第27話「大好きを言える相手」
見た目とは裏腹にキアーラの物言いは鋭い。
海獣を殺すべきはミオだと、責任をとるように要求してくる。
妹として愛情を向けてくれてはいるが、まずは海獣の始末を優先したいようだ。
直接届く声はエルダにも聞こえるようで、初めてのことに驚き、耳に手をかざしては周りを見回していた。
キアーラの嫌悪がにじむ態度に、ミオは強気に睨み付ける。
《私に殺せと言いたいの?》
その問いにキアーラは表情を曇らせる。
《……何も覚えていないのね》
ついにはさめざめと泣き出してしまい、これでは話が進まないとマルティーナが呆れつつ慰める。
キアーラでは話にならないと、マルティーナが代弁をした。
《お前は禁じられた魔法を使い、あの男を生かした》
(なにそれ……。カイを生かした?)
禁じられた魔法とはいったい何なのか。
意味がわからないとマルティーナを睨む。
《心臓を繋いで命を助けた。一つの心臓を二人で共有する。……代償としてお前は異世界へ流され、理不尽な孤独を強制された》
「あなたたち、何を言ってるの? 異世界? 代償?」
人魚とはじめて対面するエルダは、まったく話が理解できないようだ。
表情をこわばらせてマルティーナの話を妨げると、それを不快に思ったキアーラが眉をひそめて舌打ちをした。
《人魚には禁じられた魔法がある。王族だけが扱える命を繋ぐ魔法よ。シーナはそれを使ってあの男を助けた》
「それは……ミオちゃんが人魚だと言いたいの?」
「そうだ」
エルダの問いにマルティーナは断言する。
驚きの連続にエルダは額に手をあて、足元をふらつかせた。
ミオがエルダを支えると、エルダは目を真っ赤にしてミオに笑いかけた。
「はじめから敵うはずなかった……」
震える声。
弱々しく、物思いに沈んだ微笑みにミオはエルダの想いを確信した。
今までエルダとの関係を壊したくないと、カイへの恋心を押し殺した。
カイと上手くいってほしいと身を引いた。
二人とも大好きな気持ちに偽りはない。
幸せになってほしかった。
――それは本当にエルダのためであり、友情なの?
少なくとも今、泣いているエルダを前に逃げたくなかった。
「エルダ。私、カイ好き」
その言葉にエルダがハッと顔を上げる。
大きく見開かれた目が一途にミオを見つめ、やがて「困った」と微笑みをみせた。
「うん。知ってるよ」
エルダの手がミオの頬に触れ、そっと涙を拭う。
あたたかい人肌にミオは目を閉じ、エルダの手に指先を触れさせた。
「大丈夫。さっきね、きれいさっぱり振られてきた」
辛いのに、エルダは笑みを絶やさない。
泣いたとしても、悲しみに徹することはない。
粉雪が降り積もるような切なさに、ミオが泣きじゃくっていた。
最低だとわかっていても、エルダの強さに泣かずにいられない。
ミオとエルダでは悲しみの基準が違うんだ。
孤独に耐えてきたミオは、人肌に触れると途端に泣き虫になる。
エルダはどんな時に泣くのだろう?
答えはまだまだ得られそうにない。
「あたしはミオちゃんも好きだから。仲間には幸せになってほしいと思って当然じゃん?」
この世界にやってきて、最初からミオにやさしかったカイ。
過度なスキンシップに怖いと感じ、緊張で身を縮めたこともあったが、穏やかなまなざしに心の紐は解けた。
大切にされた記憶がない。
無条件に優しくしてもらったことなんてなかった。
パニック状態だったミオに寄り添い、ミオの世界を広げてくれた人。
たくさんのやさしさを受け、愛情を知った。
好きにならない方が無理だとミオは葛藤し、想いを閉じ込めた。
ミオがずっと求めていたものは”居場所”だった。
心を打ち解けることの出来る相手であった。
ここにいてもいいんだよ、と許されたかった。
その象徴がジュリアとエルダとの友情であり、これ以上望むのは我が儘だと自戒した。
エルダにも幸せになってほしいと、ミオは退くことを選んだ。
――それはエルダにとっても同じと知り、涙が止まらなかった。
「ミオちゃん。カイを助けてあげて」
エルダの言葉にミオは唇を震わせ、ゆっくりと微笑んだ。
お互いにうなずきあって、気持ちを確かめた。
「ありがと、エルダ。大好き」
「あたしもー。あたしもミオちゃんが大好きだよー」
くすぐったさにミオは鼻のてっぺんを赤くして笑った。
何度も心の中でエルダに謝った。
だけど伝えるべきは感謝であり、謝罪ではないとあえて口にしなかった。
もう自分を隠さなくていい。
知らないことは知っていけばいい。
何もはじまらないから。
無知は楽だけど、はずかしいことばかりだ。
エルダの想いを受け取って、ミオは強気に顔をあげる。
黙って見ていたキアーラが腹を立てていると気づき、凛とすまし顔をして振り返った。
(キアーラさん。私のお姉ちゃん……)
「ねぇ、勝手に話をまとめないでよ! あれは殺さないといけないの!」
キアーラの主張を飲むわけにはいかない。
ミオにも譲れない思いがある。
たとえミオが殺すべき怪物だったとしても、簡単に諦められるほど弱い気持ちではない。
カイは海獣であることに苦しんでいる。
ふと、脳裏にアルノルドに連れ去られる時に見たカイの変貌が過った。
あの姿をアルノルドは”怪物”と言った。海獣の片鱗なのだろう。
ミオはなにも知らない。
守られてばかりで、今の穏やかな環境に甘えていた。
(このままじゃダメだ。ちゃんと、向き合わないと)
顎を引いて、気を整える。
――弱虫な”椎名 澪”にさよなら。
ミオは深呼吸をし、エルダの肩を押すと胸をはって人魚たちを見据えた。
「カイ、助ける! 殺す、やだ!」
「なっ!?」
ミオは人魚たちにお得意の”あっかんべー”の技を放った。




