第36話「リーノの目的」
机を叩き割る勢いで倒れたかと思えば、すぐに轟音とも言えるいびきをかき始める。
寝るにしては突然すぎだと、これは大丈夫なのか? とカイに目を向けた。
慣れた様子のカイが壁時計の時間を確認すると、あきれたように息を吐く。
「いつもこうなんだ。長持ちした方だと思う」
長老は寝る時間が決まっているそうだ。
その時間になるとピタッと眠りにつく。
今日は異例だったようで、空っぽになったコーヒーが長老なりの努力を物語っていた。
長老をベッドに移した後、ラウロとリーノがやってきた。
二人とも頬を赤く腫らしており、互いにそっぽを向いていた。
どう見ても殴り合った痕跡である。
ミオは慌しく二人を家に招き入れると、その後ろでダフネが気まずそうに立ち尽くしていた。
「入れば?」
動こうとしないダフネにジュリアが奥から声をかける。
「いいの?」
「いいって……アタシの家じゃないから何とも言えないけど」
ダフネがじっとジュリアを見つめ、ゆっくりとうなずく。
キラキラと光る美しい髪の毛を引きずりながら中に入り、あたりを見渡した。
台所の棚でタオルを見つけると、ダフネは迷いなく手に取って水に濡らす。
固く絞ったタオルを手に、ムスッとしたままのラウロとリーノのもとへ駆け寄った。
「冷やして」
「ありがとー母さん」
「ふん……」
濡れタオルを受け取って明るく振る舞うラウロ。
対してリーノはすっかり機嫌を損ねており、一度もダフネを見ることなく外へ出ていった。
開けっ放しの扉から夜風が吹いてきて、ミオは腕を擦って身震いをする。
リーノが出ていった扉をダフネは表情なくまっすぐに見つめていた。
無表情のダフネだが、余計にリーノの向かった先を見つめる横顔はもの寂しい。
「ジュリア。私、行く」
居ても立っても居られないミオはダフネから濡れタオルを取ると、足早に外へ飛び出した。
あれほど光に満ちていた村が、今はランタンを置くことで夜道を照らしている。
リーノは村の中心にある巨大な樹木に背中を預け、空を眺めていた。
ミオはランタンを一つ手に取ると、濡れたタオルが乾かないうちにリーノの頬に押しつけた。
「リーノ」
「……言葉、取り戻せたのかよ?」
気難しい顔をしてタオルを受け取ると、腫れた頬に当てて肩を落とす。
リーノの問いにミオは首を横に振ると、リーノはすぐに関心を空に戻していた。
(ふしぎな場所だなぁ)
根の隙間にある穴をくぐって来た場所なのに、空が見える。
別の空間に移動したみたいだ。
人魚にエルフ、妖精とくれば空間移動が出来てもおかしくない。
ミオは摩訶不思議に慣れつつあった。
「ラウロのやつ、あっさり納得しやがって」
いつもより低い声でリーノが呟く。
ラウロのことを口にしているようだが、ミオが受け取れる言葉には変換できない。
「俺はずっとわからなかった。なんで本当の父親でもないのに親父面してるんだって」
「リーノ?」
「ムカつく。ほんと……何なんだよ」
リーノが膝を抱え、丸くなって顔を隠した。
おそらくリーノは母親がエルフだと知り、この場所にいると把握していたのだろう。
幼い見た目のダフネに会ってすぐに母親と察知した。
リーノの目的はドワーフの森に来ることだったのだろう。
(早く、喋れるようになりたい)
心が通じ合うのが大事だとしても、言葉にしなければ伝わらないことはたくさんある。
傷ついた相手を前にして、言葉が出てこないのはもどかしい。
寄り添うことでしか察せないと、ミオは距離を詰めてリーノの手を握ろうとする……がリーノは立ち上がり、ミオの手を振り払って拒絶した。
「お前もムカつくんだよっ!!」
ひどく息が荒い。
まるで今まで溜め込んだ激情を一気に吐き出したみたいだ。
ミオが心配の眼差しを向けると、リーノは当惑して後ずさった。
すると後ろから寄って来た人影がリーノを受け止めた。
ランタンの灯りに輪郭が浮かびあがる。
炎に浮かぶ青色はいつもより冷たく見えた。




