第51話「その心に花が応えた」
大気を震わす咆哮と荒れる海。
人魚の王はあたりを一瞥するとミオを見据えた。
「娘よ、あの海獣を殺すのだ」
「なにを……やだって言ってるでしょ!」
「海を守らねばさらに恐ろしい事態になる! これはお前の責務。ドワーフの短刀がない以上、お前しか対処できぬ!」
父の言葉にミオは表情を歪めて激しく首を横に振る。
カイを助けたい。
海獣に奪われてたまるか。
そう意地を張っても、やさしかったカイの面影はない。
ここにいるのは海を破壊するだけの獣だ。
「人魚の王! 俺をカイの前まで運んでくれ!」
カイの暴走が進む中、どこにいるのか特定できなかったドクが姿を現す。
手にはあのドワーフ製の短刀が握られていた。
「ドクッ!?」
まだ身体の傷がすべて癒えておらず、傷口から血がにじんでいる。
船を守っていたはずのドクがなぜ、あの短刀を手にしているのか。
ミオは短刀を拒絶した。
人魚の王はドクの手に握られた代物を見て、眉をひそめて不愉快さを表に出す。
「なぜそれを……」
「拾った。……いや、そういうことにさせてくれ」
よっぽどぼかしたいようだ。
入手経路は明かさず、それを扱う資格はあると言わんばかりの態度だった。
人魚の王はドクを訝しげに見て、顎のひげを指先で揉みほぐした。
「その短刀をもってしてもお主に倒せるか。あの怪物を再び世に出したのは娘だ。娘が責任をもって倒さねばならん存在だ」
「……だとしても。俺は本人に託されている。いざという時は俺にと」
「……お前は何者だ?」
人魚の王の問いかけに、ドクは今までと異なる品に満ちた態度で向き合った。
「アズーロ王国、元近衛騎士団長だ。カイ王子の騎士であり、海獣化した場合は殺せと命じられている」
「滅びた国か。殺せるのは確実か? 海獣の世迷言ではあるまい?」
「この短刀ならば心臓の破壊が出来るはずだ」
「よかろう。海獣を倒すのが最優先だ」
「ま、待って!」
ドクの話を受け、人魚の王がドクを腕に乗せる。
荒れ狂う海の中、ミオは海の中でもがきながら叫ぶ。
「ダメだよ、ドク! カイを殺すなんて! 私たち、仲間なんだよ!?」
「だからだ。仲間としての責務を果たす」
振り返ったドクの目は、船にいるときと違って光が差し込まない虚ろなものだった。
「これはカイから託されたものだ。……騎士として、海賊として、俺は海獣を殺す!」
「待って!!」
ミオが手を伸ばし、走りだしても届かない。
人魚の王は割れた海の上で暴れる海獣を目がけ、尾で地面を叩いて高く跳びあがった。
海が元に戻ろうとして縦に割れた海面がぶつかり、世界が破裂するような衝撃を与えた。
激流にミオは押しだされる。
その間にもドクを連れた人魚の王は海獣に迫っていく。
ミオの責任だと言うならば、何が何でも答えを導き出す。
そう叫びたいのに誰も耳を傾けてくれない。
むき出しになったコアを破壊されれば、ミオの抵抗も意味がない。
それではかつてカイを助けたいと願った幼いミオが報われない。
反則だと悔しさに涙を滲ませた。
(カイはずるい。ドクに託して私には何も話してくれなかった!)
あきらめたくないのに身体が重い。
心臓が縮んでいく感覚だ。
固く噛んでいた唇さえ、力が入らずに血が滲むだけ。
周囲の視線に敏感となり、弱気なミオが顔を出した。
誰もが気味悪がり、距離をとる。
ひそひそとした侮蔑だけが飛ぶ。
なぜそこまで嫌われなくてはならなかったのか。
それが禁じられた魔法を使用した罰とも知らず……。
何も知らないがゆえに、ミオは自己嫌悪し、奇跡を待って偽善に走った。
――奇跡なんてなかった。
苦しんで、苦しんで、苦しんで、悲しみに沈んでやってきた。
カイがミオをこの世界に呼んだ。もう一度会いたかったと伝えてくれた。
その深い愛情に繋がった心臓が震えた。
たとえ殺してもらうためだとしても、カイはミオを望んだ。
(じゃあ私は?)
ミオはカイを殺すために来たのではない。
仲間との友情を育むために。
好きな人と愛し合うために来た。
海獣は魔法を使ったミオが殺す責任をもつ。
(なら他に私にしか出来ない道があるはず!)
人魚の禁じられた魔法とまわりは言うけれど、ミオにとっては違う。
それはカイを救うことのできた尊い魔法のはずだ。
――ダフネの言葉を思い出す。
”この花はエルフの魔法が宿ってる。愛情の花”
”自分のためじゃなく、愛のため。その心に花が応えただけ”
(代償はあるかもしれない。だけどこの魔法だって誰かを想ってうまれた魔法だ)
「私はカイが好き。だから助けたいんだ」
慈愛の涙が頬を伝う。
胸いっぱいの熱さに頬を紅潮させ、自然と微笑んだ。
足元から泡がたち、海面の白いきらめきを瞳に映し込む。
――海を蹴って、ミオは前に進む。
足から腰にかけて覆いつくすほどの泡が出る。
最後の一泡が離れたとき、ミオの足はあざやかな青い尾となっていた。




