第41話「エルフの花の力」
――リリーン。
波の音でもない。
砂が押し寄せる音とも違う。
誰にも聞こえない音。
海に近づいたときによく聞こえた音で、今は好きな人から響いてくるミオを求める声だ。
世界が異なる場所で、繋がった心臓。
鈴の音がミオとカイの繋がりを証明した。
切なく震える音は波音をかき消して、ミオの中に浸透する。
(あったかい……)
こみあげてくる熱さにミオはぐちゃぐちゃの視界を閉じた。
「ミオ」
喉が焼けそうだ。
詰まっていた言葉があふれ出す。
ただでさえ単語を聞きとるのが精一杯なのに。
ミオが一度持ち合わせる言語に変換しなくては理解が追いつかないのに。
今はこの言葉の響きが一番好きだ。
「カイ」
「よかった。名前、呼んでくれた」
「好き。カイ、好き」
「うん」
オレも、とささやいてカイはミオにやさしいキスの雨を降らせてくる。
ミオの存在に疑問をもたない率直な目。
腫れ物扱いでも、異物扱いでもない。
やさしい眼差しと音にミオは顔をあげた。
(覚えないと生きられない。最初はそれだけだった。今は大好きな人たちを知るために、言葉が欲しい。怯えて声を出さなかったら何も通じないから)
――ふんわりとした、やわらかく甘い香りが鼻をくすぐる。
ランタンがなければ暗いばかりの空間に一筋の光が差した。
(あれって……)
光の差す先に大輪の花。
ダフネが振り返って首を傾げて段差を降りていった。
「あれがエルフの花」
「――ミオ。行こう!」
カイの声かけにうなずき、軽い足取りで花の前に向かう。
ミオの背丈と同じくらいの大きさで、花芯は内側から黄金に輝いていた。
ここまでたどり着き、ようやくミオに余裕が出てきた。
ランタンに照らされた洞窟の全貌を知る。
雲が積み重なったような大きな鍾乳石に、上下に尖った氷柱。
あちこちに水たまりが出来ており、まるで氷の世界だった。
「花の蜜。飲めば言葉もどる」
ダフネが花びらに手を伸ばすと、上から重力のままに垂れてくる。
ミオが花びらに触れると、黄金の蜜が粘り気を帯びさせ、ミオの口に滴り落ちそうだ。
「ミオ。飲んで大丈夫だよ」
カイに誘導され、ミオは花びらに両手を添えると唇を寄せて蜜を舐めてみた。
ハチミツみたいな味を想像したが、味はなく不思議な食感だ。
だんだんと体温が上がっていき、眠気にミオはうつらうつらと目を閉じた。
(なにか聞こえる。これは……歌?)
耳馴染みの良い歌声。
ミオのための歌声だと心地よさに身をゆだねる。
《怖くない。あなたは一番大切なものをもっているのだから》
――あぁ、そうだ。
たくさんの寂しさの先に、たくさんのやさしさを知った。
辛いことは絶えず襲ってくるけれど、これに勝るものはない。
どれだけ泣いて叫んでも、諦めきれなかった。
どうしようもない苦しみを抱えてなお、もがくのは一番欲しかったものだから!
「愛を欲しがるのは、私が生きているからだ!」
――喉の蓋がめくれた――。
「ミオ! 大丈夫か!?」
後ろに倒れそうになっていたミオの身体をカイが支えていた。
ミオが目を覚ますときはいつも青色が寄り添っている。
目頭が熱くならないはずもない。
(好きになるよ。だって心に寄り添ってくれたんだから)
「ありがとう、カイ」
「ミオ……?」
身体をひねって、カイの首に腕を回す。
「大好き」
「――オレも。オレもミオが大好きだ」
抱きしめあうと涙が流れてしまう。
熱い涙は今まで流した涙の中でも心地よい。
せっかく言葉を取り戻したのに、口から出たのはすでに覚えていた言葉だった。
(大事な言葉はずっと持っていた)
「ミオ、オレの言葉がわかるか?」
おそるおそるカイが窺いの視線を向けてくる。
それにミオはわざと目を丸くして、困ったように微笑んでカイの胸に頬を寄せた。
「すっごく聞き馴染んだ言葉。なんでわからなかったんだろう」
今までは異国の言葉でしかなく、通訳不可のものだった。
ジュリアが根気強く教えてくれなかったら、今頃言語を失っていた。
苦労をして覚えた日本語を失ったわけでもないので、まだくすぐったさはある。
言葉が通じなくても心の触れあいは出来る。だけど言葉があればもっといい。
「ミオ、喋れるようになった?」
抱きしめ合うカイとミオに首を傾げ、ダフネが丸っこい目で見つめてくる。
ダフネに見られていたと思うと赤面した気分だ。
ミオは素早くカイを突き飛ばして、ヘラヘラと誤魔化し笑いを浮かべる。
「ありがとう、ダフネ。ちゃんと喋れるし、聞きとれる」
「そう。がんばったね」
「うん?」
「この花はエルフの魔法が宿っているの。愛情の花」
「愛情の花?」
「悪い心持つ。絶対に花、開かない」
「それってどういう……」
ミオが理解できないでいたが、ダフネは唇に指をあてて答えない。
「自分のためじゃなく、愛のため。その心に花が答えただけ」
「愛のため……」
なんて素敵な響きだ、と琴線に響いたが、だんだんと別のニュアンスを感じて震えだす。
羞恥の限界に達し、手足をばたつかせてカイと距離をとろうとした。
このままでは本当に爆発して被害拡大してしまうというのに、カイはニヤニヤして腕から離そうとしてくれなかった。




