第35話「エルフの花」
「言葉を取り戻すかは娘次第。だがきっかけくらいはやらんでもない」
「教えて!」
ミオは必死に長老のしわくちゃの手を掴む。
真っ直ぐなミオの眼差しに長老は居心地悪そうにして口をもごもごさせた。
よっぽど喋りたくないのだろうが、根気強さなら負けないとミオが押しきった。
「お前さんが人魚だからだ。人間ならば扉も開かなかったわい」
長老がコーヒーを一気飲みし、苦々しい顔をする。
カイとジュリアの表情が明るくなったので、説得に成功したのだと安堵した。
「”エルフの花”というものがある。そこから滴る蜜はそりゃあもう、甘い香りが……」
恍惚に語りだそうとする長老に、全員が関心を向ける。
すぐに我に返った長老は再び咳払いでごまかした。
「ストレスが激減するんじゃ」
「なんだそれ……」
ジュリアに通訳をしてもらい、ミオも呆然とする。
ずいぶんと効果がずぼらというか、呆れてしまう定義だ。
それぞれの種族に秘められた宝があり、エルフにとってはその花が宝であり、特別な魔法のようだ。
「ドワーフは武器を作るが、もちろんドワーフだけの魔法もある。カイ、弟がお前さんに渡したそれが魔法じゃ」
長老が指したのはカイの心臓部。
カイはハッとして指をいつものように胸の前で弾いた。
いつもと同じ、“リーンとした鈴の音”がカイとミオの間で響いた。
「カイ、なにしてるの?」
ジュリアが不思議そうにカイの指先を見る。
一見すると何もない。
この音はカイとミオにしか聞こえない。
まるで運命の赤い糸で繋がれたみたいだと、ミオは破裂するように顔を赤く染めた。
「それで、エルフの花を入手すればいいんだな? どこにある?」
「ダフネに案内させる。だが種族の魔法を使うには代償がある。それは恐ろしいもので……」
「それは何なのよ」
イタズラに怯えさせようとする長老の頭をジュリアが小突く。
二人がポコポコ対立するたびに、まるで子どものケンカのように見えた。
泣きっ面をして頭を守る長老がやけくそに腕を組み、そっぽを向いてしまう。
「教えたら意味がないんじゃ。取り戻したいのは娘なんじゃから、それくらい娘がなんとかしてみぃ!」
長老の言葉を聞き取れたわけではないのに、なぜか脳裏に孤独だった日々が過ぎっていった。
たくさん泣いて、辛い気持ちを言葉に出来ず、いつしか涙より渇きが強くなっていた。
今は言葉がわからない。
よっぽど孤独な状態のはずだが、ミオはここに来てからあたたかい思いに満たされている。
大切なのは言葉ではなく、思いやる心。
孤独を知ったからこそ、この温かさがいとおしい。
さみしさを知っているから、うれしいや楽しいが輝いた。
(それでも言葉が通じてほしい。気兼ねなく、みんなと自由に会話がしたいから)
ジュリアにこれからどうすべきかを教えてもらい、ミオは迷いを振りきる。
代償がなんだ。
試練がなんだ。
そんなものに怯えている余裕はない。
長年押し殺してきた寂しさは、今の幸せに焦がれるほど強かった。
だから簡単にあきらめない。
ミオは立ち上がると、胸に手を押しあてて誇らしげに笑った。
「カイ、ジュリア、みんな好き。みんなといたい」
(私は……孤独を知っている。だから愛を知った! だからもう二度と!)
「あきらめない! 絶対!!」
自信を取り戻したミオは大胆にカイに向かってピースサインをする。
突然の強気に圧倒されていたカイだが、すぐにつられて笑顔となり、ミオの指を真似た。
「……とりあえず座ってくれ。そんな目で見られたら敵わんわ」
やれやれと頭をかき、長老は再びコーヒーを一気飲みしようとする。
すでに中身はなくなっており、うなりながらコップを机に置いた。
ミオは熱くなりすぎたと、我に返って席に着く。
ジュリアがニヤニヤして見てくるので、今さら恥ずかしくなって叫びたくなった。
「その目、懐かしいのう。カイによく似て――」
――ゴスンッ!!
長老の頭がぐらぐら揺れ、顔面から机に直撃した。




