第56話「エピローグ・人魚姫はあなたに恋をする」
船員たちの傷が癒えた頃、一度体制を整えるために、スペランツァ王国に戻ることにした。
港町・リーバの近くまで人魚たちに送ってもらい、浜で別れを告げる。
「手伝ってくれてありがとう。いちおう、通常の暮らしには戻れたわ」
生態系はまだまだ戻らないけど、とキアーラがふくれ面に腕を組み、不満を募らせる。
キアーラたち人魚からすると、完全に被害を食らったと怒りが湧くものだ。
それでも怒りを静め、ミオたちを助けてくれた。
感謝が絶えないとミオは浜辺に膝をついてキアーラの手を両手で包んだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「……バカ。バカな妹よ」
マルティーナにすがって泣きじゃくるキアーラ。
人魚として戻ってこいと懇願したキアーラにミオは首を横に振った。
たしかに生まれは海で、人魚として生きていたかもしれない。
だが居場所は自分で決めたいと、ミオは自分で自分の道を選んだ。
「あいしてるわ。またね、ミオ」
「うん。私も、大好き」
人魚にドワーフ、エルフたちとの関係など、課題は山積みだ。
あまりに深い傷を負ったと、遠い未来に想いをはせた。
それから三か月、リーバの町で暮らすこととなる。
心の傷は簡単には癒えてくれない。
船員たちは喪失感を抱え、復興を目指して各々に動いていた。
「さぁ、出航だ!」
新しい船でカイが船頭に立ち、声を張って旅立ちを告げる。
三か月、身を粉にして働き、ようやく新しい船を手に入れた。
辛いことに対し、必死になれることがあって船員たちも救われたのかもしれない。
傷を抱えながらも、みんなでまた海を渡ろうと集まっていた。
「元居た世界はね、こことは文化が違って。着物っていう民族衣装があるの」
「それはミオが着ていた服のこと?」
「う~ん、あれは制服……。学校に通う人が着るものだった」
「軍校のようなものね。エルダも軍にいた時は着てたんでしょ?」
ジュリアの質問にエルダが口角をあげ、潮風になびく髪を耳にかけた。
耳たぶで赤色のピアスがキラリと光る。
「そうね。軍校では制服を着てたわ」
後輩としてアルノルドもいた、と水平線を見つめて呟く。
エルダはこの三か月、リーバの町を離れていた。
人を探しているようで、王都やキヤルマ、過疎化した村と色んな場所を巡ったらしい。
探し人は見つからなかったと笑っていたが、その微笑み方にミオは無言で抱きついた。
船に戻ってからはジュリアとエルダ、ミオの三人で語り合い、眠る日々を過ごした。
船を出して五日が経過し、最初の島に降り立った。
そこはミオとカイが出会った花の無人島だった。
ミオはカイに手を引かれ、湖に向かって洞窟を歩いていく。
時折スカートのポケットに触れて、中の感触を確かめた。
湖にたどりつくと、ここで短刀を投げ捨てたことを思いだす。
ドクの手に渡り、あの結末をむかえた。
癒えぬ悲しみにミオはうつむく。
するとカイが振り向いて、ミオを一途に見つめた。
「もう一度会いたかった。海獣になったとしても、ミオに会いたかった。そんなわがままを貫いた結果がこれだ」
だけど、と言葉を続けるカイの目は真摯なままだ。
今も繋がる心臓を通じて、リーンリーンと音が鳴る。
震える音色に耳を傾け、ミオは両手でカイの手を包んだ。
強がりの姿勢だとしても、それがカイの生き方なのだと受け止める。
「私ね、王子様にずっと会いたかったの」
それはミオがカイに出会うより前の話。
人魚姫として大切にされるミオに、母親が語った”泡になった人魚姫”のこと。
泡に祈りを込めて、愛の魔法になった。
いとしい人の幸せを一心に願うやさしい魔法だ。
《シーナもそれくらい誰かを愛せたらいいね》と頭を撫でてくれたと涙を浮かべた。
「お母さんが亡くなって、私は悲しくなって水面まで泳いだ。そこで星空の下、一等星のように輝く男の子を見たの」
それがカイだったと照れ笑いをする。
カイがミオの手を引き、息が出来ないほどに強く抱きしめられた。
ミオは喉の奥が熱くなるのを感じながらカイの背中に手を回し、背伸びをして胸に擦り寄った。
「ずっとさみしかった。だけど今は一人で震えることがないの」
そんなに前のことではないのに、もう遠い過去のよう……。
孤独に震えていたと口にする様は、まるで自分に向かって手を伸ばすみたいだ。
「あいしてくれてありがとう。私も、心からあいしてるよ」
「……うん。ありがとう」
何度も何度も、飽くことなく「ありがとう」が降ってきた。
時折やさしいキスがおちてきて、くすぐったさにミオは目を閉じる。
海に通じる湖に光が降り注ぎ、白い花が風に揺れた。
この場所で生きたい。
ここで一生懸命生きていこう。
そう決意したミオは青色を抱き寄せて、キラキラした笑顔を浮かべていた。
こうして人魚姫は海獣に恋をして、愛を知って生きることを約束するのでした。
【おしまい】
ありがとうございました!
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