第49話「私は人魚のお姫様だから」
ミオは顎を高くあげ、決意を込めて立ち上がる。
「助ける! 最初からカイを助けることが私の気持ちだよ!」
この想いはミオが持つものの中でもっとも誇らしいものだ。
誰かに苦しみを気づいてほしいから戦うのではない。
自分のためであり、愛を叫ぶための戦いだ。
きっと、かつてのミオがカイにしたことは愛に満ちたことだっただろう。
それが倫理的に正しいか、間違っていたのか。
答えはまだ見いだせない。
(だけど助けたいと思う気持ちは。絶対に間違いではないんだから!)
ミオの言葉に泳いでいた魚たちが集まって背中をつつく。
水の流れに任せて水中を漂うクラゲが寄ってきて、穏やかにゆらゆらしていた。
「カイを助けることをあきらめない。お父さんのところに連れて行って」
「……お前の妹はバカ正直だな」
「そこがかわいいのよ!」
「あー、それはわかる」
強気に顔をそむけたキアーラの言葉にエルダが肯定的に反応をする。
キアーラはいじけたまま尻目にエルダを見て、ふっと不敵に笑った。
「ミオは私の妹よ。調子に乗るな、人間」
「ずいぶんと意地悪な姉だこと。ミオの姉はあたしとジュリアだから」
「ジュリアは妹だよ?」
眠っているジュリアは眉をひそめて、貝の身にうつぶせになる。
それをマルティーナが「やれやれ」とひっくり返して呼吸を確保した。
そういえばここは海の中なのに全員呼吸ができている。
まだまだ摩訶不思議なことの発見は続きそうだと、ミオは未来への期待に胸を躍らせた。
「おいで、ミオ。お父様のもとへ一緒に」
「……うん!」
キアーラの手にミオは満面の笑みを浮かべ、手を重ねた。
やわらかい感触にもっとたくさんのことを思い出そうと目を閉じる。
心から”お姉ちゃん”と呼べる日が来たらいい。
そんなやさしい想いにかすかに微笑んだ。
泳げないミオはキアーラに手を引いてもらい、父のいる居城へ向かっていた。
「そういえば、普通に息も出来て喋れるけど、これは魔法?」
ミオも先ほど同じことを思った。
答えが気になっていると。
エルダの問いにキアーラがうなずく。
「昔の魔法よ。身を寄せ合って生きていた頃から残る魔法」
今、キアーラたちが力を貸してくれるのは奇跡のようなもの。
水底を見下ろすと、岩の間に巨大な貝を置いて暮らす人魚たちがいた。
ここは人魚たちの楽園。
ミオの父親がいるという海の城までの道、キアーラが鬱憤を晴らすように人間との間に出来た溝の話をした。
「人間がドワーフを大量殺戮した時代がある。今生きているのはわずかに残った者だけ」
ダフネがいろんなことを話していたと、今さら言葉がスルスル入り出す。
ドワーフの森は人間の侵入を阻む鉄壁の守りが込められている。
ドワーフの知恵が組み込まれているからドワーフの森と呼ぶのだろうが、長老以外のドワーフは見かけなかった。
おそらく数の少なさがドワーフの大量殺戮に起因しているはず。
残虐非道な行いの結果、今では交流断絶という状況。
ドワーフだけでなく、他種族にとっても考え方を変える大きなきっかけだった。
「……ごめんなさい」
キアーラの怒りに、マルティーナに手を引かれて泳いでいたエルダが謝りだす。
それをマルティーナは鼻で笑った。
「なんだ? 人間の代表にでもなったつもりか?」
「その時代を知らないあたしが謝ってもどうしようもないと思う。だからって知らぬ顔はもっと変だって感じるから」
マルティーナの辛辣な物言いにエルダは目を逸らさない。
「人魚がすべてミオのようだと思うな。それこそ私たちには人間が恐ろしい」
マルティーナは人間に捕らえられ、傷だらけになった。
もしミオたちと出会わなければどうなっていたのだろう?
想像しただけで背筋が震えた。
(私も怖がられていた)
閉鎖的とはいえ、まるで異物を排除するかのように強い拒絶だった。
ミオが異なる世界から来て、人間ではないと本能的に感じていたのかもしれない。
知らないと怖い。
そんなことは当たり前だと理解しながらも、ミオはどうしようもなく寂しかったとかつての自分に想いを寄せた。
「私には足がある」
「ミオ?」
唐突に口を開いたミオに三人が目を丸くした。
悲しい過去を思いだし、戻らない時間だと悟る。
人と会話をして、笑顔を知った今と涙の理由が違った。
――それでも捨てきれない想いがあるからミオは足を動かした。
(……嘘。さみしい。さみしいに決まってるよ!)
今、ここにカイはいない。
海獣化に苦しんで、孤独に泣き叫んでいる。
(さみしいのは嫌。だから助ける)
そんなワガママくらい、貫きたい。
負けてたまるかと、弱音は一旦捨て置いて気持ちを改めた。
明るい声で胸をはり、この海の青さに生きることを望む。
「私、お姫様だからがんばってみる! 人魚と人間が仲直り出来るように!」
「……やっぱり、すごいなぁミオちゃんは」
「? エルダ?」
後ろに振り向くと、感傷的に微笑むエルダと目が合った。




