第54話「もう孤独なんかじゃない」
人間に興味があった。
だけど人間と関わってはいけないと固く禁じられていた。
こっそり人魚の園を抜け出して、人間を見てみたいと空に浮かぶ星を眺めた。
「人魚だ」
一隻の小舟が近づいていることに気づかなかった。
かろうじて胸を起伏させ、呼吸をする人間の男の子がいた。
男の子もまた同じように空を見上げていた。
人魚を見つけた男の子はゆっくりと笑って手を伸ばす。
同乗していた色黒の男性が止めにかかった。
悲しそうな顔をした男の子は手を引き、小さく手を振った。
「ありがとう」
それだけ言って遠く離れた大陸方面へと船は進んだ。
どうしても男の子が気になって、翌日また顔を出してみる。
空は真っ黒な雲に覆われて、叩きつけるような雨が降っていた。
男の子が乗っていた小舟は荒い波にのまれて転覆してしまう。
――助けなきゃ。
その一心で男の子を抱きしめ、近くの無人島まで泳いだ。
「どうしよう。息してない……」
胸に手をあてても鼓動を感じられない。
肌は血色が悪い。
あまりに男の子が静かなものだから、なんとかしなきゃと必死だった。
「ダメだって言われてるの。でも心臓を繋げばまた息をしてくれるかもしれない」
人魚はそっと紫色になった男の子の唇にキスをした。
左手を握りしめて、指を絡める。
それが人魚の魔法、禁じられた魔法“愛の魔法”の発動だった。
心臓を繋ぐと男の子は息を吹き返す。
ゆっくりと開き、まばたきを繰り返す男の子に人魚は笑った。
男の子の目が見開かれ、つられて微笑んだ。
そこに魔法の発動に気づいた人魚の王が湖を突き破って現れる。
「自分勝手に魔法を使った。お前は海獣となる者を救ってしまった。お前の存在が海獣と繋がってしまった」
「ちがうもん! 私はただ助けたかっただけだもん!」
「……ならお前が罰を背負うか?」
王の問いに人魚姫は迷わなかった。
「やさしい気持ちに間違いなんてない! あいってまだわかんないけど、絶対絶対間違ってないんだから!!」
「禁じられた魔法に代償がないと思うな。お前はこれからそれを背負う。……お別れだ」
人魚の王が珊瑚の杖を振ると、湖から水があふれ出し人魚姫を絡めとる。
男の子が手を伸ばすも届くことはなく……。
人魚姫は異世界に流され、言葉を失い、孤独な運命に落とされた。
ミオを戻さなければ、海獣は復活しなかった――。
――言葉が通じなくなって、これ以上ない孤独が待っているかと思ったの。
だけどここは温かかった。
もう一人じゃないと。
孤独に悩まなくていいとわかったんだ。
凶器と化していた海が静まり、波が引いていく。
ドワーフの森の守りが解け、ジュリアやエルダ、海兵たちが砂浜に膝をついた。
「なんだったの? すごく眩しくて……」
「……ミオ! カイ!」
ジュリアが砂浜に打ち上げられた二人に気づいて走りだす。
二人が抱きしめ合って倒れており、駆けつけたジュリアがあわてて息を確認した。
「息してる……。よかった……よかっ……!」
指先がやわらかな輪郭にたどり着く前に、何度も丸い粒が意識を失ったミオに落ちていく。
ミオが重たいまぶたをあげると、視界いっぱいに鮮やかな青が広がった。
青の中で、珊瑚色がマリーゴールドを咲かせる。
「……おはよ、カイ」
「うん。……やっぱりキレイだな」
カイの大きな手がミオの髪をすくい、指で撫でながら耳にかける。
「実は一目惚れでしたって言ったら怒る?」
その問いにミオは目を閉じ、青色の髪に手を伸ばして慈しむように撫でる。
世界が広がるようなコバルトブルーに惹かれて命をかけた。
心を殺された日々にミオはようやく立ち直れたと実感して、笑った。
「いつまでいちゃついているんですかー」
棒読みでエルダがぼやきだす。
ミオは慌てて起き上がり、真っ赤になって顔を隠した。
エルダの顔色をうかがうように指の隙間から覗き込むと、エルダは腹を抱えて笑いだした。
ジュリアはエルダの後ろに隠れてスンスン泣きだす。
それにミオは瞬時に反応し、カイを突き飛ばしてジュリアの背にぴったりとくっついた。
「ごめん、ジュリア。エルダも」
「ばかぁ……ミオのバカ! カイはもっとバカだよー!!」
「ホントーにね! 二人とも、心配ばかりかけて! 頼り方間違えてるよ!」
エルダはジュリアを受け止め、ミオにはデコピンを一発、カイには強烈な突き飛ばしを食らわせた。
ミオは最低だと自覚しつつ、友だちに心配されるのは嬉しいと涙に微笑んだ。
エルダもジュリアも大好きで、ミオにとってはじめての友だちとなっていた。
「ジュリア~。俺っちも抱きしめて~」
間の抜けた声が聞こえて顔をあげると、リーノに支えられて足を引きずるラウロがいた。
全身傷だらけで、血が足までしたたり砂浜を染めていく。
意識があることさえ奇跡な重傷を見てジュリアが鼻をすすり、さらに崩れて泣いた。
ラウロとリーノの後ろをいたたまれない様子で頭をかくレンツがいる。
あれだけの騒動で気を失っていたレンツだが、ラウロとリーノが必死に守ったようだ。
身を挺して守ってくれた息子に、レンツはわんわんと男泣きをした。
それからかろうじて海を泳ぎ抜き、生き抜いた人魚たちが浜へとやってくる。
ドワーフの森からはダフネが飛びだして、傷だらけのラウロとリーノを抱きしめた。




