ダイダーラの猛攻
足元が砂地のせいで蹄音などはあまり響かず、ただ人の声だけが辺りの空間を支配する。やがて敵の先頭の騎馬武者と槍が触れ合う位置まで来た時、私は瞬間的に神秘術で動きを加速した。呆気にとられているその武者の首元に槍を突き刺すと、そのまま敵に体当たりして馬から落とした。
周囲でも、次々と兵士たちが敵兵と槍を交わらせている。人が人を突き殺し、肉が千切れ、断末魔がこだまする。尊厳など欠片もない地獄の戦場が幕を開けた。
*
その頃、ソマスは北側の丘に向けて兵を進めていた。他より標高が高くなっているその場所は、東から西に向かって攻めてきているチェルシャラン軍を側面から衝くのに適していた。
一方敵の方も、ソマスの動きをすぐに察知した。戦場の北側にいたセイシャルが、ソマス勢のいる方向を槍で指し示す。
「あの丘を取られてはならん! あそこにいる敵を叩け!」
だが、そう叫んだ矢先、転生十字軍の一隊がセイシャル勢に向けて突っ込んできた。それは先ほどまでソマス勢と共に北側に陣を張っていたモーガン・ウェ・スーレの軍勢だった。ソマスの進路を遮らせまいと、果敢にセイシャル勢に食いついていく。そんな十字軍兵士を、セイシャルは一人一人冷静に捌き、突き殺していった。
その様子を、ダイダーラは自分の陣からもどかしそうに眺めていた。既に南側では旧ズィーメリー騎士団勢とシェックァウィ勢が、北側ではモーガン勢とセイシャル勢が本格的な戦闘が始まっているにも関わらず、ダイダーラはなお出撃命令が下らなかった。
「ええい、これでは戦力の逐次投入ではないか。親父は何を考えている」
ダイダーラは焦りを抑えられないでいた。ぼやぼやしていては戦闘が終わってしまう。そうなれば自分の手柄がなくなると思い込んでいた。
「もし俺が実の息子だから出撃させたくないのだとしたら、臣下にあるまじきことだ。シェラン帝に対する背任ではないか。俺が今ここで突撃すれば戦いは終わるのに」
明らかに間違いなことを言っているわけでもないのが、余計に質が悪かった。左右にいる者もなかなか諫言できなかった。
「しかし一応、皇帝陛下のご命令通りに待機しておいた方が良いのではないでしょうか……?」
辛うじてそう申し出る者がいたが
「陛下も、親父の言う通りに命令を下しているだけではないか。もうよい、俺は俺で動く」
と退けられてしまった。
「そうだ。シェックァウィは聖遺物も持たずに戦わせられて可哀想だ。ま、南部人だから仕方ないが……俺が行って助勢してやろう」
ダイダーラはそう言うと馬に飛び乗り、南側の戦場に向かって駆け出した。配下の兵士たちも仕方なくあとに続く。ただでさえ旧ズィーメリー騎士団勢が苦しい思いをしているところに、更に新手のチェルシャラン兵の一団が加わることになった。
しかし、このことはチャーマッシュの意図とは違ったようだった。
「このままだとセイシャルが危ないかもしれない。ダイダーラを北側に向かわせよう」
とチャーマッシュが言った時、ちょうど伝令がチャーマッシュらのいる本陣に駆け込んできた。
「ダイダーラさま、シェックァウィさまに助勢すべく動き出しました!」
「なにを勝手なことを!」
行ってほしいのはそっちではない。なぜ自分の命令通りに動けないのか……チャーマッシュは落胆した。
「まあ、良いではないか。最善の動きをしなくともこの戦い勝てるではないか。セイシャルもそんなに簡単に敗れるとは思えん」
シェランがとりなす。確かに、セイシャルとて十分な兵力を与えられており、戦場の北側にいる兵力は転生十字軍側四千、チェルシャラン側一万ほどだった。
「しかし、一騎討ちで敗れるという可能性もあります」
チャーマッシュはなおも不安が拭えないようだ。
「一騎討ちこそ、セイシャルが得意なことなのではないか」
シェランはそう言って笑った。それもそうか、とチャーマッシュは思い直す。
「どうしても不安なら、エリーゼを北に向かわせればよいのではないか?」
シェランは続けて提案してくる。
「いえ、エリーゼはまだ温存しておかなければダメです。まだイレーネ・ルン・フィーラが東側に現れていませんから」
*
ダイダーラが参戦してきたことによって、旧ズィーメリー騎士団勢の旗色は急速に悪くなっていった。味方は六千ほどであるのに対し、チェルシャラン軍二万がのしかかってきていた。リューク勢などは敵の猛攻の波に飲まれて壊滅寸前にまで追いやられかけたが、パイシェンが果敢に突撃して隙を作り、兵を後退させていた。
「ハルズさま、討ち死にーっ!」
私の近くまで兵が駆け寄ってきて叫ぶ。旧ズィーメリー騎士団の一人、セルヴエン伯領出身のハルズ・ファ・ヤートが大勢の敵兵に囲まれ、ほうぼうから槍で突かれて戦死していた。ハーッタンの戦いで戦死した兄ポゼンとあわせて、兄弟揃って殉教したことになる。
(このままだと、私も同じ運命を辿りそうだ……)
倒しても倒してもどこかから湧いてくるチェルシャラン兵を見て、私は悲観的になった。
その時、私を取り囲む敵勢の一角を切り崩してこちらに向かってくる一隊があった。先頭を駆けているのは、孤高の中年騎士エイリーン・ファ・ルニクスだった。
「ランクテどの、大丈夫ですか」
状況も相まって、手を差し伸べてくる彼は三割増しで格好良く見えた。
「ええ。エイリーンさんこそ、こんな敵の只中に飛び込んできちゃって大丈夫?」
「あまり良くはありませんね……リュークどのと同じように後ろに下がった方が良いかもしれません」
「下がって、どうするんですか?」
下手するとそのまま全軍が崩壊しかねないと思い、私はあまり乗り気ではなかった。
「イレーネどのがピクシール勢を蹴散らせば、こちらに向かってくるでしょう。それまで敵を引き付けておくんです」
エイリーンの説明に、私は渋々納得した。
「さ、そうと決まれば早く行きましょう」
エイリーンが促してきた時、
「おーい、ランクテさまーっ! ご無事だったんですねーっ!」
と間抜けな声が聞こえてきた。見ると、ノーナムが息も絶え絶えになりながら敵を振り切って走ってきていた。シュツッツェルも言っていたが、あいつがどうして生き残れるのか訳が分からない。戦場でもたもたしていたら一瞬でやられそうなものだが……。私はふっと微笑んだ。
「ちょうど良かった。これから一時後退するから、ノーナムも一緒に呼びかけろ!」
「は、はいいい」
返事をするのも大変そうに走るノーナムの後ろから、怪しい灰色の光が迫ってくるのが見えた。あれは聖遺物の放つ光だ! 私は慌ててノーナムに警告した。
「危ない! 気を付けろ!」
「へ?」
光が段々輪郭を帯び、一人の若武者が現れた。背が高く威圧感のあるそいつこそが、聖遺物「黒曜の亀甲」を身にまとったダイダーラ・シェンだった。
ダイダーラはノーナムに一瞥をくれると、興味無さそうにすぐ目を逸らした。
「いかにも弱そうな相手とは戦う気にすらならん」
イクストル地方の言葉でそう吐き捨てると、ノーナムを無視してまっすぐ私とエイリーンの方に向かってきた。
「そんなに強い相手と戦いたいなら、聖遺物を持つ者同士で戦うべきじゃないか?」
その声とともに、鮮やかな紫の光が目に飛び込んできた。聖遺物「紫稀の祝福」を持つパイシェン・ファ・マイヤーが駆けてきてダイダーラにぶつかっていった。ダイダーラは驚いて咄嗟に馬を操り、相手の捨て身の攻撃をかわす。パイシェンがすれ違いざまに振るった槍先が、奴の鎧をかすった。
「私が戦っているうちに下がれ!」
パイシェンは私たちにそう呼びかけた。




