第42話「恩を忘れるな」
「そんなにオレのこと好きだった?」
「ちがっ……いや、違わないけど! やだ、カイってやさしくない!」
「愛はいろいろ。ミオの気持ち、一つじゃない」
「そ、そう! 私はジュリアやエルダ、ドクにリーノにみんな好きだもんっ!」
「……余計な事言うなよ」
ふてくされて呟いたカイにダフネは珍しい微笑みを見せる。
鉄仮面な分、微笑みにはどんな意味が含まれているのか探ってしまう。
理解の難易度は高かった。
蜜が止まり、大きく開いていた花が閉じていく。
「いいの? カイは飲まなくて」
ダフネがカイに問うと、カイは弱り果てた微笑みを浮かべて首を横に振った。
「あぁ、いい。……オレには毒でしかないだろうから」
「毒?」
「海獣は悪い心の塊だから」
ダフネはそれ以上何も追究はしなかった。
なぜ、そう自罰して笑うのだろう?
寂しげな目を見て、ミオはカイの手に自ら触れてみた。
「海獣にはならないよ?」
なんの根拠もないくせに、ミオは迷いなく口にする。
言葉に変えていきたかった。
「カイは私を助けてくれた。次は私がカイを助けるよ」
「あぁ……。そうだったな」
触れた指先の絡みが強くなり、ミオの肩にカイが寄りかかる。
再びダフネにじっと観察されていたが、腹をくくってミオはカイの青を指で梳いた。
「花の蜜、普通は手に入れられない」
村へ戻るためにもと来た道をたどる。
相変わらずランタンがなくては足元を確かめるのが精いっぱいだ。
一歩一歩、慎重になって進む。
疲労に肩を上下させるミオに対し、ダフネは乱れた様子一つ見せない。
夜目が効くようで、ランタンがなくても難なく歩いていた。
「幻が人を壊す」
ダフネがミオの顔色を窺いながら手を差し出して道を示す。
ミオは後ろをカイに守ってもらいながら、ゆっくりと外の光を目指していた。
「幻って……」
(そういえば花の近くまで来たとき、幻覚や幻聴がひどかった)
「普通、耐えられない。だから死ぬ」
鍾乳洞に古い人骨があった。
花の幻に呑まれ、そのまま死んでしまったのだろう。
昔は人とエルフ、人魚は仲が良く助けあって生きていたそうだ。
しかしいつからか、人魚の肉を食らえば不老不死に。
エルフを食らえば若返りにと、不穏なささやきが広がった。
人間からエルフと人魚を守るために、ドワーフが知恵を出し、妖精が守りを生んだ。
各種族の宝であり、魔法を守ることで調和を崩さないよう、それぞれ分かれていった。
「花の蜜は毒にもなる。無条件の奇跡はない」
前方から光が射し、ダフネが振り返ると風が水銀色の長い髪を揺らす。
宝石を埋め込んだようなデイジーイエローの瞳。
ぞっとするほどに透明感ある色白の肌。
年頃の男の子二人の母とは思えぬ少女のような容貌。
(ダフネはどうしてラウロとリーノのお母さんに? 人間だから村に入れなかったはず)
二人の父親は人間のはずだ。
エルフと人間が愛しあって二人が生まれた。
育てることが出来ず、泣く泣く手放した。
気にはなるものの、何でも突っ込んで聞いていいわけではない。
ダフネが誰かに話したいと思えば言葉に変えてくれればいい。
ミオは顔をあげ、ダフネの手を掴んで光に飛び込んだ。
村に戻ってからドワーフの長老の家で休息をとる。
その間、カイは村から離れて鍾乳洞に籠もってしまった。
時折、地響きが鳴り、妖精たちが身震いをしていた。
「人魚の姫さんや。お前さんはエルフの力を借りた。必ず恩を返さねばならぬ」
昨夜寝落ちしてしまった長老が何食わぬ顔をしてミオに語りだす。
「お前さんとカイを繋ぐ糸。それを持っていたのはワシの弟だった」
ミオの知らないカイと村長の繋がり。
ミオの前で話に出ていたことはあるのだろうが、初耳のようなもの。
「これは種族間での暗黙じゃ。助けてもらったら、相手が困ったときに助けを返す。……カイが妖精に受け入れられているのはそれが理由じゃ」
「助けを……」
「人魚は誰を助けるか。エルフの花と同等のものは何か。ちぃと頭の隅に置いておくのもありではないかのぉ?」
頭を指でつつき、長老は白いひげを握りしめ、部屋の奥へ引っ込んでしまう。
小さなソファーでは横にもなれないので、ミオは外に出て木に寄りかかって目を閉じる。
(エルフへの恩。カイはドワーフと清算したってこと? じゃあ私には何が残って……)
ぼんやりと考えてみたが、疲労困憊だったミオが気にし続ける余力はなく……。
三日ほど休んでようやく体力が戻り、仲間の待つ船へと戻ることにした。




