殉教台地
「私も共に戦う!」
私はパイシェンの援護に行こうとしたが、エイリーンに止められた。
「ダメです。ここでみんなしてやられてどうするんです。パイシェンどのならそう簡単にやられたりしません。私たちはとにかく一旦下がって、兵をまとめ直しましょう」
後ろ髪を引かれながら、私は馬を走らせてその場から遠ざかる。パイシェンはくるりとダイダーラの方に向き直った。
既に周りに味方の兵士の姿はあまり見えず、パイシェンの後ろにもチェルシャラン兵がぐるりと円を描くように並んで槍を向けてきている。普通に考えれば絶体絶命の状況だった。
「一騎討ちを邪魔する無粋な奴らはご退場願おう」
パイシェンの鎧から紫色の光が放たれると同時に、黒い靄のようなものが周囲の敵兵のいる辺りを漂い始める。するとチェルシャラン兵たちは次々と喉を押さえながらもがき苦しみ始めた。
「ほう、恐ろしい鬼術を使う」
ダイダーラの方も、聖遺物より少し大きい鋼の入れ物のようなものを取り出した。それは跡鉱氷を精錬して作られた聖遺物の強化具「霊跡」だった。ダイダーラは「霊跡」に聖遺物「黒曜の亀甲」をはめ込む。
(なんだ……この感覚……?)
パイシェンは何となく、敵から発せられる強力なオーラのようなものを感じ取っていた。それは圧倒的な自信や余裕から生まれてくるのか、少なくとも容易に近づきがたい雰囲気が、ダイダーラにはあった。
(とりあえず、距離を取って慎重に戦おう)
パイシェンは馬をやや後退させる。そして、自らの聖雲氷に霊漿液を流し込むと、黒い靄をダイダーラのいる付近に漂わせた。
途端に、パイシェンは息が詰まる感覚を覚えた。思わず喉に手を当てる。息を吸っても吸っても肺臓の中に空気が入っていかない。次第に自分の体に黒い靄がまとわりついていくのが分かった。
(馬鹿な……これは私の神秘術の筈……)
苦しみで意識が遠のく中、ダイダーラが槍を構えてこちらに向かってきているのが見える。パイシェンは力なく槍を振るって対抗しようとするが、その槍は空しく払いのけられてしまった。そしてダイダーラの一突きが繰り出され、パイシェンの胸に大穴を開けてその命を吸い取った。
*
紫色の光が消えるのが、チェルシャラン軍本陣から見ても観測できた。それは「紫稀の祝福」を持つ転生十字軍の将を撃破したことを示していた。チャーマッシュはほっとして目を閉じる。
「転生十字軍よ……お前たちには何の恨みもない。だが、このイクストル地方で『太陽神の理』が結束するためには、外部の敵が必要なのだ」
チャーマッシュはそう言うと、近くにいた兵に命令した。
「ダイダーラに伝えろ。そのまま前進し続けて、見える敵全てを皆殺しにしろ、とな」
多少過激な表現の方が、あの子は奮い立つだろう。チャーマッシュが語気強く伝えると、その兵は「はっ!」と元気よく返事をして戦場へと駆けていった。
「いいのか? イレーネ・ルン・フィーラが来るまでは慎重に兵を動かすのではなかったのか?」
シェランが心配そうに訊いてくる。
「奴とて、ひっくり返せる戦況と最早ひっくり返せない戦況がありましょう。たまたまダイダーラの突撃がうまくいっていますから、その戦果を拡大する方が良いかと思いまして」
戦況は生き物のように変化していく。チャーマッシュはダイダーラの勝手な行動をも利用しようとしていた。
*
戦場の北側では、ソマス勢が丘の上に登るのに成功し、そのまま丘の斜面を下ってセイシャル勢に襲いかかっていた。セイシャル勢の兵士たちも必死に応戦するが、ソマス勢に高低差を活かされ押されていく。高いところから繰り出される槍の一撃一撃がセイシャル勢の兵士に命中し、次々と屍が積み上げられていった。
(このまま押し切れるか?)
高いところに位置どることのもう一つの利点として、戦場全体を見渡しやすくなるということがある。ソマスが遠くの方まで眺めまわしてみると、東の方から一群の騎馬隊が接近してきているのが見えた。チェルシャラン軍の一翼を担うジョルディンの少数民族キャギャ族の軍団だろう。転生十字軍側にもまだマデラウス勢、シュツッツェル勢、ポッドス人部隊などが控えていたが、それらをかき集めてソマス勢、モーガン勢に合流させても全体で八千にも満たず、敵に全然及ばなかった。セイシャル勢も数を死傷者を出してはいるものの徐々に態勢を立て直しつつある。
(やはり、我が軍が勝利するためには早々に敵の将を討ち取るしかない)
ソマスは覚悟を決めると馬の腹を蹴り、敵の只中に向けて走らせた。
「セイシャル、いるか! 私は転生十字軍司令官、港湾騎士団長ソマス・ウェ・ターリエ! 武に覚えがあるなら私と勝負しろ!」
ソマスはイクストル地方の言葉も少し習得していたため、相手の言葉で直接語りかけることが出来た。
すると、敵兵の波の中から一人の騎馬武者が進み出てきた。ソマスはその時まで彼を直接見たことはなかったが、鎧から薄い緑色の光が漏れ出ているのを見て、それがチェルシャラン軍きっての槍使いセイシャルであることが分かった。
「ソマス・ウェ・ターリエ! その勝負、引き受けた」
とだけ彼は述べた。
二人は五馬身ほど離れた距離で、しばらく無言で睨み合う。互いに、迂闊に仕掛けていけば逆に仕留められてしまうことを察していた。既に、セイシャルはポゼン・ファ・ヤートやジルド・ウェ・キュイといった十字軍騎士を討ったことで知られており、ソマスの方もレチャカーンやジェイバラハラとの戦いで名を馳せていた。簡単には倒せないという認識が、二人を慎重にさせた。
先に動き始めたのはソマスだった。時間が経てば経つほど転生十字軍が不利になっていく。ソマスは焦燥感に駆り立てられていた。相手との距離を一気に縮めたところで最大限の神秘術を発動して槍を振るう。聖遺物「真紅の十字架」によって増幅された衝撃の余波が地面に伝わって砂が波状の模様を形作る。それでも、セイシャルの持つ聖遺物「翡翠の月輪」による防御の魔術は強力だった。
セイシャルはいとも簡単にソマスの攻撃を無力化した後、すぐさま自分も攻撃に移る。ソマスが盾を構えるのをするりとかわし、盾の下側を通してソマスの脇腹付近目がけて槍を突き出してくる。ソマスは咄嗟に脇を閉め、神秘術によって肘を下げる動作の衝撃を増幅させて相手の槍にぶつけた。元の動作が大きいものではないため、そこまでの衝撃にはならなかったが、セイシャルの槍先を逸らし、間一髪で攻撃を避けるには十分だった。
ソマスとセイシャルはそのまますれ違い、また互いに向き直った。膠着状態にならないよう、すぐにソマスが仕掛け直す。今度は不覚をとらないよう、少し離れた位置から衝撃を放ってみる。それもセイシャルは防御の魔術で簡単に防いでいた。
(これでは埒が明かない。そもそも、神秘術による攻撃自体が一切無意味だ)
ソマスは一旦呼吸を整えて状況を整理する。セイシャルは魔術を扱えないものの、聖遺物を身に着けることで防御の魔術だけは使えるようになる。先ほどからソマスの神秘術による攻撃は全て無効化されているが、それも頷ける。なぜなら、セイシャルは攻撃の魔術が使えないことで防御の魔術を使うことに集中できているからだ。生身では魔術を一切使えないことが、かえって利点になっているようだった。
神秘術・魔術での決着がつかない以上、あとは武術で競うことになるが、これはソマスにとって著しく不利な話だった。セイシャルの槍さばきは群を抜いている。ソマスも純粋な槍勝負では到底敵わないと感じていた。




