第28話「キライ」
勢いにのって背を向け走りだし、腕まくりをした。
後ろでキアーラが騒ぐ声が聞こえたがそんなものは無視した。
今、すごくカイに会いたい。
その想いだけがミオを突き動かしていた。
ランタンを手に岩場を越えていく。
洞窟に入ると先は真っ暗で、足元を見るのが精一杯だ。
荒い道は歩き慣れていないので、一歩一歩が慎重になる。
こわい……だけど逃げたくない。
ミオはランタンの持ち手を握りしめて前へと進んだ。
『ひぃ!? ……ぎゃあああ!? 無理! こわっ! いやあああ!』
虫がキモチ悪い。
時々羽音が耳元をかすめる。
こんな真っ暗な場所で、その先に身を隠すカイがいる。
今まで何度こうして身をひそめていたのだろう。
何でもないように笑っていることの辛さ。
ミオがわかる面もあれば、わからない面もある。
わからないままで、焦がれていたものを失うのは嫌だと歯を食いしばった。
(変に強がったりしない! もう欲しいものから目を逸らさない!)
今度はミオがかえしていく番だ。
海獣だから殺せと言われて納得できるほど、ミオは現状を理解していない。
レッテルを貼られて苦しい気持ちはミオが一番知っている。
カイが何をしたいのか、まだミオは聞いていない。
だから簡単には諦めない。
――リーン、リーン。
光が見えた。
二人の音が繋がった。
潮の香りに混じって甘い香りがする。
あの白い大きな花弁の花を見たい。
やさしい香りに包まれて、焦がれるブルーに手を伸ばしたかった。
「カイッ!!」
開けた場所に出ると視界が眩しくなり、一面が真っ白になった。
反射的に閉じた目をゆっくりと開くと、どんよりとした青色が広がっていた。
(これは一体?)
「……ミオ?」
何がどうなっているのか整理しようと、ゆっくりと深呼吸をした。
言葉が詰まって何も出てこない。
カイの腕が青黒く染まり、鱗に包まれていた。
爪は鋭く伸び、口元では牙が尖っていた。
下半身も同様にとげとげしい見た目となっていた。
珊瑚色の瞳がいつもより鋭かった。
まるで血に飢えた獣のように見えた。
「なんで……ここに」
リーン、リーンと、音がまだ聞こえる。
今までミオから聞こえた音が、カイから届く。
これはミオとカイの心臓が繋がっている証かもしれない。
禁忌の魔法だというならば、ミオはまず音を知る必要がある。
思いきってカイのトゲだらけの身体に飛びついた。
「ミオッ!? バカ離れろ!!」
「やだ!」
鱗が肌に触れ、ちくりと刺された痛みが走る。
(うぅ、痛い。痛いけど!)
カイを失うよりマシだと踏ん張って背伸びをした。
青黒い肌が侵食して、カイの首まで覆っている。
ずっと痛みを我慢していたの?
あなたの痛みを知りたい――。
「カイ。魔法、なに?」
「……人魚に会ったのか?」
震える声で問われ、ミオはうなずくとカイの頬に触れる。
「海獣。海、壊す。カイのこと?」
「……そうだ」
カイがミオの肩をそっと傷つけないように押す。
やさしい拒絶だ。
「いつ、飲まれるかわからない。人魚に会ったならよかった。……オレを殺してくれ」
心臓が激しい動揺に音を鳴らす。
「オレを殺せるのはミオだ。もしくは……」
「いいや」と、カイは首を横に振って言葉を濁した。
「海獣になる前に間に合ってよかった。頼む。どうか、殺してくれ」
凶器のような手でミオの手に触れる。
握らされたのは、いつか見た心臓を突くための短刀。
姉のキアーラに渡されて拒否した短刀を、なぜカイが持っている?
「海獣化は止められない。オレは君を取り戻せればそれでよかった」
(取り戻す?)
「死ぬとわかっていた。だから……もういいんだ」
――死ぬ?
カイも、死を選ぶの?
――プチッ。
そんな音が鳴るのは必然だった。
たった一言でミオの中にフラストレーションが募る。
苛立ったミオはカイの頬を平手打ちすると、血走った目をして睨みつける。
『ふざけんな! 死ぬとわかっていた!? なに余命ドラマみたいなセリフ言ってるの!? ばかじゃないの!?』
「えっと……ミオ?」
『あーもう! もういい! 知らない!』
怒りをコントロールするのは難しい。
エルダが自制するのを目の前で見たくせに、いざ自分がそれをしようとすると上手くいかない。
口から出てくるのは長年必死に叩き込んだ元の世界の言葉。
カイには通じないメッセージ。
(ムカつくムカつく! そうやって私を蔑ろにするんだ!)
ミオの気持ちも聞かず、勝手に決めて。
自己完結をするカイにミオは募った苛立ちを爆発させた。
「キライ……!」
出てくる辛辣な言葉。
本音とは真逆の言葉でカイを突き刺すことだけを目的としていた。




