表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第3章 『王じゃなくて、朔也として・・・』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/31

「麗華は知っている」

 


 玲奈と別れたあと、桐生朔也はしばらく駅前の雑踏の中に立ち尽くしていた。


 人が流れていく。

 声が交じる。

 光が動く。


 そのどれもが妙に遠い。


 玲奈は泣かなかった。

 怒鳴りもしなかった。

 ただ、ちゃんと傷ついた顔で、それでも今の熱は嘘じゃないと言った。


 その言葉がずっと残っている。


 自分は最低だ。

 それはもう、だいぶ前からわかっていた。

 でも、最低さを指摘されるのと、誰かのまっすぐな気持ちを前にしてそれを実感するのとでは、重さが違う。


「……」


 スマホが震える。


 九条麗華だった。


 **今夜、お時間はありますか**


 相変わらず、余裕のある文面。

 玲奈みたいに“会いたい”とは言わない。

 でも、この女はこの女で、欲しいものを逃さない。


 少し迷った。

 いや、迷ったつもりだった。


 でも指は、結局返信していた。


 **ある**


 数秒後。


 **では、前と同じ場所へいらしてください**


 短い。

 それだけなのに、もう麗華の香りや、あの高い部屋の空気が思い出される。


 最低だな、と朔也は思った。

 玲奈の傷ついた顔を見たあとで、まだ別の女へ向かうのだから。


 でも、向かってしまう。


 それが今の自分だと、嫌でもわかっている。


 ◇


 麗華は、前と変わらずだった。


 ホテル上階の私室めいたラウンジ。

 磨かれた床、抑えた照明、窓の外の夜景。

 その真ん中で、麗華は今日も完成されている。


 黒に近い深い色のワンピース。

 喉元は高く、露出は少ない。

 少ないからこそ、首筋と鎖骨の線が余計に目につく。

 髪も、指先も、声も、全部が整いすぎていて、そこに自分の欲を差し込むとひどく下品になる。


 その下品さに、朔也はまだ少し酔う。


「いらっしゃい」


 麗華が微笑む。


「…どうも」


「その挨拶、気に入っていらっしゃるのね」


「別に」


「便利な言葉」


 その返しに、少しだけ肩の力が抜けた。

 玲奈のあとだからかもしれない。

 麗華のこういう皮肉は、時々ちょうどいい。


「顔色が少し悪いわ」


 近づいてきた麗華が言う。


「何かありました?」


「何も」


「嘘ね」


 即答だった。


 玲奈ほど熱くない。

 紗良ほど事務的でもない。

 でもこの女もやはり、人の顔から嘘を剥がすのがうまい。


「…何でみんなそんなわかるんだよ」


「わかりやすい方だからでしょう」


 そう言いながら、麗華は朔也の胸元へ手を伸ばした。

 シャツの襟を整える。

 何でもないふうを装ったその接触が、今の朔也には少しだけ重い。


「何か、玲奈さんに言われた?」


 その名前が出た瞬間、朔也の肩がわずかに揺れた。


 麗華はそれだけで十分だったらしい。

 ふっと目を細める。


「やっぱりね」


「…何でわかるんだよ」


「最近のあなたは、隠そうとすると逆に顔へ出るもの」


 図星すぎる。


 朔也は小さく息を吐き、ソファへ腰を下ろした。

 麗華は向かいではなく、いつものように少し斜めの位置へ座る。

 真正面より逃げ道がない角度だ。


「何を言われたの?」


 麗華が聞く。


「…私だけ見て、みたいなやつ」


「それは言うでしょうね」


 驚きもしない。

 当然みたいに受け止める。


「で、答えられなかったのね」


 麗華のほうが続きを言った。


 朔也は返事の代わりに視線を逸らした。


「そういう顔よ」


 麗華が静かに言う。


「本当にわかりやすい」


「笑うなよ」


「笑っていないわ」


 でも、少しだけ優しい声音だった。

 それが今は逆につらい。


「…お前は」


 朔也が言う。


「そういうこと言わないのか」


「何を?」


「私だけ見て、とか」


 麗華は少しだけ考えるように沈黙した。


「言ってほしいの?」


「そういう意味じゃない」


「でも、聞いたでしょう」


 その通りだった。


 玲奈のまっすぐさが痛かったから、麗華のほうはどうなのかと確かめたくなった。

 同じように求めてくるのか。

 それとも違うのか。


「…私は」


 麗華がゆっくり言う。


「最後に選ばれたいとは、別に思わない」


 その答えは、前にも聞いた気がする。

 でも今聞くと、前よりずっと重い。


「じゃあ何だよ」


「曖昧なまま抱かれ続けるのが嫌なだけ」


 静かな声だった。

 静かなのに、妙に刺さる。


 朔也はしばらく何も言えなかった。


 麗華はそれ以上急かさず、ただグラスへ水を注いだ。

 氷が小さく鳴る。


「飲んで」


 差し出される。

 受け取る。

 水は冷たかった。

 でも、その冷たさは胸の奥まで届かない。


「…お前は、何でそんな平気なんだよ」


 ぽつりと漏れる。


「平気に見えるの?」


「見える」


「それは、そう見せているから」


 麗華は薄く笑った。


「平気なわけがないでしょう」


 その一言に、朔也は初めてちゃんと麗華を見た。


 この女は、いつも整っている。

 崩れても、また戻る。

 だから勝手に、傷つきにくいのだと思っていたのかもしれない。


 でも、そんなわけがない。

 玲奈と同じで、麗華にも感情がある。

 ただ見せ方が違うだけで。


「…悪い」


 また謝ってしまう。


 麗華はそこで少しだけ眉を寄せた。


「その癖、本当に便利ね」


「何が」


「謝れば少しは軽くなると思っているところ」


 言い返せない。


 その通りだからだ。

 前の世界から、ずっとそうだった。

 何かがまずくなった時、先に謝っておけば自分の居場所が完全には消えない気がしていた。


 でも今は、その謝罪が誰も救わない。


「軽くならないわよ」


 麗華が静かに言う。


「少なくとも、そういう問題ではないもの」


 胸の奥が少しずつ重くなる。

 ここに来たのは、たぶん逃げたかったからだ。

 玲奈の重さから。

 自分の最低さから。

 麗華ならもっと上手く、綺麗に熱へ変えてくれると思っていた。


 でも、この女もちゃんと見ている。


「…それでも」


 朔也の視線が、麗華の喉元へ落ちる。


「お前のことは、普通に欲しいんだよ」


 言ってしまってから、自分で最悪だと思う。

 でも本音だった。


 麗華は黙る。

 その沈黙のあいだに、部屋の空気が少しだけ濃くなる。


「それは」


 やがて麗華が言う。


「わかっているわ」


 少しだけ身を乗り出す。


「だから厄介なの」


 声が低くなる。


「あなたは、欲しい時の顔だけは嘘がないもの」


 その言葉に、腹の奥がまた熱を持つ。

 最低だと思っているのに、欲は消えない。

 麗華の首筋も、喉元も、整った胸元も、やっぱり見れば欲しくなる。


 熱と自己嫌悪が、今はもう同時にある。


 麗華の指が、朔也の頬へ伸びた。


「ねえ」


「何」


「今日は、どうしたいの」


 問い方がずるい。


 抱きたいのか。

 抱かれたいのか。

 話したいのか。

 壊したいのか。

 全部を含んだ問いだ。


 朔也は少しだけ目を閉じた。


「…正直に言うと」


「ええ」


「お前を見てると、まだ普通に欲しくなる」


 麗華の睫毛が揺れる。


「胸とか、首とか、脚とか。そういうの見て、普通に触りたいって思う」


「…下品ね」


 その返しは、前と同じだった。

 でも声の温度が少し違う。

 責めるというより、痛みを含んでいる。


「知ってる」


「ええ、知ってる」


 麗華は頷いた。


「でも」


 頬へ触れていた指が、今度は顎の線をなぞる。


「今日は、その下品さでごまかさないで」


 その言葉が、思った以上に深く刺さる。


「…ごまかしてるつもりは」


「あるわ」


 麗華が遮る。


「欲望は本物でしょう」


「…」


「でも、欲望の勢いで考えないようにしていることもある」


 図星だった。


 玲奈のこと。

 自分の最低さのこと。

 澪の静けさが最後に残ること。

 そういうもの全部を、今まで“欲しい”で押し流してきた。


 麗華はそれを見抜いている。


「…何でそこまでわかるんだよ」


「あなたが、あまりにもわかりやすいから」


 少しだけ寂しそうに笑う。


「それに、私も同じように使われる側だから」


 その一言で、朔也の胸がきゅっと縮む。


 使われる側。


 自分がそれをはっきり言われたのは、たぶん初めてだった。

 玲奈も、紗良も、薄くは見抜いていたかもしれない。

 でも麗華は、そこを綺麗に言葉にする。


「怒らないのか」


 朔也が聞く。


 麗華は少しだけ首を傾げた。


「怒ってほしい?」


「…わかんない」


「なら、怒らないわ」


 淡々としている。

 でもその静けさが、むしろ痛い。


「だって、あなたは最初からずっとそうだったもの」


「…」


「欲しがられることで埋めて、自分も欲しがって、少しだけ満たされた気になる」


 麗華の目がまっすぐこちらを見る。


「私も、その一部だった」


 言い返せない。


 その通りだからだ。


「でも」


 麗華が続ける。


「それでも私を欲しいと思うのは、本物でしょう」


 また、そこだ。


 欲は本物。

 でも、それだけでは足りない。

 その両方が同時にある。


「だから余計に厄介なのよ」


 麗華は小さく笑った。


 その笑いがひどく綺麗で、そして少しだけ痛々しい。


「…お前、ずるいな」


「何が」


「そうやって全部わかってる顔するの」


「全部はわかっていないわ」


 麗華はそう言って、ゆっくり立ち上がった。


「ただ、あなたが今、誰を見ているのか」


 少し間を置く。


「まだ決めきれていないことくらいは、わかる」


 その一言のあと、麗華は自分から近づいてきた。


 キスできる距離。

 でも、すぐには触れない。


「今日は」


 低い声。


「このまま抱かれてもいいわ」


 心臓が跳ねる。


「でも、たぶんあなたは余計に苦しくなる」


 その通りかもしれない。

 欲しい。

 今この場でも、麗華の首筋や胸元を見れば普通に熱くなる。

 抱けばたぶん、体はちゃんと満たされる。


 でも、そのあとに来るものまで、今はもう見えてしまう。


「…何でそんな言い方するんだよ」


「大人だから」


 あっさり言って、麗華は少しだけ笑った。


「あなたよりはね」


 悔しいのに、言い返せない。


 麗華はそのまま、朔也の頬へ軽くキスを落とした。


「今日はここまで」


「…」


「欲しい気持ちは、否定しないでいい」


 そして、少しだけ距離を取る。


「でも、曖昧なまま抱かれ続けるのは嫌」


 前よりはっきりした言葉だった。


「それだけよ」


 その静かな拒否が、思った以上に堪える。


 抱かれなかったことが、ではない。

 自分の最低さを、ちゃんと理解したうえで線を引かれたことが。


 それは玲奈のまっすぐさとはまた別の痛みだった。


 ◇


 帰りのエレベーターの中、鏡に映った自分の顔を見て、朔也は少しだけ目を逸らした。


 最低だ。

 その認識が、前より少しずつ輪郭を持ってくる。


 玲奈を傷つけて。

 麗華にも見抜かれて。

 それでもまだ、澪の静けさを求めている。


 何をしたいのか、自分でも全部はわからない。

 でもひとつだけわかるのは、前みたいにただ熱へ飛び込んでいればいい段階は、もう終わり始めているということだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ