第55話「サヨナラ。ありがとう」
「ドク……」
カイが起きて最初に探したのはドクだった。
遠く離れた場所で一人、全身傷だらけで眠っている。
ドクを発見したキアーラとマルティーナが揺さぶるも、ドクが目を覚ますことはなかった。
「すまない……。あの短刀はわたしたちが……」
「バカだろ……。オレのわがままに付き合ってさ。結局命がけで縄を切って……」
マルティーナの言葉にカイは耳を傾けなかった。
膝をつき、ドクの腕に触れる。
短刀を握っていた手がなくなっていた。
ドクは海獣を倒すために動いたが、最後はミオの行動を見て黄金の縄の拘束を解いた。
むき出しになった心臓にミオがキスをして、海獣化が解けるのを見届けて目を閉じた。
うなだれるカイにミオは近づき、肩に手を置いて後ろからゆっくりと抱きしめた。
「国はなくなって、王子でもないのに。ドクは情けないオレにずっとついてきてくれた」
アズーロ王国で騎士をしていたドク。
国がなくなっても忠誠を誓うことに変わりはないと寄り添った。
ミオを取り戻したいと願ったカイを受け入れ、海獣になったら殺してくれと約束を交わす。
すべてを断つ短刀なら心臓を破壊することが出来るはず……とカイはドクに託した。
ミオかドク、どちらかが海獣を殺すはずだった。
誰もが想像しなかったミオの行動により、カイは海獣から解放される。
希望を託して、ドクは命をかけた。
ドクには何のメリットもないのに、カイのそばにいた。
「なんでだよ。なんでお前が死んでるんだよ、ドク……!」
静かに頬に涙が伝う。
拭うことも出来ないカイに、後ろから抱きしめる力を強めた。
肩を震わせるいとしい人にミオは代わりに涙をぬぐった。
大切な人を失って悲嘆にくれるカイを見て、キアーラとマルティーナが歌いだす。
それは人魚の”レクイエム”。
たとえ壁があったとしても、死者を思う心は同じだと歌に込める。
沈もうとする太陽と、砂浜に寄ってくるさざ波。
海がゆらゆら光をなびかせていると、ミオはただ一心に寄り添っていた。
ドクの亡骸を運び、仲間たちのもとへ戻ると悲しみが伝染する。
「うそだろ……。なんで」
「やめてよ。だってそんな……!」
空にむかって泣き叫ぶ者。
唇を噛みしめて震える者。
目を腫らしたカイがドクの身体を砂浜に寝かすと、岩場に向かって一人歩きだす。
ミオは弱々しく丸くなった背中を追った。
手を伸ばし、カイを後ろから抱きしめて汗ばむ手でカイを包んだ。
その後、カイとミオは気持ちに決着をつけるために岩場に向かう。
そこには穴の開いた腹から出血をし、今にも息絶えそうなアルノルドがいた。
アルノルドはカイに気づくと、にやりと笑って目を閉じる。
「あーぁ、戻ってしまいましたか。海獣を使役してみたかったんですがねぇ」
「こんな力、国が所有しても危険なだけだ。死にそうになってまで欲しいものか?」
「……別に。この国を一掃するためですよ。海獣に滅ぼされるなんて、最高の絶望ですよね……カハッ!」
口から血を吐き出し、ヒューヒューと乾いた呼吸を繰り返す。
もう助からないだろうと、痛ましい姿をミオは直視できずにいた。
「腐った世界は狂った終わりがお似合いです。……そう決まったものですから」
「それはお前の願いか?」
その問いにアルノルドは答えなかった。
……答えることが出来なかった。
波が岩にぶつかって、また戻っていく。
あれほど荒れ狂っていた海は静かなものだ。
水面の下は悲惨なものだが、表面上は何も変わらないいつもと同じ海だった。
生き残った海軍兵たちがアルノルドの亡骸を引き取った。
人魚やドワーフの森が守ってくれたと、海軍兵はうなだれて去った。
船は壊れ、もう海は渡れない。
かろうじて無傷の小舟を出して、表舞台から姿を消した。
この騒ぎにより、ミオたちの乗っていた船も大破した。
人魚たちの力添えもあり、傷を負った者が回復するまで海で過ごす。
ミオはあらためて人魚の王と向き合ったが、互いに気まずさが上回って会話にならなかった。




