エリーゼ来襲
エリーゼが罵声を吐きながら突進してくる。北に向かって走っているイレーネを、エリーゼがやや西に抜けて後ろから並走してくる形になった。
(まったく、この女の私に対する執着はどれほど強いのか)
イレーネには、エリーゼの根底に歪んだ愛情が潜んでいることが分かっていた。イレーネとて防衛十字軍では居場所が無かった。何かが違っていたらエリーゼとは友人になれたかもしれないと思わないでもない。ただ、エリーゼはどこか変に真面目なのだ。真面目さが、十字軍への違和感を改宗に至らせ、歪んだ好意を執着へと至らせる。イレーネには色んなことがどうでもよかった。「救世主の教え」を守る気も無ければ積極的に刃向かう気も無い。ただ、自分が求めているものがそこにあれば、それでよかった。
(だけど、あんたとの決着はここでつけないといけないようね。エリーゼさん……)
エリーゼの隊千五百人は、彼女と同じように改宗して自然崇拝者になった者たちだけで構成されている。シュレーン人が中心だが、イクストル人も混じっている。皆、改宗を選んだだけあって、十字軍という存在について思うところはあるようだった。転生十字軍と戦わなければならないことについても既に受け入れ切っているようで、何でもないといった風に槍を振るってくる。むしろ、イレーネ勢の兵士の方が若干の戸惑いを感じていた。
「イレーネを囲いこめ!」
エリーゼが指示を飛ばす。エリーゼ勢はイレーネ勢に横から突っ込み、その先頭の方だけを後続から分断していた。そして突破を果たしたエリーゼ勢が北に旋回することで、分離した前側、つまりイレーネとごく少数の転生十字軍兵士を包囲することに成功しつつあった。
不利な状況に陥っていることに気づいてイレーネも何とか馬を駆って逃げ切ろうとするが、既にエリーゼ勢の兵士が四方八方から襲いかかっていた。
「大天使ラファエルよ、この者らに戒飭をお与えください」
白くまぶしい光がイレーネの甲冑の中から発せられ、同時に爆発的な炎が周囲の兵士を包み込む。聖遺物「鈍白の霹靂」によってイレーネの神秘術の力が増幅された結果だった。炎を浴びた兵士たちは瞬時に炭化し、砂漠の砂に混じっていった。
「ひるむな、攻撃を続けろ!」
エリーゼは自らの配下を叱咤する。イレーネに神秘術を使い続けさせ、霊漿液が消耗するのを待つ策なのだろう。実際、今の調子で神秘術を使っていたら、霊漿液の枯渇は時間の問題だった。しかし、兵士たちは怯え上がってしまい誰もイレーネに近づこうとしない。仕方なくエリーゼ自らがイレーネに向かっていく。イレーネもその因縁の騎士の姿をはっきりとみとめて、槍を構えた。
「エリーゼさん……」
殺意を込めた視線と視線がぶつかり合う。両者とも、今更そんなことで怯むことはない。ただ、本当に目の前の相手を殺したいと思っているのだということを互いに確認し、実感した。
エリーゼが鎧の内側から青い光を発し、周囲の空気が小さな雷を帯び始める。クロー家に伝わる神秘術"ウリエルの啓佑"だ。いや、今となっては魔術と呼ぶべきだろう。その力が彼女の持つ聖遺物「紺碧の竜鱗」によって増幅されていく。イレーネの方も鎧の内側に仕込まれた棘を身体に刺し、霊漿液を聖雲氷に流し込んで神秘術"ラファエルの戒飭"を発動した。
無数の小さな雷がイレーネに向かって落ち、反対に爆炎がエリーゼに向かって吹き上がる。それでもどちらも倒れていないということは、互いにそれを防御の神秘術で防いだようだった。その防御動作が終わらないうちにイレーネが槍を相手に突き出す。彼女の槍はエリーゼの二倍ほども長い。エリーゼがその攻撃を華麗にかわすと、懐に入られるのを嫌ったのかイレーネは馬を後退させた。
「皆、かかれっ」
エリーゼ自らの前進で勇気を得たのか、兵士たちが各個イレーネに向かっていく。彼女は自分自身の力のみでイレーネを倒そうとは思っていなかった。どんな手を使ってでも、殺す。ただそれだけだった。
イレーネが自分に向かってくる兵士たちに炎を浴びせようとした時、エリーゼはすかさず彼女のすぐ傍で小さな雷を無数に発生させた。イレーネは慌てて槍を地面に突き刺して手を放す。雷たちはその槍に吸い込まれ、彼女は事なきを得た。
とはいえ、イレーネにとって絶体絶命の状況は変わらない。彼女は包囲の一角の兵士たちを炭化させて無理やり突破口を開くと、そこから馬で包囲の外へ駆け出る。エリーゼは兵士たちと共にその後を追いかけてくる。もはやイレーネに付き従う兵士は誰一人残っていなかった。彼女の率いる兵士はほとんどが包囲の中で戦死するか、あるいは分断されてはるか後方に取り残されていた。
二人の戦いは、早くも勝敗がつきつつあった。逃げ続けるのにも限界がある。このままイレーネが味方と合流できなければ、ほぼ確実にエリーゼに討たれる。正々堂々とした勝負ではなかったが、負けは負けだ。イレーネが諦めかけた時だった。
「イレーネさまぁぁ!」
西方から騎兵の一隊が駆けてくるのがイレーネの視界に映った。エリーゼは驚いて追撃の速度を落とし、新手の騎兵隊に備えるべく向きを変える。イレーネの危機的状況に駆けつけた軍勢を率いていた騎士こそ、この私、ランクテ・シャン・ユイだった。
*
これより少し前、私たちはシェックァウィ勢の兵士たちに取り囲まれていた。三百人ほどしかない私たちは、一度勢いが止まればあっという間に敵の大軍勢に揉みつぶされてしまうだろう。じりじりと敵が包囲の輪を縮めてきて、槍先が近づいてくる。私は何とか打開策を探るが、相当の犠牲なしに血路を開くことは難しそうだった。
そんな時、ノーナムが突然奇声を発して前に躍り出た。
「どうした、ノーナム!」
私は最初、彼が苛酷さのあまり発狂したのかと思った。だが、その軟弱騎士の闘志は本物で、普段出したことのない大声を張り上げたのだった。
「ランクテさまは先に進んでください! 僕たちが隙を作ります!」
ノーナムの言葉に私は困惑する。戦闘力に乏しい彼が敵と戦って隙を生み出すなんてできるわけがないと思ったからだ。
「おい、お前に一体何ができる」
と私は忠告したものの、彼は既に動き出していた。
「僕だけでは何もできません。心ある者は続け! デウス・ウルト!」
ノーナムが雄叫びを上げながら敵中に突っ込んでいくと、数十人の兵士が同調して走り出す。敵も思わぬ反撃に面食らっているようだ。その者たちは意外にもすぐやられることはなく、敵の槍を払いのけて善戦し始めた。この好機を逃すわけにはいかない。
「仲間たちの犠牲を無駄にするな! 残る者たちは私についてこい!」
私は敵の囲みの薄くなった部分を槍で指し示し、馬を駆けさせる。ノーナムたちの決死の覚悟に目頭が熱くならない者はいなかった。兵士たちは懸命に槍を振るい、敵を突き、何とかシェックァウィ勢を押し分けていく。
最初に兵士たちの群れを抜けたのは、もちろん私だった。走りながらもふと振り返って後ろを確認する。ついてきた兵士の数は随分と少なくなってしまっている。シェックァウィ勢はリューク勢と戦うのに集中することに決めたらしく、私たちを追ってくるためにわざわざ人数を割くということはしなかった。
いまだ喊声が収まらない後方の戦場の中に視線を走らせてみたが、ノーナムらがどこにいるか分からない。
(あいつ、いいとこ見せようとなんかして……)
どんくさいけどいつも笑顔で、場を明るくしてくれた。できることなら死なせたくないと思う。それでも先に進むしかなかった。彼の作った機会を無駄にするわけにはいかない。




