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醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第3章 『王じゃなくて、朔也として・・・』

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「玲奈のまっすぐさ」

 


 その夜、桐生朔也は玲奈のメッセージへすぐには返せなかった。


 **今日、会える?**


 たったそれだけだ。

 玲奈らしい、まっすぐで、余計な飾りのない文面。

 少し前までなら、その一行を見ただけで体のほうが先に動いていた。会いたい、抱きたい、触れたい。そういう熱が、ほとんど反射みたいに立ち上がっていた。


 今も、ゼロではない。

 玲奈を思い出せば、首筋も、胸元も、声も、全部すぐ蘇る。

 あのわかりやすい熱は、やっぱりまだ強い。


 でも、指が止まる。


 冬月書房の静けさを思い出したせいかもしれない。

 あるいは、玲奈の「ちゃんと決めて」という言葉がまだ胸のどこかへ残っているせいかもしれない。


 どちらにしろ、このまま曖昧に会うのはよくない。

 そう思う自分がいる。


 なのに。


 **会いたいなら、行く**


 と打ってしまう自分もいる。


 送信。

 数秒後、既読。

 さらにそのすぐあと。


 **うれしい**


 その二文字だけで、腹の底が少し熱くなる。


 最悪だな、と朔也は思う。

 自分でよくないと思っているくせに、結局、玲奈の熱を前にすると切りきれない。


 ◇


 待ち合わせは、前より少しカジュアルな場所だった。


 ホテルではない。

 けれど、長くいれば結局どこかで二人きりになれるだろうと、そういう前提が透けて見える店。

 玲奈はその曖昧さごと、ちゃんと使ってくる。


 先に着いていた玲奈は、朔也を見るなり少しだけ表情を緩めた。

 その顔を見た瞬間、胸の奥がちくりとする。


 嬉しそうだ。


 それがわかるから痛い。


「来てくれた」


 玲奈が言う。


「行くって送っただろ」


「そうだけど、でも、来るまでは半信半疑だった」


「何で」


「最近の朔也くん、ちょっと遠いから」


 その言い方は責めるほど強くない。

 でも、軽くもない。


 朔也はすぐには返事ができなかった。


 席につく。

 注文をする。

 雑談をする。

 でも会話の表面は軽くても、底には別のものが沈んでいるのがわかる。


 玲奈は今日、確認しに来ている。


 まだ自分が欲しいのか。

 まだ自分を見ているのか。

 そこを確かめに来ている。


「ねえ」


 飲み物が運ばれて少ししたあと、玲奈がストローを回しながら言った。


「今日の私は、ちゃんと見えてる?」


「…何だよそれ」


「そのままの意味」


 玲奈がまっすぐこちらを見る。


「最近、たまに“誰でもいい”って顔してる時あるから」


 その一言は、思ったより深かった。


 朔也は言葉に詰まる。

 図星だからだ。


 誰でもいい、はたぶん言いすぎだ。

 玲奈は玲奈で欲しいし、麗華は麗華で違う。紗良もそうだ。

 でも、“誰をちゃんと見ているか”と問われると、自信がない。


 相手の体や反応を先に拾って、感情のほうがあとから来る。

 その順番の狂いが、もう玲奈には見えている。


「…そういう顔してた?」


「してた」


 即答だった。


 玲奈は、そういうところで変に優しく嘘をつかない。


「傷つく?」


 朔也が聞くと、玲奈は少しだけ考えるように視線を落とした。


「傷つくよ」


「…」


「でも、それでも会いたいと思うくらいには、好き」


 その言い方が、あまりにもまっすぐで苦しい。


 玲奈はいつも熱い。

 欲しがることも、触れたいことも、会いたいことも隠さない。

 けれどその熱の芯にあるのは、ただの快楽だけではなかったのだと、最近の朔也はもうわかっている。


 玲奈は、本気だ。


 それがわかるたび、今まで自分がどれだけ雑にこの女の熱へ甘えてきたかを思い知る。


「…帰る?」


 玲奈がふいに言う。


「え」


「今の顔見てたら、そんな気もしてきた」


 冗談じゃなく、本気で言っている顔だった。


「朔也くんがそうしたいなら、今日は帰る」


「…」


「でも」


 玲奈は、そこで少しだけ笑った。


「それでも、少しは私のこと欲しいなら、残る」


 選ばせるなよ、と思う。

 でも玲奈はずっとこうだ。

 欲しいものを欲しいと言う。

 自分が傷つく可能性があっても、そこを曖昧にしない。


 だから、朔也のような曖昧な男は余計に追い詰められる。


「…欲しいよ」


 気づけば、そう言っていた。


 玲奈の睫毛が揺れる。


「それ、今言われるとずるい」


「本当だから」


「じゃあ、なおさら」


 玲奈は小さく息を吐いて、それから立ち上がった。


「行こ」


 その一言で、もう今日はそういう夜になるのだとわかる。


 ◇


 部屋に入った瞬間、玲奈が振り返る。


 前みたいな勢い任せではない。

 今日は少しだけ、確かめるみたいに近づいてくる。


「ほんとに?」


「何が」


「今日の私でいいの」


 その問いの意味を、朔也はすぐに理解してしまう。


 今日の私。

 他の誰でもなく、熱を埋めるための一人でもなく、玲奈でいいのか。


 そこを問われている。


「…よくないなら来てない」


 朔也がそう返すと、玲奈は少しだけ寂しそうに笑った。


「その言い方だと、まだちょっと足りない」


「面倒くさいな」


「そうだよ」


 玲奈は認めた。


「好きな相手には、面倒くさくなるの」


 その一言が、妙に重い。


 でも、そこで逃げる気にもなれなかった。

 逃げたら、たぶんもっと最低になる。


 朔也は自分から玲奈の腰へ手を回した。

 細い。

 何度も抱いているのに、まだそのたびに少し熱くなる。


「っ…」


 玲奈の呼吸が揺れる。


「そういうの、やっぱ反則」


「何で」


「触り方が、ちゃんと欲しい時のやつだから」


 玲奈はそのまま額を軽く朔也の胸へ預けた。


「私、わかるんだよ」


「何が」


「今、ただ埋めたいだけなのか、ちゃんと私を見てるのか」


 その言葉のあと、玲奈が顔を上げる。


「今は、どっち?」


 逃げられない問いだった。


 たぶん、両方ある。

 玲奈の体は欲しい。

 首筋も、胸元も、声も、抱けば崩れる顔も欲しい。

 同時に、こうして聞かれるとちゃんと玲奈を見ている自分もいる。


 でも、“ちゃんと見ている”だけでは足りない。

 それが玲奈の求めているものだ。


「…今は、玲奈」


 絞り出すみたいに言う。


 その答えに、玲奈は少しだけ目を閉じた。


「今は、か」


「…」


「でも、今は私なんだ」


 自分で言葉を受け止めるみたいに小さく繰り返して、それから玲奈は自分からキスしてきた。


 いつもの玲奈より少し静かなキスだった。

 熱いのに、どこか確かめるみたいで、余計に苦しい。


 朔也はそのまま玲奈の頬を包み、深くする。

 玲奈の指がシャツを掴む。

 いつものように呼吸が乱れる。

 首筋へ唇を落とすと、肩が揺れる。


「っ…」


 わかっている反応。

 知っている場所。

 そのことに、少しだけ安心してしまう自分がいる。


 朔也の手が胸元へ落ちる。

 服の上から形を確かめるように触れると、玲奈が小さく声を漏らした。


「…ほんと、胸が好きだよね」


「悪い?」


「悪くない」


 玲奈が少し笑う。


「私も、そうやって見られるの好き」


 そう言っておきながら、ちゃんと赤くなる。

 その反応を見ると、やっぱりもっと欲しくなる。


 ワンピースの肩をずらす。

 首筋へ、鎖骨へ、熱を置く。

 玲奈の体温が上がっていくのが、触れているだけでわかる。


「ねえ…」


「何」


「今だけでも、私だけ見て」


 首筋へ顔を埋めたまま言われる。


 朔也は答えなかった。

 答えないまま、もう一度、強く抱き寄せた。


 それが返事になると、たぶん玲奈は思ったのだろう。

 そのまま、二人の距離はまた熱のほうへ沈んでいく。


 ◇


 終わったあと、玲奈はしばらく何も言わなかった。


 シーツへ半分埋もれるみたいに横になって、呼吸だけを整えている。

 その横顔を見ながら、朔也は胸の奥がじわじわ重くなるのを感じていた。


 満たされた。

 たしかに満たされた。

 玲奈を欲しいと思ったし、実際に抱いた。

 それは嘘じゃない。


 でも、その熱が引き始めると同時に、また別のものが浮いてくる。


 静かな本屋。

 何も起きない時間。

 冬月澪の、熱のない声。


 それが混じるたび、玲奈の隣にいる自分が少しだけ嫌になる。


「…朔也くん」


 玲奈が、天井を見たまま言う。


「うん」


「今日、ちゃんと私だったよ」


 その言葉に、朔也は返事ができなかった。


「だから、余計にわかる」


 玲奈がゆっくりこちらを向く。


「今のこれはずっとは続かない」


 目が合う。


 玲奈は泣いていない。

 でも、泣かないぶんだけ、はっきりしている。


「…玲奈」


「いいよ、今は」


 玲奈は小さく笑った。


「だって、今の私はちゃんと欲しかったんでしょ」


「…」


「それなら、それは嘘じゃないから」


 そう言える玲奈は強い。

 そして、その強さが今の朔也には少し痛い。


「でも次は」


 玲奈が言う。


「もっとはっきりしてるかもしれない」


 その“はっきり”が何を指しているのか、聞かなくてもわかる。


 自分が誰を見ているか。

 誰を選ぶのか。

 そこがもう、曖昧では済まなくなる。


「…ごめん」


 また謝ってしまう。


 玲奈は少しだけ眉を寄せる。


「それ、ほんとやめて」


「…」


「謝られると、終わりみたいでむかつく」


 その言葉に、朔也の喉が詰まる。


 玲奈はむかつくと言いながら、怒鳴らない。

 泣きつきもしない。

 ただ、まっすぐ傷ついている。


 そのまっすぐさが、今まで抱いてきたどの熱よりも重く感じた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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