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「それでノルン家は納得するかい?落ち着けば王の側妃にあげられるかもしれないのに」
「そうね、結婚をして3年は白い結婚とすればよろしいでしょう」
「ん?」
「だって聖女様との婚約もこれだけ急で、幼い頃からのレティシア様との婚約だって簡単に捨ててしまうのだから。いつ次の真実の愛に目覚めるかわからないし、もしかしたら再婚約のお話が出ることだってあるでしょう?」
「ふむ、アデリーヌは、もしやレティシア嬢やベルガルドが嫌いだったのかね?」
それでは誰も幸せにならないし、むしろ嫌がらせに近いと言いかけて、きょとんとした顔のアデリーヌに息をのんだ。
そうだ、この子はこれから死に行く。
愛する者と一時でも過ごせる時間の価値が、この後も人生が続く私たちよりもずっと、重い。
「いや、私の勘違いだ。あとは二人次第、ということだね」
そう、これからも生きていく二人には、自分たちで頑張ってもらえば良いのだ。
「変なお父様ね。そう、レティシア様にだってご自身の考えがあるでしょう。もしかしたら、王城の廊下では愛しく想っても、いざとなればベルガルドを受け入れないかもしれない。婚約して1年は落ち着かなくても、結婚してからの3年は、考えるにも、準備にも十分な時間よ。ベルガルドは自分が有責の離婚にだってレティシア様が望めば喜んで応じるでしょうし。いっそ専属の護衛をお雇いになるつもりでいたって良い。ベルガルドは、どんな形でだってレティシア様のお側にいられれば良いと言うはずだから」
「そうだね、二人のことはそれで良いだろう。それで、アデリーヌ?私の可愛い娘よ、お前は本当に戦場に行ってしまうんだね?」
園遊会につく騎士の枠は、伯爵が娘のために無理矢理こじ開けた命綱。
他にも同様のことを考えた者がいたのだろうか、時間がかかるかもしれないとの予想に反してあっさりと要求が通った。しかし、それを娘はぽんと他の者に譲ってしまう。
「父上だってわかっていらっしゃるでしょう?私は、令嬢としてよりも、騎士として生きる方が家のためにも国のためにも役に立ちます」
「・・・お前を、誇りに思っているよ」
「私も、私を誇りに思うわ。帝国は、武功をたてたものを敵味方問わず讃える習わしがあると聞きますし、私の北壁騎士団で聖騎士の活躍を霞ませてみせましょう」
ペイシェル伯爵家は中立派の貴族家だ。どちらに傾いてもいけない。そのために息子たちは王都騎士団に所属して第一王子派とし、娘は第二王子派として北壁騎士団に所属させた。
この戦争で武功をあげて、自分がいなくなる代わりに娘は第二王子派閥の重鎮の令嬢、王子の元婚約者と縁を結ぶ息子を用意したのだ。
ノルン家に令嬢の盾となる騎士を、ペイシェル家には欠けた子どもの代替となる養子を、そして王家には先陣を切った事実と、思惑通りには聖騎士を活躍させないという牽制を。
完敗だな、とペイシェル伯爵は娘に負けたという事実を受け入れた。
サラサラと万年筆を滑らせ、全ての書類にサインをいれる。
手で合図をして侍従を呼び寄せ、書類を渡して執務室に置くように言いつけると、伯爵はまたアデリーヌをじっと見つめた。いつの間にか艶やかに笑うようになった娘を。
「アデリーヌ」
「はい、父上」
「私はね、政略から結んだ縁ではあったが妻になってくれたエヴァを愛していた。彼女が遺してくれた子ども達のことも一人残らず愛している。私なりに、という意味ではあるけれど。だから、いま、少し感傷的になってもいる」
こんな時ですら1時間しか時間を作ってやれないくせに、と自嘲気味に笑う父親を、アデリーヌは微笑んで許す。
ベルガルドの名を口にするときにのる温度に、父もきっと気付いたはずだから。
手の届かない恋をした男に、手の届かない恋をした。
愚かな娘を、父も許してくれるということなのだろう。
「アデリーヌ、多少のことには目をつぶろう。もみ消す必要があるならばもみ消し、必要なものがあるならば取り寄せよう。女の身で戦場に立つと決めたのなら、悔いのないようにしなさい」
「・・・はい、父上」




