殺敵の理
ソマスは槍を捨てて代わりに剣を抜く。得物を変えることで少しでも相手の見たことがない局面を作り出そうとしていた。
だが、セイシャルはお構いなしに次の一撃を仕掛けてくる。ここまでくると、彼も武将の血が騒ぐのか、積極的に攻勢に出るようになっていた。この時間だけは、戦争全体の勝ち負けなど気にせず、ただ目の前の好敵手を倒しにかかるのを楽しんでいた。
ソマスは神秘術を発動しながら剣を振るい、衝撃を相手に向かって放つ。セイシャルが防御の魔術を発動させてそれを防いでいる隙に、ソマスは一気に間合いを縮めて相手の懐に潜り込んだ。しかしそれに対しても、セイシャルは槍を短く持ちかえて対応してくる。迫り来るセイシャルの突きをソマスは咄嗟に払いのけようとしたが、敵の槍先がソマスの脇腹をかすり、鮮血がほとばしった。
(流石、槍の達人だ。だが……)
傷口をおさえながらソマスは急いで間合いをとる。傷がさほど重くなかったが、痛みによって動きが鈍くなることは間違いなかった。
万事休すとも思えるこの状況で、ソマスはあることに気づいていた。セイシャルが防御の魔術を使用する際に、左手を槍から離してやや前に突き出す動作をしていたのだ。神秘術・魔術を発動するのに、霊漿液を流す以外の特定の身体の動作は必要とされていない。だが、セイシャルは生身では魔術を使えない人間だ。魔術というものに慣れていないが故に、余計な予備動作を行ってしまっているのだろう。
手負いのソマスを仕留めようと、セイシャルが畳みかけるように突きを繰り出してくる。ソマスは流れ出る血液ごと霊漿液を聖雲氷にかけ、聖遺物を赤く光らせる。それを見たセイシャルは、相手が神秘術による攻撃を行ってくるものと思って防御の神秘術を発動した。その際に突き出された左手目がけて、ソマスは剣を振り下ろした。
「んおああああっ」
セイシャルが狂ったような叫び声を上げる。彼の左手は手首から先がすっぱりと切り落とされていた。残った右手でなおも槍を振るおうとするが、片手で一定の重量を持った槍を扱うのはかなり難しい。その弱々しい突きはソマスによっていとも簡単に払いのけられ、ソマスのとどめの一撃がセイシャルの首元に向かって突き出された。
「ぐ……ふっ……」
赤々とした血飛沫がソマスの顔を濡らす。セイシャルは首を貫かれたまましばらく痙攣していたが、やがてがっくりとうなだれて絶命した。その右手には、彼が自慢とする槍がしっかりと握られたままだった。
「敵ながら、見事だった……」
ソマスは労いの言葉をかけながら、そっと剣を引き抜く。そして、相手の持っていた聖遺物「翡翠の月輪」を取ろうとしたが、既に自らの持っている聖遺物「真紅の十字架」と反目しあって手に痺れを感じた。一時的にであっても、聖遺物を同時に二つ所持することは不可能だった。
「おい、誰かこの聖遺物を回収しろ」
近くにいた兵士に命じると、ソマスは更に南進して攻勢に出るべく足早にその場をあとにした。
*
その頃、ダイダーラから逃れた私は戦場からやや西側に離れたところでリュークと合流していた。
「ランクテ! 無事だったか」
リュークは私を見るなり顔を綻ばせた。彼の隊はかなり酷い損害を被ったと聞いている。他の隊も同じ目に遭っていないか心配な気持ちでいたのだろう。
「ええ。でも、パイシェンさんが……」
私はそこまで言って言葉を詰まらせる。パイシェンがダイダーラと戦い、そして紫色の光が消えていくのは私のいた場所からも見えた。フォーレンフェルの戦いの時からの戦友であり、旧ズィーメリー騎士団の騎士たちのまとめ役のような存在であった彼の喪失に、私とリュークは暗澹とした気分にならざるを得なかった。
「大丈夫だ、ランクテ。俺がついてる」
しばらく黙っていた私に、リュークがそんな言葉をかけてきた。
「何その励まし方。全然頼りになる感じしないんだけど」
「なんでだよ。結構本気で言ってるのに」
「だって……パイシェンさんだって勝てなかったのに……」
私がついうなだれると、リュークは私の両肩をがっちりと掴んできた。
「それでも大丈夫だ。俺がいれば……正確に言えば、俺とランクテでなら」
「何を根拠にそんなこと……」
「根拠は無い。ただ、信じるんだ」
リュークは私から離れると槍を手に持ち、戦場へと向き直る。既にシェックァウィの軍勢は私たちを追ってこちらに接近しつつあり、再度の衝突は時間の問題だった。敵の数はちっとも減っているように見えない。それに比べて旧ズィーメリー騎士団の軍勢は、多数の死傷者を出したことに加え、後退の際に離れ離れになって本隊に合流できなくなった者、混乱に乗じて戦場から逃げた者などがいたことで当初の半数である三千人ほどにまで減っていた。
「分かった。戦うわ。そもそも最初に戦いを始めた時だって、根拠なんか無かったものね」
母フェリーカにロアフォーレン侯領から追放され、ズィーメリー王国との国境に逃げ込んだあの夜。そこで初めてリュークと会ったのだった。あの時は本当にズィーメリー王国諸侯の軍勢を動かせるかも分からなかったし、後に転生十字軍の一翼を担うことになるとは想像だにしていなかった。未来は常に、目の前の戦いの先にある。
「準備が整ったようだな」
私の顔を見て、エイリーンが声をかけてくる。既に彼は馬上にいた。
「ええ」
私も馬にまたがり、槍を手に取る。リュークが一歩前に進み、声を張り上げた。
「いいか! 既にパイシェンはこの世に亡く、一足先に天国への道を踏み出した! 運悪く生き残ってしまった我々はもう一度戦わなければならない。今度は生き残ろうと思うな! 考えるべきことはただ一つ、殉教する前に一兵でも多く異教徒を地獄に叩きこめ!」
リュークは大きく息を吸うと「デウス・ウルト!」と叫んだ。
悲愴感溢れる演説で心に火が点いたのか、兵士たちは猛々しく「デウス・ウルト!」と復唱し始める。そのままリュークと私が駆け出すと、旧ズィーメリー騎士団勢三千が巨大な敵に向かって突撃を開始した。
*
一方、ダイダーラはシェックァウィに別れを告げていた。
「信じがたい情報だが、セイシャルが討たれたらしい。不覚をとったな……」
セイシャルの死は、ここまで完璧に戦局を運んでいたチェルシャラン軍にとって唯一の誤算だった。自信満々だったダイダーラにも、心に一抹の不安がよぎった。
「これで北側の味方が崩れ始めたらかなわん。俺は北へ向かう。お前もさっさと南側の敵なんか片付けてこっちに来いよ」
ダイダーラはそう言うと、手下の兵にパイシェンから奪った聖遺物「紫稀の祝福」をシェックァウィに渡すようにと命令しかけた。しかし、寸前でシェックァウィが南部人であることを思い出して躊躇した。まさか聖遺物の力を使って即裏切るとは思っていないが、この場限りのつもりで渡した聖遺物がなし崩し的に彼の所有物のようになってしまわないかという点が心配であった。
「聖遺物を誰が所持するかはシェラン陛下が判断することだ。その聖遺物は一旦本陣へ届けろ」
ダイダーラは最終的にそう命令を下した。
*
喊声と断末魔の叫喚が空間を埋め尽くす。死を覚悟した旧ズィーメリー騎士団勢とシェックァウィ勢の戦闘は、苛烈という言葉では言い表せないほど暴力と死が辺りを支配していた。四方から現れる敵に対し、腕が千切れんばかりに槍を振るい、敵兵の命を引き換えにすれすれのところで生を掴んでいく。たまに本当に腕がなくなっている兵士も散見された。
私とて、先ほどから敵兵の槍が迫ってヒヤリとする瞬間がいくつもあり、むしろ自分が今生きていることの方が不思議という感覚に陥っていた。




