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三輪、咲き乱れる

 私は再び前方に視線を向ける。イレーネ勢はエリーゼ勢と戦闘状態に入ったようだった。敵兵士たちはイレーネ勢の先頭を包み込むように展開している。きっとイレーネを狙い撃ちにしているに違いないと私は直感的に確信した。


「休んでる暇は無いぞ! 異教徒へとなり下がったエリーゼを討ち、イレーネさまをお助けする! デウス・ウルト!」


 私は馬の腹を蹴って速度を上げる。こちらの兵士たちはシェックァウィ勢と散々戦い続けて既に皆へとへとだ。私自身、槍と盾を持つ腕が別人のもののように感じられる。だが、ここで立ち止まってしまっては今までやってきたことが無駄になってしまう。私は歯を食いしばって精一杯の力を振り絞った。


「イレーネさまぁぁ!」


 私は動きを速めつつ、真っ先に視界に入った敵騎兵に馬ごとぶつかっていく。相手は思わぬ方向からの攻撃に面食らったようで、体当たりだけで馬から落ちていく。続けて後続の敵兵も槍で一突きに倒すと、敵の隊列の真ん中を横切る形で私はイレーネのもとに辿り着くことができた。


「ランクテちゃん、どうしてここに……」


 イレーネは目を見開いて私を見た。


「イレーネさまを助けに来たんです! 死んじゃ嫌です、イレーネさま!」


 私は彼女の姿を見るとホッとして、何だか泣きそうになった。でも、ここは戦場の真っ只中。イレーネと合流できたからとて、この状況を切り抜けられるかどうかは全く分からなかった。


「ランクテちゃんは敵兵を一掃して。エリーゼさんは、私が倒す」


 イレーネに言われて、私は周囲を見渡す。ロアフォーレン侯領勢の兵士たちとエリーゼ勢の兵士たちが次々とぶつかっていく。最初は奇襲を受けて動揺していた敵兵士も徐々に落ち着きを取り戻し、迎え撃つ態勢を整えつつある。やはり私が味方を率いてやらねばなるまい。


「分かりました。どうかご無事で……」


 私は後ろ髪を引かれながらも馬首を返して混戦が起きている場所に向かっていく。一人取り残されたイレーネに、おもむろに近づいていく影があった。


「エリーゼさん……」


 イレーネは剣を抜いて盾の後ろに隠すようにして防御の構えを見せる。イレーネが槍を失った今となっては、エリーゼの方がより遠くの間合いから攻撃を仕掛けられる。一気に決めてやろうと思ったのか、エリーゼは槍を突き出しかけたが、イレーネから仄かな熱を感じて慌てて槍を引っ込めた。


「危ない、また同じ罠に引っかかるところだった」


「流石に、二度は通用しませんね」


 決闘裁判で見せた小細工をもう一度再現したが、相手は覚えていたようだ。


 イレーネは剣を構えて相手に向かって突進していく。高温の熱を帯びたその剣は、下手に受ければその受けた武器が破壊されてしまう。エリーゼはその剣を盾で受けることを選択した。すれ違いざま、イレーネの剣を受け止めると、盾は高温に耐えかねてどろりと溶け出す。エリーゼは素早く盾を捨てると、すれ違った後のイレーネに向かって槍を投げる。イレーネは咄嗟に避けることはできたものの、その槍に帯びさせていた雷が彼女の付近で放出された。これはイレーネでも防御の神秘術が間に合わず、雷は彼女の左肩に当たった。


「ううっ……」


 一発当たっただけだったが、物凄い衝撃だった。イレーネは痺れて動けない。エリーゼは失った槍の代わりに剣を抜いて向かってくる。イレーネは痺れながらも炎を発生させて相手を近づけまいとした。エリーゼはそれを難なく神秘術で防御する……かと思いきや、炎の全てを防ぎきることはできなかったようで、咄嗟に身を庇って火傷したのか、左腕をやや気にする動作を見せた。


(互いに、霊漿液が足りなくなってきている)


 とイレーネはみた。聖雲氷は多少熱で消耗しても大丈夫なように新品を十分な量搭載しているため、問題はやはり霊漿液の残量の方だった。当然、また分泌されてくるのを待っている暇はない。ここからは神秘術も使いどころを考えなくてはならない。その状況は相手も同じはずだった。


 エリーゼは火傷の痛みに耐えながら駆け続け、イレーネに向かって打突を繰り出す。イレーネの方も徐々に痺れが取れてきて、辛うじて盾で打突を防ぐことができた。エリーゼは一旦駆け抜けた後再び振り返ると、もう一度剣を構えて突進する。そして今度はすれ違いざまに至近距離で小さな雷を放ってきた。


 消費する霊漿液は抑える反面、至近距離で放ったことで自分の肉体も打撃を被る捨て身の技だった。


(あっ……!)


 イレーネは防御の神秘術を発動し、自分の肉体に対する落雷は防いだ。しかし落雷は彼女の乗る馬に当たり、馬は激しく暴れ狂った。いつもなら多少の暴れ馬は乗りこなして見せるイレーネだったが、ここまでの疲労と相まって体の制御を失い、彼女は地面に放り出された。


 その様子を、私は視界の端にとらえていた。イレーネが負ける! 彼女はまだ剣と槍を携えて相手を見上げ睨みつけているが、馬を失った彼女に勝ち目は無かった。エリーゼは満足そうに微笑み、相手にとどめを刺すべく馬の腹を蹴った。


「待ちなさい! エリーゼ・シャン・クロー!」


 瞬時に体が動いていた。そこにはもう熱く燃え滾るような戦意は無く、ただ冷たい殺意だけがあった。イレーネとエリーゼの関係は複雑だ。イレーネは必ずしも善人ではなかったし、エリーゼには防衛十字軍騎士としてソマスを支えた過去があった。それでも今ここで二人が殺し合う以上、私はイレーネを助け、エリーゼを殺さなければならない。ソマスとイレーネのいる転生十字軍が、私の居場所だから。


 私は神秘術の作用を働かせながら全速力でエリーゼに向かって突っ込む。その勢いにのせた槍の一撃を、相手は間一髪のところでかわしてくる。すれ違いざまにもう一撃を食らわせてやろうとした時だった。


「大天使ウリエルよ、異教徒となった私にもまだ啓佑をお与えくださるか」


 エリーゼがそう唱えると、彼女の体が強い青色の光に包まれた。その鎧の隙間から血が流れ出ているところを見ると、鎧の内側に仕込まれた棘を身体に相当深く突き刺しているのだろう。同時に、大量の霊漿液が、エリーゼの持つ聖雲氷を濡らしていた。


(まずい……っ!)


 私の周りで無数の小さな雷が発生する。私は防御の神秘術でそれらを防ごうとしたものの、耐えきれるはずがないと思い直し、高速で移動して逃れようと試みた。しかし雷の落ちる速度の方が遥かに上回っており、一個の雷が私の背中に落下した。


 体が全く動かない。息を吸うのすらうまく出来ず、私はよだれを垂らしながら口をパクパクさせる。幸い、腕や手も硬直してしまったため、槍を取り落とさずに済んだ。


 とはいえ、すぐに対策を打たないと、エリーゼにやられ放題になってしまう。私は何とか足を動かせる範囲で動かして馬に指示を与え、反転させる。すると、相手がこちらに槍を向けながら突進してくるところだった。


(やられる!)


 だが、そうはならなかった。


 突然目の前が明るくなったかと思うと、耳をつんざくような嘶きとともに、エリーゼの乗っている馬が全身を火に包まれた。


 エリーゼの肩越しに、イレーネが血を流しながら大きく息をしているのが見えた。イレーネも血液ごと霊漿液を絞り出して、渾身の神秘術の一撃を放ったのだ。エリーゼの乗っている馬だけを狙ったことで、相手の動きを止めるのに最大の効果を発揮していた。


 エリーゼが死にゆく暴れ馬から落下していく。そしてすぐ起き上がって反撃の態勢を取ろうとするが、度重なる身体へのダメージと血液の不足から、一瞬立ち上がるのが遅れたのを、私は見逃さなかった。

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