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醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第3章 『王じゃなくて、朔也として・・・』

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「最低だと知ってから」

 


 翌朝、桐生朔也はひどく浅い眠りから目を覚ました。


 寝たのかどうかも怪しい。

 目を閉じていた時間はあった。

 でも、意識の底ではずっと昨夜の紗良の声が残っていた。


 **私は、あなたの便利な証明じゃない。**


 その一言だけが、何度も何度も繰り返される。


 便利な証明。

 自分がまだ男でいられる証拠。

 女を崩せる証拠。

 欲しがられる価値がある証拠。


 そういうものとして、玲奈も、麗華も、紗良も、他の女たちも、どこかで使っていた。


 言葉にすると、あまりにも最低だった。


「……」


 ベッドから起き上がる。

 喉が渇いている。

 でも、水を飲んでも胸のざらつきは消えない。


 リビングへ出ると、紗良はいなかった。

 机の上にメモだけがある。


 **午前は外します。必要なら連絡を。**


 それだけ。


 無機質な字。

 いつもの業務連絡みたいな文面。

 でも、昨日のあとにそれだけ置かれると、逆に距離がはっきり見えてしまう。


 朔也はメモを見たまま、小さく息を吐いた。


「…そりゃそうか」


 あんなことを言っておいて、平然といつも通り隣へ来られるわけがない。


 玲奈はまっすぐに傷ついた。

 麗華は静かに線を引いた。

 紗良は怒った。


 ここまで来てやっと、自分がやってきたことの重みが一つずつ、別の女の顔をして目の前に並び始めている。


 ◇


 昼過ぎ、美優から連絡が来た。


 **今日、少しだけ会えませんか?**


 その文面を見た瞬間、前ならもう少し単純だった。


 会いたい。

 会えばきっと、また熱が戻る。

 美優は柔らかくて、反応が素直で、名前を呼ぶ声も甘い。

 そういう記憶がすぐに体のほうへ届いて、指が先に返信していたはずだ。


 今は、そこで少し止まる。


 止まりながらも、体のほうは正直だった。

 美優の胸元。

 首筋。

 壁際で赤くなった顔。

 そこを思い出すと、腹の底がじわりと熱を持つ。


 だから、完全に断つこともできない。


 結局、

 **少しなら**

 と返した。


 既読。

 すぐに、

 **うれしいです**

 と返ってくる。


 その一言へ、前みたいにまっすぐ飛び込めない自分がいた。


 ◇


 会ったのは、駅近くのカフェだった。


 美優は今日もやわらかい色の服を着ていて、目が合うと、すぐ少しだけ嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ると、胸の奥が少し痛む。


 こういう顔を、今までどれだけ雑に受け取ってきたんだろう。


「来てくれて、ありがとうございます」


「…うん」


 席につく。

 美優は少し緊張しているみたいだった。

 でも、それは悪い緊張ではない。期待の混じった緊張だ。

 前の朔也なら、その期待を見るだけで気分がよくなっていた。


「最近、忙しかったですか?」


 美優が聞く。


「まあ…少し」


「顔色、あんまりよくないです」


 また顔だ。


 ほんと、みんな顔を見すぎだろと思う。

 でも、それだけ今の自分がわかりやすいということなのかもしれない。


「美優は」


 朔也が聞く。


「俺に会って、何したかったの」


 自分でも直球すぎると思った。

 でも、美優は笑わなかった。


「顔、見たかったです」


「それだけ?」


「それだけじゃ、だめですか」


 その言い方が、少しだけ寂しそうで、朔也は返事に詰まる。


 だめじゃない。

 でも今までの自分は、顔を見るだけで終わったことなんかない。

 顔を見て、近づいて、触って、熱へ変えてきた。


 美優も、たぶんそれを少しは期待している。


 その期待を、今の自分は前みたいには受け取れない。


「…だめじゃない」


 そう返すと、美優は少しだけ安心したように笑った。


 その笑顔がまた痛い。


 少し話す。

 仕事のこと。

 最近のこと。

 天気のこと。

 表面上は普通の会話だ。


 なのに、途中で何度か指先が触れそうになるたび、美優の呼吸が少しだけ揺れる。

 その揺れに、朔也の体もまだ反応する。


 欲が消えたわけじゃない。

 そこがいちばん厄介だった。


 帰り際、美優が小さく言った。


「今日…」


「ん」


「裏、来ますか?」


 その一言で、前の流れならもう決まっていた。

 店の裏口。

 薄暗い通路。

 顔を近づければ、すぐ熱が上がる。

 そういうルートが、もう頭へできている。


 朔也は一瞬、何も言えなかった。


 美優の頬が少しずつ赤くなる。


「…ごめんなさい、変なこと」


「いや」


 変じゃない。

 今までの自分がそうさせてきた。

 そういう女にしてきた。

 それを“求められてる”として気持ちよく受け取ってきた。


 でも今は、その先へ行くと、たぶん途中で急に冷えるのがわかる。


 そして、その冷えは美優をもっと傷つける。


「今日は、行かない」


 やっとそれだけ言う。


 美優はほんの少しだけ目を見開いた。

 そのあと、すぐに小さく笑う。


「そっか」


 軽く言おうとしているのがわかる。

 でも、目の奥の落ち方までは隠しきれていない。


「…ごめん」


 また謝ってしまう。


 美優は首を振る。


「謝らないでください」


 その言葉を聞いた瞬間、玲奈の顔と麗華の声と紗良の怒りが、一緒に胸へ戻ってきた。


 もう、その謝罪が何も助けないことは、自分でもわかっているのに。


 ◇


 帰り道、朔也は自分でも驚くくらい疲れていた。


 何もしていない。

 触れていない。

 抱いていない。


 なのに、いつもより疲れている。


「…意味わかんねえ」


 独り言が落ちる。


 今までなら、欲を満たせば一時的には楽になった。

 そのあとで冷えるとしても、少なくとも最中は酔えていた。


 今は、その手前で止まる。

 止まったぶんだけ、欲は消えずに残る。

 なのに、進めばたぶんまた冷える。

 どっちへ転んでも綺麗じゃない。


 その不自由さが、前よりずっと重い。


 ◇


 夕方、部屋へ戻ると、紗良はもういた。


 午前で外すと言っていたのに、いつの間にか帰っている。

 でも、いつものように近くはない。

 キッチンで何かを整理している背中も、少しだけ遠い。


「…ただいま」


「お帰りなさい」


 声は平坦だ。

 でも、昨日みたいな棘は少しだけ減っている。


 そのことに、逆に胸がちくりとする。


「美優さんですか」


 不意に紗良が言う。


「は?」


「香り」


 またそれか。


 でも今日は、そこに責める響きはなかった。

 ただ確認しているだけの声音。


「…会っただけ」


「そうですか」


 短い返事。


 それ以上、何も言わない。

 それなのに、朔也は気づいてしまう。


 “会っただけ”だと聞いて、紗良がほんの少しだけ息を抜いたことに。


「…何だよ」


「何がです」


「今、ちょっと安心しただろ」


 紗良の手が止まる。


「していません」


「してた」


「していません」


 同じやり取り。

 でも昨日より、少しだけ強さがない。


 朔也はソファへ腰を落とす。


「…途中で、無理になった」


 ぽつりと漏らす。


 紗良は振り向かない。


「何がです」


「前みたいに、そのまま行けなくなった」


 静かな沈黙。


 それから、紗良がようやくこちらを見る。


「進歩ですね」


「褒められてる気しない」


「褒めてはいません」


 まあそうだろうなと思う。

 でも、その事実を口にしても、紗良が昨日みたいな冷たい目をしなかったことに、少しだけ救われる自分もいた。


「…気持ち悪いんだよ」


 朔也が言う。


「行けばたぶんまだ欲しいし、体も普通に反応するのに」


「ええ」


「でも、そのあとでまた冷えるのが見えてる」


 紗良は少しだけ目を細めた。


「ようやくですね」


「だからその言い方」


「事実です」


 やっぱりそこは変わらない。


 でも今は、その変わらなさが少しだけありがたかった。


「…もう前みたいに酔えない」


 言葉にした瞬間、それがあまりにも本当すぎて、朔也はしばらく黙った。


 前みたいに酔えない。

 女の熱に。

 自分の欲に。

 “欲しがられる王”の立場に。


 快楽が消えたわけじゃない。

 むしろ体はまだ正直だ。

 でも、もうそれだけでは埋まらない。


 紗良は少しだけ沈黙したあと、低く言った。


「なら、無理に埋めないことです」


 その言葉に、朔也は顔を上げる。


 麗華にも似たことを言われた。

 寒さを覚えておけ、と。

 澪にも近いことを言われた。

 何でもすぐ欲に変えなくてもいい、と。


 女たちがそれぞれ別の言葉で、同じ方向を指している気がした。


「…埋めないと、どうなるんだよ」


「たぶん」


 紗良は視線を落とす。


「ちゃんと、足りないものが見えます」


 その答えは、思ったより静かだった。


 そして、その静けさの中でだけ、朔也はやっと自分が今どこへ行くべきかを少しだけ理解する。


 欲を埋めるための誰かじゃない。

 足りないものが見える場所。


 冬月書房の、あの静かな棚が浮かぶ。


 紙の匂い。

 何も起きなくていい時間。

 冬月澪。


「……」


「何です」


「いや」


 朔也は小さく息を吐く。


「たぶん、行くとこある」


 紗良はそれ以上聞かなかった。

 聞かないことが、今はちょうどよかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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