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霊跡

 同じ頃、ソマスはエイリーンの死などつゆ知らず、ダイダーラと対峙しながら必死に知恵を絞り出していた。


(一体、さっきは何が起きた……?)


 ソマスは鎧の胸部に付いた傷をちらりと見やり、唇を噛む。


 先ほど二人がすれ違う間際、ソマスは自らの神秘術"アダムの傲岸"で増幅した剣撃をダイダーラに向かって放ったつもりだった。しかし次の瞬間、衝撃を食らっていたのはソマスの方だった。咄嗟に防御の神秘術を発動したから身は助かったが、その威力を完全に減殺しきることは出来ず、鎧に大きく傷がつくことになったのだった。


 信じがたいが、ダイダーラが使った魔術はソマスの神秘術"アダムの傲岸"と全く同じ作用をしていた。たまたま似た作用の魔術が伝わっているという可能性もあったが、ソマスは別の結論に行きついていた。


(自身が食らった神秘術・魔術を跳ね返すことができるのか)


 そして、跳ね返す攻撃を聖遺物で強化する。いや聖遺物だけではない。聖遺物を更に強化する何物かを所持している。大量の跡鉱氷がバーカーヤトに運び込まれているという情報はソマスも入手していた。それと今目の前でダイダーラに尋常でない力が漲っていることを併せて考えると、理論上その存在が示唆されていた聖遺物の強化具を遂にチェルシャラン朝が完成させたと考えるのが自然だった。


 ともかく。ソマスは剣を構えなおす。神秘術を跳ね返されるなら、迂闊に神秘術を使うのは禁物だ。それならそれでやりようがある。純粋な武術勝負でも負けるつもりは全く無かった。


「奇襲のつもりだっただろうが、あてが外れたな! 既にお前の術は見破った!」


 ソマスは再び馬を走らせてダイダーラに接近していく。すると、ダイダーラは槍を構えようともせず、顔にうっすら笑みを浮かべたように見えた。その様子にソマスは違和感を覚える。もしかして、まだ明らかにしていない技を隠し持っているのかもしれない。念のため盾を前に構えながら馬を進めると……


「なっ……!?」


 盾が敵に向けている側から徐々に砂となって崩れ落ちていく。ソマスは慌てて盾を手放し、馬の片腹を蹴って方向転換する。横目で捨てた盾の様子を見ると、それは形を失って砂漠と同化しつつあった。恐らく、あのまま突っ込んでいたら今頃は全身が砂に変えられていた。流石のソマスも背筋が凍った。


(別の魔術? 魔術を二種類以上使えるのか……?)


 理論上、神秘術。魔術の類は一人一種類しか使えないと決まっているわけではなかった。全ては訓練次第なので、齧ってみるだけなら別に何種類でも可能だ。しかし、神秘術を大成させようと思うなら、やはり一種類に絞って鍛えるのが必要だった。


(とすると、敵の使う魔術は二種類ではなく、今まで食らった神秘術・魔術を模倣する、という一種類の魔術を使っていると考えた方が良いな)


 そして、そっちの方がソマスにとっては絶望的な状況だった。こちらにしてみれば、ダイダーラが今までどのくらいの神秘術・魔術に接してきたのか分かりようがない。もしかして、あまりに多くの神秘術・魔術を取り込み、誰も到底敵わない戦士にまで成長しているのではないか……と想像しかけて、すぐにその可能性は無さそうと思い直した。そこまで圧倒的な存在なら、技を出し惜しみしてこちらを欺くなんてことはせず、最初から取り込んだ神秘術・魔術を駆使して一方的に攻めてくるだろう。それをしてこないということは、ダイダーラの力も絶対的ではない。


 とはいえ、自分一人で奴を倒すのは骨が折れることには変わりなかった。ソマスは余裕をもって間合いを取り、慎重に相手の出方を窺う。奴にはまだ隠し持っている術がある可能性が高い。こちらから攻めに出ていくことは出来なかった。


「どうした、俺の術を見破ったんじゃなったのか。お前が来ないならこっちから行くぞ!」


 ダイダーラが槍先をこちらに向けながら突進してくる。よく見ると、奴の周りで小さい砂嵐のようなものが形成されていく。恐らくあの砂嵐に巻き込まれてはいけないのだろう。ソマスも馬を駆けさせて相手から遠ざかるとともに、途中で旋回してうまくダイダーラの背後に回り込もうとする。それを阻止せんと、ダイダーラは槍を振るう衝撃を増幅してソマスの進行方向に向けて放ってくる。その攻撃はソマスの"アダムの傲岸"を取り込んだものだ。


(全く、ふざけやがって)


 本来ターリエ家だけのものの筈の神秘術を多用され、ソマスは苛立ちを覚えながら防御の神秘術を発動する。「黒曜の亀甲・霊跡」で強化された衝撃の威力は強く、ソマスの動きは一瞬止まる。ダイダーラのそこに砂嵐が迫ってきた。


(その手は食わぬ)


 ソマスはうまく馬を操って砂嵐に呑み込まれるのも回避する。しかし、更に黒い靄がソマスの目の前に突然現れ、避ける暇も与えずに顔の周りにまとわりついてきた。


(やはり、まだ何かを隠していたか……何だこれは……)


 未知の事態に冷静に対処するべく、息を吸って落ち着こうとしたところでソマスは、自分が呼吸を出来なくなっていることに気づいた。正確には、吸っても吸っても肺臓の中に空気が入ってくる感覚がしない。このまとわりついている黒い靄のせいか……。ソマスは防御の神秘術を発動してそれを消そうとしたが、完全に消すことは出来ず、相変わらず息は苦しいままだった。


(どう……する……このままでは……意識が……)


 ダイダーラの槍が迫ってくる。一撃目はなんとか無意識に剣を振るってかわすことが出来たが、二撃目は避けられそうもなかった。やられる——そう覚悟した時だった。


 ダイダーラが急に向きを変え、何かに警戒して雄たけびを上げる。ソマスも同じ方を見てみると、ぼやける視界の中に淡くくすんだ白い光が広がってきた。あれは聖遺物「鈍白の霹靂」の光だ。ということは……。


「お前がダイダーラ・シェンか! この私が相手だ!」


 その声の主イレーネ・ルン・フィーラは、身の丈の三倍もある長槍を突き出してダイダーラに襲いかかる。ダイダーラは自分の槍でイレーネの槍の向きを逸らし、攻撃を免れる。これに対してイレーネはそのまま馬ごと体当たりするような形で相手にぶつかっていった。ダイダーラは体勢を崩して馬から落ちていく。すかさずイレーネは馬の向きを変え、ソマスのもとへ駆け寄ると彼を引っ張って自分の馬に乗せ、その場を一旦離脱するべく駆け始めた。


「ちょっとソマス大丈夫? しっかりして!」


 イレーネの呼びかけにも、息が詰まっていて答えられない。しかし段々敵から遠ざかるうちに、黒い靄も薄れていってソマスは再び呼吸の自由を取り戻した。


「はぁ……はぁ……イレーネ、どうしてここに?」


「南の方はあらかた片付けたから、私だけでもこっちに来た方が良いと判断したの。どうやら正解だったみたい」


 エリーゼを倒した後、イレーネと私は旧ズィーメリー騎士団勢と交戦中のシェッカウィ勢に向かって突撃し、散々に打ち破って形勢を逆転させた。その後、示し合わせた通り私はロアフォーレン侯領の兵をかき集めて敵本陣へ向かい、イレーネはソマスたちを援護すべく北へ向かった。そして、来てみればソマスが苦戦している様子が見えたため、慌ててイレーネ単騎で飛んできたというわけだった。


「エリーゼさんは……既に殺したわ。ランクテちゃんも手伝ってくれてね」


「そうか」ソマスは敢えて何の感情も込めなかった。「そしたら、残る敵の聖遺物所持者はあいつだけだな」


 馬が調子を落としてぐらつき始めたため、二人は馬を降りた。よく考えれば先ほどイレーネが馬ごと体当たりしたため、かなりダメージを負わせてしまっていた。これで、ソマス、イレーネ、ダイダーラの三人は全員徒歩になった。

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