第37話「嫉妬。罪悪感。子ども」
「お頭……!」
「レンツを疑うな」
「……お頭になにがわかる」
「わからない。が、レンツの気持ちは知っている」
カイはリーノの前に立つと、唐突に袖をめくって腕をさらす。
ランタンの灯りでもわかるくらい、カイの腕は青黒く染まっていた。
まるで岩肌のようだ。
触れれば人の肌を簡単に切りつけてしまう。
どこに触れても鋭いばかりの腕だ。
「レンツはオレが海獣だと知っても受け入れてくれた。何も変わらねぇって」
「別に、俺は……」
「ドワーフの森に行くと決まった時、リーノがすぐに名乗りをあげてレンツは考えてたよ。もっと早く母親に会わせるべきだったかと。……決めるのはラウロとリーノだからと、レンツは船に残った。母親のもとにいたいならそうするだろうって」
「だからそれがムカつくんだよ!!」
カイが伝えるレンツの想いを、リーノは素直に受け取ることができない。
カイの腕をなぎ払うと、リーノの指先から血が垂れだした。
興奮してカイを睨むリーノに、ミオはあわてて止血しようと手を伸ばすが、カイが制止する。
右往左往するしかない出来事にカイを見ると、その瞳がいつもと違うことに気づいた。
(カイ……瞳孔が変。これじゃあ本当に獣……)
「さっさと言えばよかったんだよ! 自分は本当の父親じゃないって! 母親は生きてるんだって! ちくしょう、腫れ物扱いしやがって! 別に血が繋がってなくても俺は!!」
リーノの叫びは胸を引き裂くほどに痛かった。
時々、学校で親のことを語る生徒が似たような表情をしていた。
ミオはその痛みを味わうことはなかったが、疎外感という意味では気持ちが似ているかもしれない。
共感と呼ぶにはおこがましい気持ちに息を潜め、リーノを見つめた。
「ラウロはなんで平気なんだよ……」
ラウロの名前が出てくる。
おそらくリーノはラウロへのコンプレックスでいっぱいだ。
エルフの母親と対面しても、ラウロはあっさりとそれを受け入れて、自分だけはモヤモヤを抱えたまま。
まわりに当たり散らすように苛立ちを募らせた。
「自分がエルフじゃないかっていうのは気づいていた。傷の治りが早いから」
そう言ってリーノは手を前に出し、指先を見せてくる。
あれほど血が流れていたのに、今は傷口が塞がってかさぶたになっていた。
頬の腫れもすっかり引いている。
デイジーイエローの瞳にはいっぱいの憂いが溜まっていた。
「でもラウロは違った。めちゃくちゃ繊細で、すぐに風邪を引いちまう」
「レンツがよく言ってた。それでリーノにさみしい思いをさせたとも」
幼いころはレンツがラウロに付きっきりだった。
リーノは手のかからないよう、本を読んだりするうちに寡黙になった。
「ダフネになぜ捨てたのか聞いた。……純粋なエルフじゃないから育てられなかったって」
リーノはかさぶたで塞がった傷口をさすりながら、鬱憤を晴らすように呟く。
「なんだよ、それ。だったら産むなよって」
「だって、産みたかった」
葛藤を埋めるように風に揺れる風鈴のような声がリーノの言葉を上書きした。
リーノが顔を上げると、同じデイジーイエローの瞳がリーノの表情を読もうと目を見開いていた。
率直な回答にリーノはカッとなり、ダフネの肩を押して威嚇する。
「あんた本当に無責任だな! 産みたいから産んだって! それで育てず他人に渡すか!?」
「ごめんなさい」
「ごめんで済む問題かよ」
「外の世界、エルフ狩られる。村では育てられない。だからレンツが引き取った」
ダフネの言葉にリーノはすんなりと納得が出来ない。
一向に解決しそうになく、会話下手な二人を前にカイが頭を悩ませて岩肌を袖に隠した。




