第29話「私のはじめて」
「キライキライ! カイ、大嫌い! 知らない! きら……」
ミオが口に出来る単語をぶつける。
直球な言葉だ。
何を言っているのか、ミオ自身がわからなくなったとき、カイから荒れた息が聞こえた。
途端に、飲み込むような深い距離となる。
一瞬、時が止まったかと錯覚してしまうほどに。
濡れる。
脳が痺れるくらいの熱がミオを支配した。
「んっ……」
ゆっくりと重なった唇が離れて……珊瑚色の瞳に魅入られた。
「いやだ……」
か細い声。
カイはミオの濡れた唇を指の腹でなぞる。
鋭い身体のまま、カイはミオの背に手を伸ばし、抱き寄せた。
青色の髪がミオの頬をくすぐった瞬間、何が起きたかを理解し唇が熱を帯びた。
全身の火照りにソワソワしていると、カイが瞳を揺らしてミオにすがりつく。
「いやだ。……いやだ」
それしか口にしないカイにミオは顔をしかめた。
(そんな言葉じゃわかんない。めちゃくちゃ……ムカつく)
自分が思っているほどカイとの距離は近くなかったみたいだ。
ミオが頼りないからカイは何も言わない。
赤子を見守るような目でしか見てくれない。
唇を重ねる行為ははじめてで、それをどう受け止めればいいのかミオにはわからない。
わからないから、余計に腹が立った。
好きになったのは見てくれか、やさしさか。
考えて、答えに自嘲した。
(そんなの、全部好きじゃん)
ミオは短刀をカイの胸に押し当てると、眉をつり上げてカイを睨みつける。
「これ、いらない!」
「! ミオ!?」
カイを殺すための刃はいらない。
立ちあがって短刀を泉に放り投げる。
カイに驚く暇も与えず、ミオは口角をあげてウソを真実に変える誓いを叫んだ。
「絶対、助ける!」
――それはあまりに意地を張った行動だった。
固く結んだ唇をカイの紫色になった唇に押し当てる。
手足が震え、唇を離した途端に恥ずかしくなって目をそらす。
それでも戦わなくてはならない時があると己を鼓舞し、もう一度唇をカイの唇に重ねた。
最初は驚いて動けなかったカイだが、やがて目を閉じミオの唇を啄みだす。
身体が火照ってぼうっとする。
名残惜しそうに唇が離れると、ミオは真っ赤になって唇を手の甲で隠した。
「はじめて、だった!」
これは八つ当たりだ。
ちゃんと伝えたいから、下手くそな言葉でも全力でぶつけていくしかない。
「守った。カイ、はじめて」
「……うん」
言葉の通じないミオを守ってくれた。
周りから指をさされ、孤独に泣き叫ぶように暴走した。
自分を大切にする方法もわからず、嫌われることに慣れていった。
そんなミオに染み入ったのはカイのやさしさ。
船の仲間たちの笑顔が強張っていたミオの心を開放してくれた。
「ごめん」
「それ、やだ」
ミオの言葉にカイはうろたえる。
抱きしめられると、肌がチクチクした。
下手に動かせばミオの柔肌などスパッと切れてしまうだろう。
傷つけないようにやさしく包み込むカイに、ミオは気持ちを言葉に変えていった。
「私、カイ、好き。さみしい、嫌。守る」
(ずっとさみしかった。あの世界で私の心を大事にしてくれた人はいない)
この世界を訪れたミオの拙い言葉を拾ってくれた。
それがミオにとってどれほどうれしいことだったか。
「大丈夫。大丈夫だよ」
(こんなにも不思議なことがいっぱいな世界だ。カイを助ける方法だってきっとある)
「ありがとう、カイ……」
鮮やかさに飲み込まれるかと思った。
それくらいにギリギリのところで身体を引き寄せられる。
こちらの気なんて窺うこともせず、舌を舐め、だんだん激しく押し合うように口づけし、舌を軽く絡ませてきた。
息継ぎなんてものはさせてもらえなくて。
ただその熱さにうずくような歓びが体中に駆け巡っていた。
「――好きだ」
隙間なく触れていた唇が離れて、溢れた愛情の言葉。
目を見開いて、一瞬息がとまる。
瞬きをくりかえしてじっとカイの唇を見つめた。
青紫色になっていたはずの唇に血色が戻っている。
ぎらついていた赤い目も、やわらかさを取り戻して珊瑚色だ。
いつも通りのカイを見て、ミオの身体から力が抜けた。
トロンとして崩れてしまいそうなところを、カイが支えてミオの身体を抱きあげる。
「ひゃっ!?」
「ありがとう、ミオ。ありがとう」
「カイ、おろして……」
「やだ」
月が真上にくる。
一面に咲いていた白い花が光を浴びて、淡く蛍光に輝いた。
幻想的な世界で一等級にまぶしいのは好きな人の笑顔だった。
(し、死ぬかもしれない)
この世界にきて、ミオははじめて死を意識した。
鼻の奥がツーンとして、胸はむずがゆくて、いたたまれずにミオはカイを抱きしめた。
(誰かに後ろめたさなんて感じる必要はない。私はここにいたい)
自分を雑に扱ったりしない。
誰になんと言われようが、自分の意志で「この世界で生きよう」と決意した。




