バーカーヤト攻囲戦(後編)
「私はチェルシャラン朝の行方がどうなろうと知ったことではない。しかし平凡な騎士だったと思われるのは我慢ならない。皆も誇りある兵士なら、私に後れをとるな。死ぬ時は戦って死ね。決して転落死などしないよう」
エリーゼが兵士たちに向かって言うと、共通語とイクストルの言葉を両方解する者が通訳した。奇妙な鼓舞だったが、男尊女卑思考の強いチェルシャラン朝の兵士たちは女の騎士に負けるわけにはいかないと奮起した。
迅速に、しかし慎重に、精鋭たちは崖のような山の斜面を下っていく。足元はごつごつとした岩場から土のような場所に変わっていき、一人の兵士が足を滑らせて転落していった。その男は人の身長の十倍はある高さを落下し、全身を地面に強く打ちつけて粉々になった。
「動揺するな! 神の加護は我らにある」
エリーゼはついこれまでの癖でそう言った後、しまったと思ったが、そこは通訳がうまく自然崇拝者風に変換してくれた。
やがてエリーゼの一隊は急な斜面を乗り切り、平地に降り立った。近くにいた反乱軍兵士たちが、突然の侵入者に驚いてこちらを向く。
「各自、生き延びつつ西門を目指せ。辿り着いた者は、味方を市内に引き入れろ」
エリーゼはそう命じ、鎧の中に仕込まれた棘を身体に刺す。霊漿液が流れ出し聖雲氷に触れると、エリーゼの魔術"ウリエルの啓佑"によって発生した小さな雷が反乱軍兵士たちに襲いかかった。
*
予想してなかった山側からの奇襲に反乱軍は動揺して浮き足立った。報告を受けたクァチャマンは苛だちが抑えられない様子だった。
「それで、敵は何人なんだ?」
兵士に尋ねると
「正確な数は分からず……数十人か、あるいは数百人かも……」
との曖昧な答えが返ってきた。狼狽した兵士たちにはエリーゼの隊が実際よりも多く見えていた。
「馬鹿者!」
クァチャマンは報告した兵士を蹴り飛ばす。その様子は、まるで彼自身がセイシャルにやられていたことを繰り返しているかのようだった。
「こうなったら、俺自らが侵入者を討ち取ってやる。情けない奴らには任せておけん」
「いけません」
コイトーシュがたしなめた。
「敵の主力が城壁の外にいることには変わりありません。クァチャマンどのは聖遺物をお持ちの最重要な戦力。それを市内の敵のために割くのは適切ではないでしょう」
そう言われるとクァチャマンは「親父さんに似て小賢しい野郎だ」とぼやきつつも引き下がった。
「敵の目的は、城壁外の主力を市内に引き入れて我々にぶつけること。ならば先手を打ってこちらから仕掛けていきましょう。それが敵の虚を衝くということです」
*
西門の外に陣を張っているキャピャベオ率いるキャギャ族の勢力は、エリーゼが門を内側から開くのを今か今かと待っていた。そしてついに、門が重々しくおもむろに開かれていく。しかしキャピャベオが次に目にした光景は、クァチャマン率いる敵の精鋭部隊が自分たちの方に向けて突撃してくる様子だった。反乱軍は、エリーゼに門を開かれる前に自分から攻撃に打って出たのだ。
想定と違う事態に、キャギャ族たちは混乱状態に陥った。急いで迎撃態勢に移らせようとするが、間に合いそうもない。キャピャベオは仕方なく槍を手に取り、騎馬を前に進めた。
「なに、敵の方から攻めてこようがこちらから攻めようが、やることは敵を撃滅ただそれだけ! こっちも突っ込むぞ。我に続けっ!」
キャギャ族の兵士たちは雄たけびを上げ、準備が整う整わないに関係なくキャピャベオに追随していく。敵味方の距離が一気に縮まり、クァチャマン勢とキャピャベオ勢は真正面からぶつかり合った。
「一気にけりをつけてやる」
クァチャマンは周囲の敵兵を槍で突き倒しながら、キャピャベオの方へ近づいていく。キャピャベオの方も一騎討ちには自信があるようで、長刀をクァチャマンに向けて構えた。
「いくぞ」
クァチャマンは霊漿液を流して魔術を発動する。聖遺物「紺碧の竜鱗」が深い青色の光を放つと、周囲の砂が舞い上がり、辺りを漂い始めた。それを見たキャピャベオは最初、相手が風を操る術か何かを操っているのかと思った。しかし、近くに倒れている兵士の体が砂となって形を失い始めているのに気付いたキャピャベオは、咄嗟に手綱を引いて馬を駆けさせた。その判断は当たり、さっきまで彼がいた場所で砂が舞い上がったかと思うと、そばにいた兵士が一人巻き添えを食らって砂塵と化して消えていった。
(人や物を砂に変えてしまうのか……)
難を逃れたキャピャベオは、自らも魔術を発動する。彼の持つ聖遺物「黒曜の亀甲」が怪しい灰色の光を発した。途端に彼の乗っている馬の筋肉が盛り上がり牙が生え、おぞましい唸り声を上げながらクァチャマンに向かって突っ込んでいった。
(うおっ)
あまりに速い動きに驚愕したものの、クァチャマンはすんでのところで身をかわして、最早馬とは呼べないその怪物の牙を逃れることが出来た。怪物の背中に乗るキャピャベオは、すれ違いざまにクァチャマンの乗る馬に触れる。すると、たちまちその馬も醜い怪物と化し、自らの主人に対して襲いかかった。
相手は相手で変な術を使いよる、とクァチャマンは思いつつ、もう一度魔術を発動する。周囲の砂が怪物を包み込んだかと思うと、その怪物をも砂に変えて風に乗って流れ去っていった。
「クァチャマン、皇帝に反逆したことを悔いながら死ねぃ!」
背後からもう一匹の怪物に乗ったキャピャベオが槍を繰り出してくる。避けきれない! そう判断したクァチャマンは、チャイチャリャから渡された跡鉱氷を鍛えて作った強化具に「紺碧の竜鱗」をはめ込んだ。
強い青色の光にキャピャベオの目が眩む。突き出した槍が宙を切った……と思った。だが光に目が慣れた時、キャピャベオは自分の右腕ごと砂となって消滅していることに気づいた。
「な……なんじゃこりゃぁ!?」
事態が呑み込めないままの相手に向かって、クァチャマンは更に魔術を仕掛ける。キャピャベオは防御の魔術を発動するが、クァチャマンの強化されたそれの前には無力だった。キャピャベオは、自分が乗っている怪物もろとも一瞬にして砂塵と化した。あとには聖遺物「黒曜の亀甲」だけが残った。
「この力……最早奇跡だ……」
強化具によって得たクァチャマンの新たな力「紺碧の竜鱗・霊跡」の誕生だった。
*
一方、北門の方からはセイシャルやダイダーラらが攻城砦を使って市内への突入を敢行していた。反乱軍の主力は西門にまわっていたため、こちらは比較的容易に突破することが出来た。
市内はエリーゼの仕掛け奇襲で混乱している。この状況を利用しない手は無かった。
「うまくいけば、たやすく市内を掌握することが出来るかもしれん。まずは街の中心部を攻め落とすぞ」
セイシャルが声をかけると、ダイダーラが「言われなくても分かってる」と口を尖らせた。
その頃エリーゼは、西門近くで生き残りの精鋭たちと息を潜めて様子を窺っていた。キャピャベオがクァチャマンに立ち向かい敗北する様も目撃していたが、如何せんクァチャマン勢に隙が無く、手出しすることが出来なかった。そんな中、北の方からセイシャル勢らが喊声を上げながら攻め入ってくる音が聞こえてきた。
「よし、私たちもそっちへ行ってセイシャルたちと合流しよう」
エリーゼはついてきた兵士たちにそう告げて動き出した。この時通訳担当の兵士は既に戦死していたため、語気とジェスチャーだけで何となく指示を伝えていた。
セイシャルの侵攻を受けたことでチャイチャリャたちも焦り始めていた。要撃に向かったシェックァウィは既に敗れて安否不明との報告が入っていた。
「一時的にここを逃れましょう。クァチャマンどのと合流するのです」
とコイトーシュは提案した。




