第52話「誰にも奪わせない!」
「グギャオオオオオオゥッ!!」
まさに海の獣。
水を切り裂き、口から水の塊を吐き出して海の生態系をめちゃくちゃにする。
このままでは陸にも被害が及び、ドワーフの森を越えて隣接するスペランツァ王国も飲み込むだろう。
海獣とは破滅の怪物。
ミオがこの世界に戻らなければカイの中で眠ったままだったもの。
殺されるつもりだったカイをミオが欲した。
それがミオはイヤだと、絶対に死なせないと意志を込めて短刀を投げ捨てた。
カイはミオを好きだと言った。乗り越えると約束した。
だからミオは今も繋がる心臓に手をあてる。
必死に尾を動かして海面へと飛びでてカイに繋がる道へ出た。
「カイッ!!」
激しく揺れる海面から顔を出し、おぞましい咆哮をあげるカイを呼ぶ。
カイはミオの声に見向きもしない。
届いていないのだと、ミオは拳を握りしめた。
悔しがっている暇はない。
人魚の王はカイに接近し、珊瑚の杖でカイのむき出しになった赤い心臓に橋を作った。
カイの注意を逸らす間にドクが短刀を握って橋を突っ走る。
「ウォオオオオオオッ!!」
「ダメーッ!!」
ミオが両手を伸ばすと、渦が巻き起こり珊瑚の橋に伸びていく。
それが直撃し、一心不乱に走っていたドクの足元が崩れて海へ落ちた。
「シーナ! なにを考えておる!?」
「させない! お父さんにも、ドクにも、カイは殺させない! 私が守るんだ!!」
人魚の王が怒鳴ろうと、怯まない。
これはミオがはじめたこと。
ミオの手で決着をつけるべきこと。
好きな人が苦しんでいるのに、黙って見ているのは性に合わない。
結局、性根からおせっかいなミオ。
自虐的な偽善だったかもしれないが、助けたかった気持ちもちゃんとあった。
どんなに小さくてもやさしさがあったのなら、否定してはダメだ。
ミオはミオの意志を貫くだけ。
「――ぐっ!?」
人魚の王の巨体がぐらつく。
陸から勢いよく飛んできた鉄球が、人魚の王のわき腹を貫いた。
人魚の姿を得たことでミオの視力が陸まで届く。
海軍兵との交戦のなか、アルノルドが壊れかけの船で大砲を放っていた。
(なに!? 移動がおかしい! 全部、あの黄金の縄のせい!?)
獲物を捕らえて離さないだけではないようだ。
「さすがにもう一発は難しそうですね。水にやられたようです。ですが……」
にやりと歪んだ笑みを浮かべ、アルノルドは”黄金の縄”を海に向かって投げた。
それは届かないはずの位置にいる海獣に向かって伸びていく。
狙いを定めた黄金の縄は海獣の四つ足に絡み、胴体を縛りあげた。
「ギヤアアアアゥオオオオオオッ!!!」
拘束されて海に叩きつけられる。
動けば動くほど縄の拘束は強まり、海を割る勢いだった海獣が抑えられた。
血眼になって牙をむき、蛇の尾を振り回す。
それでも縄が解けることはなく、鱗の隙間に食い込んで血がにじみ出た。
(たしか使役の力を持つんだよね? アルノルドさんは海獣を使役したいの?)
そこにカイの自由はないと思うと、涙が頬を伝った。
絶対にそんなことはさせない。
生まれたばかりの尾で泳ぎきり、ようやくカイの胴体までたどりついた。
白く滑らかな手でよじのぼっていく。
鋭利な鱗がミオの手を傷つけ、血がどんどん海を染めていった。
「キャアアアアアアッ!?」
縄が引っ張られ、海獣の身体が陸へ引っ張られる。
巨大な身体は波を起こし、破損した船だけでなく陸を飲み込んだ。
その場で戦っていたものたちは海にのまれ、ドワーフの森の木に衝突していく。
陸に何本もの根が飛び出し、丸い檻をつくって人間たちを囲った。
波が引き、鉄壁の守りを築いた森の力を目の当たりにする。
ドワーフの森が危機的状況に動いたのだろう。
血を好まぬやさしい生き物たちが敵味方関係なく守っていた。
ミオは海獣の足元に掴まり、かろうじてとどまることが出来た。
傷だらけの身体を起こし、少しでもカイに近づこうとのぼっていく。
背にたどりつくと、黄金の縄で移動したアルノルドがミオを見て冷笑した。
「あなたを殺せばこの獣はどうなるのでしょうね」
「……アルノルドさん!?」
亀の甲羅に似た背は鋭いトゲの柱でいっぱいだ。
胴体と甲羅の隙間には触手があるが、黄金の紐で動きを封じられている。
締めつけられる苦しさはあるようで、地響きのような唸り声がした。
「国が海獣を使役しようなんて……とんでもないことですよね」
「その縄は何なの!? 使役って……カイをそんな風に言わないで!」
「これはもう立派な海獣ですよ。やはりドワーフに作ってもらったものは海獣にも有効でしたね」
「……ドワーフに作ってもらった?」
嫌な汗が流れる。
まばたきを忘れてアルノルドの狂気を目に焼きつけた。




