第48話「あなたの本当の願い」
ぷかぷか。
半透明の丸っこい生き物が浮いている。
光があたり、虹色に輝く魚たちが泳ぐ。
そこはまるでこの世全ての神秘が詰め込まれたような場所だった。
「ここは……? ひえっ!?」
身体を起こすと巨大な貝殻の上に寝ころんでいたと気づく。
指を動かすとぬめりとした感触に鳥肌が立った。
まるで生のホタテだ。
「なになになに!? はっ! ジュリア! エルダ!!」
同じ貝の上で眠る二人を見つけ、泣きっ面になって身体をゆする。
先に目を覚ましたのはエルダだった。
「……ミオちゃん?」
「エルダ……よかった。怪我は大丈夫?」
「……うわぁ、すごい。ミオちゃん言葉取り戻したんだぁ」
安堵と慣れない気持ちが混じったぎこちない笑みを浮かべるエルダ。
身体にはいくつもの傷跡があり、真っ白な布で肌がくるまれている。
「あれぇ、おっかしいなぁ。けっこー派手に怪我したと思ってたんだけど……」
「怪我人はもう少し寝てな」
ゆらゆらと赤い髪を水に浮かせて腕を組んだマルティーナが現れる。
その後ろには腕を組んでいるキアーラがいた。
ミオと目が合うと気まずそうに眉をひそめる。
「無事でよかった。ごめん、もっと早くに助けたかったんだけど」
キアーラの言葉に背筋を伸ばして首を横に振る。
「……その貝の身が傷を治してくれる。他の人も、休んでるから」
「みんなは!? みんなたくさん怪我して――」
その瞬間、目の前で怪物に変貌してしまったカイを思いだす。
とっさにマルティーナたちに手を伸ばそうとして、ゆっくりと下ろした。
「……カイ。カイが……」
ぽろりぽろりと複雑な思いがあふれ出た。
カイは逃げろと口にした。
”あの”カイが放ったとは思えないおぞましい声だった。
あの姿を見せたくないと必死だったのに。
苦しんでいるカイを前にミオは無力を痛感した。
周りに助けてもらうばかりで、いざという時に何もできなかったと打ちひしがれるばかり。
「ミオちゃん……」
「どうしよう、エルダ! 私がカイを苦しめてた! カイを海獣にしてしまったのは私だって!」
「そんなことない! ……そんなことないよ」
アルノルドはどこに行ったのだろう。
あの場にいた人たちの姿はミオの確認できる範囲にはいない。
海獣を目覚めさせる鍵とはどういう意味だったのか?
答えを持つのはアルノルドなのに、この場には見当たらなかった。
「お姉ちゃん……。お姉ちゃんはどこまで知ってるの?」
「シ……。ミオ……」
シーナと口にしようとして、止めた。
ミオという名前はあの世界に流されてつけられた名前だ。
海を渡って流されてきたことを意味して、水の流れ”澪”を与えられた。
今、この世界でみんながミオと呼ぶ。
言葉のわからない世界でその響きはやさしく愛おしいものだった。
「お父様に会いに行きましょう。あなたたちを助けたのはお父様だから……」
(お父さん……。人魚の王様……)
チクリと胸が痛み、ミオは自分の足を見る。
エルダたちと何ら変わりない二本足だ。
キアーラたちとの違いをみて、ミオは怖気づいていられないと前を見据えた。
「行く。王様に会いに行く」
「お前はあの男を海獣にしたことをどう思う?」
「マルティーナ!」
「戻ったことで海獣は生まれたんだ」
ミオの覚悟を聞いてなお、マルティーナの冷ややかな態度は変わらない。
やわらかく言葉を包むなんてものはマルティーナになかった。
巨大な氷柱がミオの心に突き刺さる。
それだけで終わるはずもなく、トゲを備えた言葉が次々とミオに迫った。
あまりにストレートな物言いに、人間を嫌悪するキアーラでさえ懸念を見せる。
逃げてはいけない。
ここが正念場だとわかっていながらも、ミオは震えて言葉に詰まってしまう。
かつて、カイがミオに願ったのは”殺してほしい”だった。
海獣になることを嫌がっていたのに、ミオは何もしてあげられなかった。
今ひとつ、わかってきたのはカイの生死を左右するのはミオだということ。
なんらかの鍵を持ち合わせているはず。
胸に手をあてて、心臓の前で指を弾いてみる。
だが聞こえるはずの鈴の音は聞こえなかった。
”好きだ”
たくさんの言葉があふれるなか、たった一つの言葉が顔を出す。
渦の中から強い光を放って言葉がミオの道を照らしていった。
”ミオはミオだ。オレの好きになったミオだ”
”ミオと仲間と生きる。それがオレの望みだから”
”ミオ、オレの言葉がわかるか?”
――あぁ、想いがあふれ出す。
(わかるよ、カイ。私、言葉がわかるよ)
殺してほしいという願いの裏に隠れた本音。
最初に願われたのは”そう”じゃない。
”どうか、オレを助けてくれ”
(そう……そうだったね)
本当の願いにたどり着くと、リーンリーンとミオを呼ぶ音が鳴った。




