第47話「アルノルドの強欲」
息をのむ。
孤独に膝を抱えていた日々が氷雨のように降ってくる。
泳げない。
言葉もない。
すべてが恐ろしく、侵食する呪いのような孤独感。
海沿いの町に住みながら海を遠ざけた。
胸に鉛が落ちてきて、どんどんたまっていくようだ。
きっと心臓を繋ぐ音がなければきっと耳までふさいでいた。
家族を捨てた。
それがミオの背負う大罪なのだろう。
愛着のない家族を前に、押し退けてまで手に入れたいのは……答えが出ている。
「ごめんなさい……。だけど! もう大切なものは手放さないから!」
家族も、仲間も、恋人もみんなが大事。
失わないためにもがく。
失ったものは取り返す。
なにも手放さない生き方がミオだ。
欲しいものを得て、笑顔に生きるミオだ。
「もう手遅れだ。殺せるのはお前しかいなかった。……あるいはドワーフの短刀があればよかったのだが」
あれって、と聞くより先に海の底が割れる音がした。
上下左右とでたらめに海が揺れ、人魚たちは海流に捕らわれまいと珊瑚や岩にしがみつく。
容赦なく水しぶきが遮るものを斬りつけ、身動きのとれなくなった者は流された。
「グオオオオオッ!!」
低く底冷えするようなおぞましい叫びが響く。
ぱっくりと二つに分かれた海の砂地に、空を覆うほど巨大な怪物が現れた。
「カイ……?」
「海獣となればドワーフが製造した短刀が必要だ。お前以外に適性者がいるか……それも運命にゆだねる他ない。……もはやその短刀も行方不明だ。手の施しようがない」
父はカイを殺す方向でしか考えていない。
その手段がドワーフ製造の短刀だと言う。
もしかするとキアーラたちがミオに渡した短刀のことかもしれない。
ミオは不要だと泉に投げ捨ててしまったが、たしかドクが短刀を持っていたような……?
海獣は一度形を崩した身体を再生し、新たな形態となる。
龍の頭に長い首、鱗に包まれた胴体は固い甲羅を背負う。
そこからいくつもの蛇のような触手が地面を叩きつけた。
四つ足となり、青黒い肌が盛り上がって巨大な爪が海を割る。
血のような赤い眼球。
それよりも大きな赤い球が胸に侵食するように根を張っていた。
一度割れた海が元に戻ろうとして、嵐のような水のぶつかり合いが起きる。
貝殻の上で治癒を受けていた船の仲間たちは、人魚に助けてもらって一命を取り留めた。
人魚は争いを好まない。
基本的には温厚な生き物のため、敵味方関係なくもともとの慈悲の心により海軍兵も助けていた。
しかし怪物から守る手段は持ち合わせていない。
「これ……どうなっちゃうのよ。あれがカイだなんて」
治癒を受けていたジュリアが目を覚まし、顔面蒼白になって荒れ狂う海を見つめた。
キアーラとマルティーナとともに避難したエルダがジュリアを抱きしめる。
「大丈夫。ミオちゃんが頑張ってる。信じよう」
「……うん」
エルダは海から目を逸らさなかった。
後ろにはレンツ、ラウロにリーノ、他の仲間たちもいる。
ドクの姿が見当たらなかったが、エルダがみんなの盾になると固く決意していた。
「ふっ……ふふ」
背後から不気味な笑い声がした。
救出された面子の中にはいなかったはずだ。
ましてやここは人魚の領域なのにどうやって入ったと、疑問を抱えてエルダは後ろに振り返る。
海の中、目をギラギラさせてあざ笑うアルノルドがいた。
まだ傷の癒えぬ身体で迷いなく海で身動きをとれている。
手には黄金の縄が握られていた。
「アルノルド!? あんた何を考えて」
「あれが海獣本来の姿……。殺すのは惜しいもの。――スペランツァ王国の誇れる海兵よ! この縄はドワーフの道具”使役する枷”だ! あれは元々スペランツァのもの! 海獣を我が国のものとし、世界の覇者となるのだ!」
「なにをバカなこと言って……!」
アルノルドの言葉は弱りきった気持ちを奮い立たせようとする。
未知なる力を前に、恐怖と混乱で浅ましい鼓舞に突き動かされた。
命を救ってもらったにもかかわらず、どうしようもない操り人形の海兵たちにエルダは舌打ちをする。
マルティーナの助力もあり、エルダは海の中を猛スピードで動き、アルノルドを止めようと全力で動いていた。
「ちったぁ自分の頭で考えろっての!」
エルダの叫びに、同様に助けてもらっていたラウロとリーノがサポートにまわる。
「人魚たち、助けてくれた。……海を守りたいからここで食い止めるよ」
レンツはまだ意識を取り戻さない。
だが臆することなく、自分たちの足で前に進む二人の姿は眩しかった。
船に乗っていたのはカイに甘え、守られているだけの連中じゃない。
それぞれの意志で大地に根を張り、生きていた。
アルノルドがなぜ、海獣を使役しようとしているかはエルダにわからない。
王命に忠実なアルノルドのことだ。
ここで同情を抱けば戦いに迷いが出る。
エルダは深呼吸をし、”ミノタウロスのエルダ”と恐れられた腕で攻撃を繰りだした。




