耶は隣に並び、眼前に広がる向日葵を眺めた。


「……大切な場所なんだ」


胸元を押さえる。目の前が潤んで、声がわずかに震えた。


「でも、ひとりで来る勇気がなかった。……連れてきてくれてありがとう……幸耶」


大好きで大好きで、何度も夢に見た場所。

けど思い出が溢れ、もっと苦しくなりそうで怖かった。記憶の中で何度も美化したし、逆に荒れてしまっているかも、と想像した。


行きたいけど行けなかった場所……。

前に屈み、乱暴に目元を擦る。幸耶は俺の頬にそっと触れ、手を掴んだ。

「辛いことまで思い出させるかもしれないと思って、正直かなり迷ったんだ。だから、踏み込んでごめん」

「いい。俺の場合、それでいつも救われてる」

そうだ。ここまで踏み込むのも勇気がいる。

幸耶はそれを分かっているんだ。嫌われるかも、もっと傷つけるかも、という不安と闘って、そして決断してくれた。

「ありがとう……」

大地を照りつける太陽の下で、涙をぬぐう。

どんな時も俺の気持ちを掬ってくれた青年に、何度も繰り返した。

幸耶は徐にかぶりを振り、下に屈んで俺と視線を合わせる。


「……俺、お前の力になりたいんだ。これからはもっと近くで、お前を支えたい」


繋がる手。彼の温もりが、内側まで伝わってくる。


「必ず幸せにする。俺と付き合ってくれ、風月」

「幸耶……」

「お前が好きだ。いつもお前のことを考えてるんだよ」


引くよな、と言われたので、俯きがちに答える。

「……俺もだ」

これも、昔からずっとしているやり取りだ。

俺達はいつも同じことでぐるぐる悩んでいる。くっついたり離れたり、試行錯誤しながら距離を確かめている。


大好きだからなんだ。


同性ということ、友人ということ……そのどれもが強固なもので、越えてはいけない一線だと言い聞かせていた。


けと幸耶は踏み込んでくれる。どんな時も、俺だけを一心に見つめて。

一度は止まった涙が、また堰を切ったように零れ落ちる

。もう周りの目なんて気にせず、何度も頷きながら嗚咽した。


「俺も、幸耶が大好き……っ!」

「あはは。ありがとう」


幸耶ははにかみ、俺の頬を撫でた。一旦は車に隠れるように、小声で俺を見上げる。


「あ。あのさ、一人暮らしのアドバイス。……じゃなくて……一緒に住もう」

「うん」


また、新しい毎日が始まる。

それはあの向日葵のように、もっと鮮やかに色づくはずだ。


「大好きだよ、風月。お前に会えて本当に良かった」


俺とまったく同じことを想ってる。世界で一番愛しいひと。


その眩しさに目を細めると、彼は照れくさそうに俺を抱き締めた。





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