表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/21

街の温度


退院の手続きは、妙に静かだった。


だが静かなのは病室の中だけで、廊下に一歩出た瞬間、空気が変わった。


視線。


それも一つや二つではない。

すれ違う女性看護師。廊下の椅子に座る家族連れ。受付の職員。

全員が、ほんの一瞬、呼吸を止める。


その「一瞬」が分かる。


目が合うと、逸らされる。

だが、すぐにまた戻る。


熱を帯びた視線が、皮膚の上を滑る感覚。


気のせいではない。


俺は受付の前に立ち、会計を待つ。

透明なパーテーション越しに、職員の女性がぎこちなくキーボードを叩いている。


「え、えっと退院費用ですが」


声が上擦っている。

指先が震え、伝票を落とした。


「すみません!」


慌てて拾いながら、ちらりとこちらを見る。


その目は、明らかに怯えではない。


戸惑いと、期待と、抑えきれない何か。


前の世界で向けられていた視線とは、正反対だ。


あの時は、笑いだった。

軽蔑だった。

「関わりたくない」という無言の拒絶。


今は違う。


関わりたい。

近づきたい。

触れたい――とでも言いたげな、視線。


胸の奥が、ゆっくりと熱を帯びる。


病院を出ると、昼の光が強く差し込んだ。


見慣れたはずの街。コンビニ、横断歩道、バス停。

だが、何もかもが、少しだけ違って見える。


通行人の女性たちが、足を止める。


会話が止まり、囁きが生まれる。


「あの人」


「嘘、やば」


スマホを向ける者もいる。

撮影されている感覚。


以前なら、心臓が縮み上がっただろう。

笑われるのが怖くて、顔を伏せて歩いたはずだ。


だが今は――違う。


背筋が、自然と伸びる。


視線を受け止める。

逃げない。


すると、相手のほうが赤くなる。


信号待ちで立ち止まると、隣にいた女性が一歩近づいてきた。


二十歳前後だろうか。

化粧は濃く、服装も派手だが、骨格は華奢で、顔立ちは整っている。


前の世界なら、雑誌の表紙を飾っていてもおかしくない。


だが――


どこか自信がなさそうだ。


「あの」


声をかけられる。


近い。

香水の甘い匂い。


「ニュース、見ました?」


俺は曖昧に笑う。


「少しだけ」


その瞬間、彼女の呼吸が止まる。


分かりやすい反応。


目が潤み、唇が震える。


「すごいほんとに、すごいですね」


何が?


顔が、か?


その言葉を口に出さなくても、分かる。


信号が青に変わる。


彼女は踏み出さない。

俺を見ている。


待っている。


何を?


選ばれるのを、か。


胸の奥で、あの黒い感情がゆっくりと形を成す。


――俺が、価値だ。


試してみる。


ほんの少し、口角を上げる。


「ありがとう。君も綺麗だよ」


思いつきだった。


だが、言った瞬間。


彼女の目が、見開かれる。


「え?」


信号の向こうからクラクションが鳴る。

人の流れが動き出す。


彼女は立ち尽くしたまま、両手で口元を押さえた。


「わ、私?そんな」


顔が真っ赤だ。


周囲の視線が一斉にこちらを向く。


ざわめき。


嫉妬。羨望。動揺。


たった一言。


それだけで、空気が変わる。


俺は歩き出す。


背後で、彼女の震える声が聞こえた。


「嬉しい」


その一言が、背中に刺さる。


嬉しい。


そんなふうに言われたことが、前の世界であっただろうか。


ない。


俺の言葉は、いつも軽く流された。

笑われた。

踏みにじられた。


今は違う。


俺の言葉一つで、誰かの世界が揺れる。


それは、恐ろしいほど甘美だった。


ポケットの中でスマホが震える。


通知が止まらない。


【男性保護庁より正式通知】

【SSS+判定についての面談依頼】

【芸能事務所よりスカウト】


世界が、俺を中心に回り始めている。


いや。


違う。


俺が、回している。


歩きながら、ショーウィンドウに映る自分を見る。


整った輪郭。

真っ直ぐな視線。


これが、選ばれる側の顔。


胸の奥で、あの夜の言葉が蘇る。


気持ち悪い男は存在が迷惑。


なら今は?


存在するだけで、価値になる。


皮肉だ。


笑いが込み上げる。


だがそれは、乾いた自嘲ではない。


熱を帯びた、確信に近い笑みだった。


この世界は、顔で決まる。


だったら。


俺は、そのルールを利用する。


選ばれるだけじゃない。


選ぶ。


価値を与える。


奪う。


街のざわめきが、遠くで波のように揺れる。


俺は立ち止まり、空を見上げた。


青い。


何も変わっていないようで、すべてが変わっている。


これは偶然か。

奇跡か。

それとも罰か。


分からない。


だが一つだけ、はっきりしている。


俺は、もう。


笑われる側には戻らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ