第38話「お母さん」
「妖精やエルフは怖がりなんだよ。人間が偽りを信じて狙うせいだ」
人魚の肉を食らえば不老不死となれる。
エルフの血をすすれば若返る。
そういった偽りの伝承があり、人間から身を守るために森の奥深くで暮らしていた。
ここはドワーフの知恵が組み込まれた不可侵の場所。
ダフネは森から出て二人を育てようとしたが、常に危険がつきまとった。
「レンツが助けてくれた。だからレンツに二人を託した。……わたしじゃ、守れない」
「……赤の他人じゃねぇか。何の義理があって」
「理由、いらない!」
ダフネの悲しい顔を見て、ミオはとっさに一歩前に踏み出すとリーノの腕を捕まえる。
「なにを……」
戸惑うリーノを無視して、ミオはダフネの手を捕まえ、強引に二人の手を握らせた。
「また会えた! いいの!」
ミオに家族の情はわからない。
だからこそ、再会したことに意味を見出してしまうのだろう。
ダフネの寂しげな雰囲気を知れば、おせっかいを焼かずにはいられない。
(二人の間に何があったかわかんない。でも、でもダフネはリーノが好きだ!)
そしてリーノも直視できないだけで、ダフネを嫌っていない。
これはミオのワガママだ。
元いた世界でミオは愛情を受けなかった。
施設暮らしとは名ばかりで、ミオには頼れる相手がいなかった。
孤独を感じていたミオは、親が子どもを見つめる目に憧れを抱いた。
同時に子どもが親のことを笑って語る姿に羨望した。
愛情に過敏なミオだから、ラウロとリーノがすれ違うのを放っておけなかった。
「誤解するなよ? オレがここにたどり着けたのは人間じゃないからだ」
「お頭……」
「オレはイレギュラーだ。……親父との縁がなければな」
カイは人間であり、海獣の呪いを受けた存在。
エルフや妖精が怖がりそうなのに、ここを訪れた際、歓迎されていた。
どうしてカイはドワーフを父呼びするのか。ここに入ることが出来るのか。
わからないことはたくさんあるが、今はリーノを助けたい。
カイも同じ気持ちだからこそ、微笑みを残しているのだろうと感じ取った。
カイの励ましを受け、リーノは目元を赤くしてダフネに視線を向ける。
「お頭がいなかったらここには来られなかった」
「うん」
「うん、じゃねーよ。母親ならもっとうまいこと――」
「会いたかった。二人の匂い。森に入ったの、すぐにわかった」
ガラス玉のような目でダフネはリーノを見つめる。
この村に連れてきたのはダフネだった。
村から出て森を駆けてきた。
嗅覚のすぐれたエルフだからか、母親だから子どもの匂いがわかったのか。
言葉数の少ないダフネだが、リーノを見つめる目はキラキラと輝いていた。
「リーノ。大きくなった。よかった」
「――うっ。くそっ……ほんと、ムカつく……」
歯を食いしばって、空いた手で目元をこすった。
あふれる涙を見て、ダフネは顔を近づけてそっとリーノの目元にキスをした。
ぎこちなく接していこうとする二人を見て、ミオとカイが目を合わせ微笑みあう。
「おい、リーノ」
不服申し立てだと眉をひそめ、ラウロが仁王立ちをして現れた。
目を三角に尖らせ、ずんずんとリーノの前に立つと鼻の穴を大きく膨らませる。
「なんでそんな複雑に考えるかはわかんねーけど! お前が親父のこと、大好きなのはよく知っている!」
「なっ!?」
「だって昔から親父の真似してた。仕事だってよぉ、親父と同じ整備士になってさ」
リーノが真っ赤になって逃げようとするのを、ラウロが肩を掴み止める。
ミオは会話がわからずとも、くすぐったい空気にニコニコして母子を眺めていた。
「やめろよ……。そんなこと口にするなって」
「ラウロ、リーノ。いい子」
軽口をたたく二人に、ダフネは甘い笑顔を浮かべた。
それを仲直りととらえたミオは、より一層言葉を取り戻したいと思いを強める。
もっと言葉を理解出来たら。
流暢に言葉にして伝えられたら。
もっとみんなと繋がることができるのにと、欲を抱いて手のひらを強く握りしめた。
「ミオ?」
ミオはいま、自分に出来る精一杯を表すことにした。
袖をもとに戻して肌を隠したカイの腕を掴む。
反射的に振り払おうとしたカイの腕を意地で掴み、ニッと笑った。
「大丈夫」
傷つくことが怖いのではない。
一番怖いのは、存在を拒む冷たい目だ。
声なき嫌悪に喉が詰まる。
今のミオは言葉が足りない分、前を向こうと胸を張っていた。
ミオの気持ちを受け取ったカイははじけるような笑顔を浮かべ、ランタンを置く。
壊れないようにと、そっとミオの手を引いて長老の家へ戻った。




