砂塵に舞う
「うむ……なんだか逃げ回っているようで癪だが、仕方ないだろう」
チャイチャリャも渋々応じ、司令部となっている建物を出た。その場面を、エリーゼはたまたま目撃していた。今までチャイチャリャの顔もコイトーシュの顔も見たことは無かったが、物々しい武装をした兵士たちに厳重に守られていたことから、反乱軍の幹部であることを察知した。この時、エリーゼはまだセイシャルらと合流できていなかったが、敵幹部さえ捕えれば戦いは終わると思い、自分が率いている兵士たちだけで仕掛けることにした。
「そこの奴ら、待てぃ!」
エリーゼたちが行く手に立ち塞がると、チャイチャリャは絶望の表情を浮かべた。
「な、なぜシュレーン人がここにいるんだ!?」
反乱軍の視点では、シュレーン王国までもが討伐軍の味方になったのかと思っただろう。だが、コイトーシュは勇敢にも前に出て
「お前の相手はこの私だ!」
とエリーゼに立ち向かった。そんなコイトーシュの一隊は、次の瞬間には小さな雷に襲われて痺れさせられ、行動不能になった。
「もう終わったか。あまりやりがいは無かったな」
地面に這いつくばっている敵兵士たちを尻目にエリーゼがチャイチャリャに近づこうとした時、自分の周りの砂が不自然な軌道で宙に浮き始めていることに気づいた。危険だ、と彼女の本能が告げた。目の前の敵幹部を追い詰めるのは後回しにし、エリーゼは近くの建物の陰に隠れる。すると、突然砂嵐が巻き起こり、先ほどまでエリーゼが立っていた位置を襲った。
(なんだ、これは……)
エリーゼがじっと辺りを窺いながら警戒していると、
「おや、流石に用心深いな。十字軍騎士よ」
そう言いながらクァチャマンが姿を現した。
(何かおかしい。あいつはハーッタンの戦いやカナーノキア撤退戦の時もいた筈だが……)
エリーゼはカナーノキアから突撃する際、クァチャマンの隊を簡単に蹴散らしている。だが、その時には感じなかった強大なオーラが、今の彼からは漂ってきていた。
「撤退するぞ! セイシャルたちと合流するんだ!」
エリーゼは兵士たちに向かって呼びかける。だが、通訳の兵士がいない今、その言葉は正確に伝わることは無かった。兵士たちから見れば、エリーゼが勇ましく何事かを叫んでいるようにしか見えない。彼らは、てっきりその勇猛な騎士が、今度も戦うことを命じているものと思い込んだ。
「了解!」
精鋭たちは一斉に走り出てクァチャマンに向かって突撃していく。そんな彼らを、クァチャマンの作り出す砂嵐が容赦なく襲った。エリーゼが目を見張る中、ついさっきまで共に戦っていた兵士たちは砂塵となってバーカーヤト市内を流れる風の中へと消えていった。
「お、お前たち……」
がっくりと肩を落とすエリーゼに向かってクァチャマンがつかつかと歩み寄ってくる。彼から発される青い光の中に、うっすらキラキラと輝くようなものがみとめられた。やはり、ただ聖遺物を使っているだけではない。勝機を見いだせず、エリーゼはじりじりと後ずさった。
と、その時。どこかから目にも止まらぬ速度で槍が飛んできて、クァチャマンの肩に突き立った——と思いきや、その槍はクァチャマンの体に触れた部分から砂と化し、ダメージを与えることは出来なかった。
「今度は誰だ」
クァチャマンが槍の飛んできた方向に向き直ると、そこには薄い緑色の光をたたえたセイシャルが新たな槍を構えて立っていた。
「セイシャル……!」
クァチャマンの声に憎悪の感情が混じる。
「ようやく会えたな。ちょうどお前を直接ぶちのめしたかったんだよ」
悪態をつくと、セイシャルはクァチャマンに向かって真っすぐに突進していった。
「待ってセイシャル! 無警戒で突っ込んでいっちゃダメ!」
エリーゼは叫ぶが、セイシャルもまたエリーゼの言葉は分からない。しかし戦士の勘というのだろうか、セイシャルはその叫びが警告であることを感じ取った。クァチャマンが魔術を発動する。セイシャルは普段なら防御の魔術で防ごうとするところを、身を翻して攻撃を回避した。砂嵐がセイシャルを外れてその近くにあった樽や荷車を巻き込んで砂に変えた。
その様子を見てセイシャルも、クァチャマンの聖遺物が何かしらの方法によって強化されていることを悟った。セイシャルは身を屈めて敵から隠れつつ、エリーゼの近くまで這いよって来た。
「おい、どうやって戦う?」
セイシャルが尋ねてくる。意思疎通できない筈の二人だったが、事態の切迫さの余り身振り手振りで意図を伝えようと必死だった。エリーゼは体に雷をやや帯びさせるとともに、手を回して敵の背後に回り込むつもりであることを表現する。セイシャルはその意味を理解したのか、すっくと立ち上がってクァチャマンの前に姿を現した。
セイシャルがクァチャマンに立ち向かっていくと同時に、エリーゼも身を低くして移動を開始する。相手が暴れまわったお陰でボロボロになった建物の間を抜け、クァチャマンの背中が見える位置まで来る。
セイシャルは迫り来る砂嵐を一度避け、大きく跳躍しながら踏み込んで槍の一撃を繰り出す。案の定その槍の先端は砂に変えられてしまったが、すぐさま槍を短く持ちかえて第二撃を打つ。それすらも効かなかったが、更に腰に佩いていた短刀を抜いてクァチャマンの腹部目がけて薙いだ。しかしその短刀すらも、柄の部分のみを残して消滅した。
「どうやらそこまでのようだな」
クァチャマンは周囲の砂を巻き上げ、セイシャルにとどめを刺すべく砂嵐を形成し始める。今だ! エリーゼはぱっと建物の陰から飛び出してクァチャマンに背後から飛び掛かった。至近距離まで近づいたところで魔術を発動し、小さな雷がクァチャマンに向かって落ちていく。相手も咄嗟に防ごうとしたが、砂嵐を形成している最中から、それを防御の魔術に即座に切り替えるのは至難の業だった。結果、エリーゼの魔術を完全に防ぐことはできず、少量の雷がクァチャマンの体の中を流れ筋肉を痺れさせた。
そんな状態でも、クァチャマンは歯を食いしばってなおも魔術を発動しようとする。エリーゼとセイシャルは急いで相手から離れて距離をとる。そこに、どこからかダイダーラが現れてクァチャマンに向かっていった。
「敵の攻撃は強力だ! 危ないから下がれ!」
セイシャルが警告したが
「指図するな! こいつは俺の獲物だ。横取りはさせん!」
と、ダイダーラは聞く耳を持たなかった。
(なんて無茶なことをするんだ……)
エリーゼもヒヤヒヤしながら見守る中、ダイダーラがクァチャマンに飛び掛かった。クァチャマンの方もその攻撃に気づき、砂嵐の一部を分離してダイダーラに差し向ける。ダイダーラの体が砂に覆われた時、なぜかクァチャマンの右腕が砂と化して消滅していた。
(どういうことだ……?)
クァチャマンは理解が及ばず、腕が失われた肩の付け根を唖然として見つめることしか出来なかった。やがて砂嵐の中から五体満足なままのダイダーラが飛び出してくる。慌ててクァチャマンも残った左腕で応戦しようとするが、相手の動きの方が圧倒的に速かった。ダイダーラが真っすぐ正面から突き出した槍が、クァチャマンの腹部を見事に貫通していた。
「あ……俺が……負ける……なんて……」
クァチャマンはがくっと膝をつきながらしばらく苦しみ悶えた後、槍に体重をもたれかけ、そのまま絶命した。
「なんとまあ、無茶な突撃をそのまま成功させてしまうなんて」
セイシャルが半ば呆れている。
「当たり前だ。俺は親父と違って頭でっかちなだけの人間と思われたくないんだ」
大言吐きか、はたまた大器か。砂煙がまだ落ち着かぬ中で、ダイダーラは一人勝ち誇っていた。




