第30話「ミオの真実」
それから太陽が顔を出すまで花畑に寝ころんでいた。
トクン、トクン、トクンと。
少しずつ身体の色を戻していくカイの横で、ミオは鼓動を耳にする。
傾いていく月を眺めて、カイが語りだした。
「ミオはこちらの生まれで、人魚なんだ」
マルティーナがミオを人魚姫と言った。
キアーラが姉と名乗ったのを思いだす。
「オレは敗戦国の王子だった。敗戦国の王族に人権なんてないからな……。この身体は海獣化の呪いにかけられた。かろうじてスペランツァ王国を逃げ出して、難破していたところをミオに救われた」
言葉のむずかしさに頭がくらくらする。
ほとんど理解できていない。
ちゃんと聞いていたいのに……と、ミオはうとうとしながら耳を傾けていた。
「ミオが……助けてくれたんだ」
心臓が震えたと思ったら、また“リーン”と音がした。
目を閉じると、脳裏に青色の髪をした男の子がよぎる。
男の子のために海につながる湖畔で歌をうたった。
ぼんやりと霞む記憶に想いを馳せ、カイの胸に頬擦りをした。
「ミオに助けられて、その後オレは人魚の王に会った」
カイの手がミオの赤くなった頬を撫でる。
皮手袋で隠していた手は、ミオと何ら変わりのない色に戻っていた。
(よかった。海獣になってない)
海獣化の一部を見た後、アルノルドに連れ去られてしまった。
船に戻ってからは人魚に会って……と忙しい日々だった。
「禁じられた魔法に代償がないと思うなと王は言って……。ミオ?」
ウトウトと、現実と夢の間を行き来する。
「大丈夫だよ。私がカイを助けるから」
カイの目が大きく見開かれる。
ミオの言葉はやけに流暢に聞こえた。
「言葉が……」
息を呑み、カイはくしゃくしゃになって泣き笑う。
いつも堂々としているカイもこんな子どもみたいに笑うのだと、夢うつつにミオも笑った。
ずるい笑顔だ。
カイは最初からミオに甘い。
その因果関係がわかり、ミオは落ちついてカイの腕の中で寝てしまった。
ミオが目を覚ますと、月を見上げるカイが視界に飛び込んだ。
淡い光に照らされる姿にミオは頬を染める。
追いかけたときはまだ太陽が輝いていた時間だったはず、と両手で顔を隠した。
ミオが目を覚ましたことに気づいたカイが、イタズラにミオの身体を抱きよせる。
「きゃっ!?」
花の絨毯の上に二人して倒れ込み、ミオは焦ってカイの胸を押す。
至近距離に妖艶に笑む顔が迫っていたことに気づき、頬が熱くなった。
「オレとミオの心臓は繋がっている」
そう言ってカイがミオとの間に指を伸ばし、人差し指で空気を切った。
リリーン、と鈴の音にミオは目を見張る。
本当に心臓が繋がっているとはじめて実感し、気恥ずかしくて両頬を手で覆った。
「ドワーフにもらった鈴。これでミオが近くなったとき、引こうとした」
「どわあふ?」
「ドワーフ。ドワーフの作るものの中でも、選ばれた七つのうちの一つなんだ」
それをもっているにも拘わらず、ミオはなかなか捕まらなかったとカイはいたずらに笑った。
ミオは海が怖くてほとんど近づかなかった。
一人ぼっちで泣いていたはじまりを思い出してしまうからだ。
泳げないのも相まって、海沿いの町に暮らしながらも海を遠ざけていた。
鈴の音は聞こえても耳鳴りでしかなかった。
カイの言葉が理解できないまま、ミオはこれからの願いのことを必死に考える。
幸せの道を歩いていくために、ミオは孤独だった過去を振り返ったりしない――。
「助ける。わからな――」
言葉が飲み込まれる。
海から波が押し寄せて、泉の水面が揺れた。
想いは波に溶けるようで、甘ったるい。
唇が重なると少しだけしょっぱい味がした。
「本当はオレもあきらめたくない」
顔をあげたカイの表情は晴れやかだ。
「ミオに再会して欲が出た。――海獣に負けてたまるかってな」
「カイ、強い。大丈夫」
(私が知っているカイはやさしくて、強い人。みんなに愛される私たちのリーダーだ)
言葉がわかったとしても、ミオが出せる答えなんて一つしかない。
助けてもらった。
今度は私が助ける。
もうあきらめるのはいやだから。
一人では踏み出せなかったかもしれない。
今のミオには、恋も友情も、旅へのロマンも詰まっている。
背中を押してもらえたからもう迷わない。
欲しいものには全力で手を伸ばそうと決め、ミオは自分を縛っていた鎖から解放した。
「ずいぶんといちゃついてることで」
二人きりの甘い空間に突如、ドスの効いた声が響く。
泉に鬼の形相をして腕を組むキアーラがいた。
突然の登場にミオは悲鳴をあげ、カイを突き飛ばす。
(なな、なんで!? なんでお姉ちゃんがここに!?)
「なんだ、またお前か。ストーカーか?」
「わがまま娘に付き合っているとこうなるんだよ」
「マルティーナ!? わがまま娘って誰のこと!?」
ケラケラと笑うマルティーナをキアーラがふくれっ面になって叩く。
この人魚たちは納得するまで追いかけてくるだろう。
《カイを助ける! 方法教えて!》
《そんなの知らないわよ! ミオが殺すべきなんだから!》
《殺すんじゃなくて、た・す・け・る!》
仏の顔も三度まで。
いや、三度目の正直だ。
すっかり怖いもの知らずになったミオは、笑顔のまま人魚たちを離すまいと手を伸ばす。
ミオに手首を捕まれたキアーラが瞳に涙をいっぱいに溜めて、ぶるぶる震えだした。




