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醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第3章 『王じゃなくて、朔也として・・・』

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「それでも・・・君がいい」

 


 冬月書房へ向かう足取りは、今まででいちばん重かった。


 玲奈を傷つけた。

 麗華とも終わらせた。

 紗良にも一線を引いた。


 それは全部、自分で選んだことだ。

 逃げるように誰かの熱へ飛び込むことを、ようやくやめた結果でもある。


 でも同時に、それは自分がしてきたことの清算でもあった。

 だから軽いわけがない。


 足が重い。

 胸も重い。

 なのに、向かう先だけは迷わなかった。


 冬月書房の前へ着いた時、少しだけ息が浅くなる。

 今さら何を言うつもりなんだ、と自分でも思う。


 最低だった男が、ようやく一人を選びたいと思った。

 そんな話をされて、相手が「はい、そうですか」と受け入れるわけがない。


 それでも来た。


 来なければ、たぶん本当に何も始まらないからだ。


 扉を押す。

 ベルが鳴る。


 紙の匂い。

 木の棚。

 静かな空気。


「いらっしゃいませ」


 澪の声が、いつも通り落ちる。


 そのいつも通りが、今は少しだけ救いだった。

 玲奈のように傷ついた顔もしない。

 麗華のように全部見抜いて微笑みもしない。

 紗良のように怒りを隠しもしない。


 ただ、いつも通りにそこにいる。


「…来たよ」


 朔也が言うと、澪はカウンターの向こうで目を上げた。


「そうですね」


 短い返答。

 でも、それだけで少しだけ呼吸が整う。


「今日は」


 澪が少しだけ首を傾げる。


「かなり悪い顔ですね」


「最悪って言えよ、もう」


「そうとも言います」


 その返しに、少しだけ口元が動く。

 笑ったわけじゃない。

 でも、それに近いものがあった。


「閉店、まだ?」


「あと一時間くらいです」


「…待ってていい?」


 澪は一瞬だけ考えるように黙って、それから頷いた。


「騒がなければ」


「騒がねえよ」


「それならどうぞ」


 朔也は棚の間へ入る。

 でも今日は、本を見るふりをする気力もあまりなかった。

 しばらく背表紙を眺めたあと、結局、窓際の小さな椅子へ腰を下ろした。


 澪は何も聞かない。

 それが、今は逆にきつかった。


 聞かれれば話しやすいのに。

 でも、聞かれないから、自分から言うしかない。

 その“自分から言うしかない”ことが、たぶん大事なのだとも思う。


 ◇


 閉店後、店内はさらに静かになった。


 シャッターの降りる音。

 鍵の小さな音。

 照明が少しだけ落ちる。


 澪がカウンターの中を片づけている。

 その背中を見ているうちに、朔也はようやく立ち上がった。


「澪」


 名前で呼ぶ。


 澪の手が止まる。

 振り向く。

 驚いた顔はしない。

 でも、いつもより少しだけ目がこちらをまっすぐ捉えている。


「何ですか」


 声は静かだ。

 でも、その静けさのぶんだけ、逃げ場がない。


「…話したい」


「わかりました」


 澪はそれだけ言って、カウンターの中から出てきた。


 テーブルを挟んで向かい合う。

 近いわけじゃない。

 でも、今までよりずっと近く感じる。


 何から言えばいいのかわからなかった。

 どこから言っても、たぶん最低だ。

 でも、最低な部分を抜いて話したら意味がない。


「俺」


 やっと声が出る。


「今まで、かなりひどかったと思う」


 澪は黙って聞いている。


「女に欲しがられるのが嬉しかったし、自分も普通に女の体を欲しがってた」


 玲奈。

 麗華。

 紗良。

 その他の女たち。


 その顔が順番に浮かぶ。

 浮かぶたび、胸の奥が重くなる。


「胸とか、首とか、そういうとこ見て、普通に興奮して、触って、反応見て…それで満たされた気になってた」


 言葉にすると、あまりにも下品で、あまりにもその通りだった。


 澪はまだ何も言わない。


「欲しがられることで、いままで踏みつけられて出来た傷口を埋めようとしてたのかもしれない」


 朔也は手を握る。


「でも、それだけじゃなくて、女を自分で乱せることにも酔ってた」


 玲奈を押し返して熱を持たせること。

 麗華の整った顔を乱すこと。

 紗良の硬さを崩すこと。

 それが快感だった。


「相手の気持ちもあったのに、俺はたぶん、体とか反応とか、自分を満たしてくれるかどうかを先に見てた」


 澪の表情は変わらない。

 でも、変わらないままちゃんと聞いているのがわかる。


「だから、最低だった」


 そこで、少しだけ息が詰まる。


「今さらだけど、やっとそれをちゃんとわかった」


 静かな店内に、自分の声だけがやけに近い。


「それで」


 澪が、ようやく口を開いた。


「何を言いたいんですか」


 一直線だった。


 逃げ道をくれない問い。

 でも、必要なのはたぶんこれだ。


「…それでも」


 喉が乾く。

 でも、ここで言わなければ、たぶんもうずっと言えない。


「最後に残るのは、お前なんだよ」


 澪の目が、ほんの少しだけ揺れる。


「玲奈とも、麗華とも、紗良とも、他の女とも、ちゃんと欲しいと思った」


 そこに嘘はない。

 だからこそ、余計に言いづらい。


「でも、終わったあととか、一人になったあととか、会いたいって思うのは、いつもお前のいるこの場所だった」


 冬月書房。

 紙の匂い。

 何も起きない時間。

 それが、自分にとっていつの間にか救いになっていた。


「欲しがられたいんじゃなくて」


 そこまで言って、やっと自分の言葉がまっすぐ前へ出る。


「お前と一緒にいたい」


 澪は、しばらく何も言わなかった。


 ただ、じっとこちらを見ている。


 その沈黙のあいだに、朔也は自分がどれだけ都合のいいことを言っているかを思い知る。

 女たちを散々振り回して、最後に一番静かな女の前へ来て、「お前がいい」。


 そんなの、受け入れられるほうがどうかしている。


「…ずるいですね」


 澪がぽつりと言った。


 その一言は、予想していたよりずっと柔らかかった。


「何が」


「全部わかったあとで来るなんて」


 その言い方に、少しだけ息が詰まる。


「そうだよな」


「ええ」


 澪は目を伏せる。


「私にとっては、かなり迷惑です」


「…うん」


「今までの話も、だいぶひどいです」


「うん」


「最低だと思います」


「それも、うん」


 そこはもう否定しようがない。


 澪は少しだけ息を吐いた。


「でも」


 また目を上げる。


「それを、隠さないで言ったことだけは偉いと思います」


「子供みたいに言うな」


「子供みたいなことをした人には、これで十分です」


 その返しに、少しだけ泣きそうになるのをこらえる。


 責められているのに、少し救われる。

 そんな自分が情けない。


「すぐに、はいとは言えません」


 澪が言う。


「だろうな」


「当然です」


「うん」


「でも」


 そこで、ほんの少しだけ間を置く。


「聞かなかったことにはしません」


 その一言だけで、胸の奥がわずかに軽くなる。


「…それだけで、今は十分だ」


 朔也が言うと、澪は少しだけ首を傾げた。


「珍しいですね」


「何が」


「満足した、という顔をしてるので」


 その言い方に、少しだけ笑ってしまう。


 ほんとうに、足りた気がした。

 全部じゃない。

 許されたわけでもない。

 受け入れられたわけでもない。


 でも、自分の最低さごと話して、そのうえで聞かなかったことにしないと言われた。

 それだけで、今までの熱の何よりも少しだけ救いに近い。


 澪が棚のほうへ歩き、一冊の本を取って戻ってきた。


「これどうぞ」


「何」


「考える人向けの本、です」


「またそのジャンルか」


「前回より深刻そうなので」


 差し出された本を受け取る。

 指先が触れる。

 ほんの一瞬。

 でも今は、それだけで十分だった。


「…また来てもいい?」


 聞くと、澪は少しだけ考えるように視線を落としたあと、静かに言った。


「本を買ってくれるなら」


「営業熱心だな」


「本屋なので」


 同じ返し。

 でも、その同じやり取りが今はたまらなくありがたい。


 店を出る。

 夜の空気は冷たい。

 でも、その冷たさは前みたいに胸を空っぽにはしなかった。


 まだ全部は始まっていない。

 でも、やっと何かが始まる場所に立てた…そんな気がしていた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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