第33話「エルフのダフネ」
森が開かれる音がしばらくして止む。
メキメキと引き裂く音は恐ろしかったので、音が止むとホッと胸をなでおろす。
それも束の間。
森の侵入を拒んでいた枝がほどけていき、森の入り口がアーチ状に開いた。
あっけにとられていると、カイがニヤッとしてミオの顔を覗き込む。
「ミオ。おぶってやろうか?」
「ひゃっ!?」
至近距離に顔が近づき、ミオは小さく悲鳴をあげる。
砂糖水みたいに甘ったるいカイがミオの左耳に唇をよせ、抱きしめるように右手でミオの腕を掴んだ。
(カイのことは好き。好きだけどもぉおおお!!)
ミオは脱兎のごとく跳ねて、アーチの向こう側へ突き進んでいった。
「はぐれるぞ~?」
「さ、触る! だめ!」
おちょくるようにミオを呼ぶカイに、熱の灯った耳を抑えて振り返る。
「変、なる! やだ!」
裏返った声で訴えるとカイは目を丸くし、次の瞬間にはくしゃりとはにかんでいた。
――ガサッ……。
アーチを抜けた先がまた騒がしい。
怪奇現象のように青白い手がミオの背後から伸びてきて、ミオの身体を拘束する。
突然襲いかかったひんやりとした感触がミオを引っぱり、戦慄が走った。
不気味な感覚に、ミオはがむしゃらに足を振りあげる。
暴れたことで肘が冷たい腕の主に直撃し、草木を分けるように倒れ込んだ。
「……え?」
振り返った先にいたのは、透明感あふれる色白の女性だった。
身長よりも長い水銀の髪に、布を身体にまきつけただけのような衣装。
なにより特徴的なのは耳が尖っていること。
カイがミオの肩を引き寄せると、倒れ込む女性を見下ろして唖然とした。
「ダフネか?」
「……カイ?」
「あぁ。久しぶり。親父は元気か?」
その言葉にダフネはうなずき、じっとミオを凝視する。
デイジーイエローの瞳に既視感があり、ミオも覗き込むようにダフネを見つめ返した。
後ろからジュリア、ラウロ、リーノが悲鳴を聞きつけて駆けてくる。
三人が近づいたことでダフネはミオから興味をなくす。
追いついた三人をじろじろと見比べていた。
「わぁ……エルフね! はじめて見た!」
ジュリアは目を輝かせ、声を弾ませる。
まわりをウロウロされてあちこちなめまわすように見られているのに、ダフネはピクリとも反応しない。
いや、ジュリアを見ていないだけで、目線は残りの二人に定まっていた。
ラウロがエルフに関心を寄せるなか、リーノは眉をひそめてダフネに口を開いた。
「母さん」
「「……えっ!?」」
リーノの言葉にその場にいたほとんどの者が驚愕する。
さらにギョッとしたのは、リーノの発言にダフネがうなずいたから。
一番困惑しているのがラウロで、下手くそに笑ってリーノに窺いの眼差しを向けていた。
「えっ……何言ってんの? 母さんは俺たちを産んで死んだんじゃ……」
「レンツ、元気?」
「うん。みんなで海にいる」
「そう」
「え、えぇーっ!?」
ラウロの問いに、ダフネもリーノも無視して話を続ける。
トントンと会話が進んでいるので、ラウロは口や顔を両手で覆って天を仰いだ。
自分の形を確かめるように顔の凹凸を確認し、特に耳を念入りに触っていた。
いたって何の変哲もない丸っこい耳のため、ついにラウロは思考が停止して煙を吹いた。
それぞれの反応を見て、ミオはカイの長袖を掴み、軽く引っ張ってみる。
「カイ。知る?」
「うーん……。うん」
歯切れの悪い返事にミオは表情を険しくする。
船にいるのは訳アリな人というのは認識していたが、ミオに負けず劣らず複雑かもしれない。
ダフネはエルフと呼ばれる種族であり、ラウロとリーノの母親だ。
儚い美しさを持つダフネは、中性的な顔立ちの二人によく似ていた。
ダフネの案内で、ドワーフの森を突き進む。
木々だらけの森で、他とは別格の巨大な木の前に出ると、ダフネが根と土との隙間を指した。
「村。この中」
一見ただの穴にしか見えなかったが、ゆっくり根に手をついておりていくと光の粒に満ちた空間にたどりついた。
この異世界で人魚を見てある程度は覚悟していた。
ましてや自分が人魚とされる生き物と知り、どれだけファンタジーな世界かは理解しつつあった。
目の前に広がった光景は、子ども心をくすぐる幻想世界だった。
(ここがドワーフの村……。ふしぎな場所だぁ)
半透明の羽で空を飛ぶ妖精。
神秘的な美しさを持つ淡い容貌のエルフがいた。
ドワーフの森という割に、ドワーフは見受けられない。
「カイだ! カイーッ!」
「よぉ、久しぶり」
村に着くや、あっという間に妖精たちに囲まれるカイ。
無邪気に笑う姿がかわいらしく見え、胸がキュンとした。
「妖精って人懐っこいのね」
ジュリアの言葉がわかりそうでわからなかったので、もう一度と袖を引っ張る。
「よ・う・せ・い。こんなにもたくさん……。人間とは一線を引いているから」
ミオが考えていた妖精を、ジュリアがこの国の言葉として教えてくれる。
認識は共通のため、単語でなら随分と覚えたとミオは自負していた。
「あなた、人魚」
ダフネがミオの顔を覗き込み、手をとるとほのかに笑みを向けてくる。
地面につくほど長い水銀の髪は、光を拾うたびにシルクのように輝く。
透明感ある美しさに、ミオは思わず感嘆の息をついた。
エルダも美人だが、ダフネは人外レベルの美貌だ。
「カイの恋人?」
「そうだ。ダフネ、長老に会いたい」
カイがダフネに何かを要求している。
それがわからないミオは首を傾げ、二人の問答を眺めるしかできなかった。
「協力してくれるかわからない」
「それでも」
ダフネの表情は薄いので何を考えているのかわかりにくい。
加えてあどけない口調に聞こえてしまうので、カイの頼みにどう答えを出したか見えてこなかった。
「――母さん」
この場を離れようとしたダフネに、リーノが駆け寄って声をかける。
振り返ったダフネの表情は薄いが、同じくらいリーノも淡白な表情だった。
「話がしたい」
「うん。あとで」
(なんだろう。会話が成立してるけど……)
ラウロはすっかり疑心暗鬼になっており、そっぽを向いたままだ。
ダフネの顔を一度も見ようとしない。
それに気づいているのだろうが、
ダフネは丸っこい目でラウロを眺めるだけで、何かを語りかけようとする気配はなかった。




