バーカーヤト攻囲戦(前編)
エリーゼからみて、チェルシャラン朝の文化レベルはシュレーン王国やズィーメリー王国と比べても遜色ないものであった。ただ、ところどころ未開さを感じる部分があった。まず、エリーゼ以外に幹部武将の中に女はいない。その上、一夫多妻制は当たり前で、チャーマッシュにも五人くらいの奥方がいる。これは、「救世主の教え」を信じる者にとってはありえない話だった。
エリーゼたちの操る超能力、「救世主の教え」への信仰が篤き者が使えば神秘術、そうでない者が使えば魔術と呼ばれるそれは、チェルシャラン朝ではひっくるめて鬼術と呼ばれていた。彼らの間ではその力に神聖さも邪悪さも無く、ただの自然現象だと理解されていた。鬼術が使える者と使えない者に貴賤の差は観念されず、このことが、魔術を全く使えないセイシャルが聖遺物「翡翠の月輪」を預けられることにも繋がっていた。
セイシャルといえば、エリーゼは彼と戦場で二度も槍を交わしあったからか、何となく心が通じ合うような気がしてきていた。セイシャルは共通語ラティナは喋れないので、会話をしたことはない。しかし、訓練中に出くわせば必ず手合わせをする関係性になっていた。魔術を使わない純粋な槍の勝負では、やはりセイシャルの方が優秀だった。とはいっても、最強の槍使いの彼を前にして三、四割は勝てるエリーゼも、全軍の注目の的となっていた。
(生まれ育ったシュレーン王国の文化とは何もかもが違って慣れないけど、こっちの方が居心地が良いな)
と、エリーゼは感じ始めていた。
(誰も私と深く関わろうとしない。それでいて必要とはされている。私は皆と一定の距離を保ちながら、自分の仕事をすればいいんだ)
やがて、防衛十字軍での出来事や、イレーネに対する感情も、記憶の奥底へとしまいこまれていった。
そんな感じで過ごしつつ、チェルシャラン軍がバーカーヤト郊外へ着いた時には、エリーゼはチャーマッシュから一定の信頼を獲得していた。
「エリーゼなら、バーカーヤトをどう攻める」
ある日、チャーマッシュがそんな相談をしてきた。
バーカーヤトは北海の沿岸部に近いオアシスに作られており、三方は高い城壁に囲まれ、一方は山の崖によって守られていた。現在チェルシャラン軍は攻城砦を建築中だったが、エリーゼは別な方法を考えていた。
「私なら、山側から奇襲を仕掛ける」
その言葉に、チャーマッシュは「うむ」と曖昧な返事をして腕を組んだ。
「あの山の斜面はお前が思うより険しいぞ。普通の人間ならまず降りられない」
「何も、全軍で山側から攻めるとは言ってない。屈強な精鋭を少数率いて、奇襲するのよ。そして城壁の門を内側から開き、味方本隊を市内に引き入れる」
チャーマッシュは一つ大きく頷いて
「そう提案するからには、お前が奇襲できるということでいいんだな?」
と訊いた。
「ああ、構わない」
「仕方ない。それでは数百人ほど兵士を貸し与えることにしよう」
「そんなに要らないわ。せいぜい三十人でいい」
エリーゼが言うと、チャーマッシュは眉をひそめた。彼女がどれだけ本気で言っているのか推し量っているようだ。だが、エリーゼは大真面目だった。
「その代わり、本物の精鋭を選んでよ。弱っちい兵士を率いて無謀な突撃をしろと命じられるくらいなら、今ここで処刑された方がましだから」
この人はどうしていちいち過激な物言いをするのだろう、とチャーマッシュは思った。
*
バーカーヤト市内では、クァチャマンが焦燥感を露わにしていた。
「誰も援軍に応じないじゃないか! 話が違う。我々だけでチャーマッシュに対抗できるのか!?」
チャーマッシュの頭脳やセイシャルの戦闘力がどれだけ凄いかをクァチャマンは間近で見てよく知っている。それに対し、反乱軍のリーダー・チャイチャリャは、余裕があるといった感じの笑みを浮かべて、クァチャマンに語りかけた。
「なに、僕だって思いつきで戦いを始めたんじゃありません。ちゃんと勝算があるんです。我々を勝利に導く二つの道具がね」
「二つの……道具……?」
チャイチャリャは頷く。
「一つは、皇帝シャランとその一族を捕らえていること。もう一つは……」
クァチャマンの手に、何かが渡された。ひんやりとした感覚から、鋼か何かの金属で出来ていることが分かる。大きさは聖遺物「紺碧の竜鱗」より少し大きくて、形はその聖遺物によく似ていた。
「聖遺物が眠っていた地域から微量に採れるという跡鉱氷を、南部人の精錬技術で鍛えて造った代物だ。聖遺物を強化してくれる筈だ。以前からその可能性は指摘されていたが、南部人の手によってついに作り上げたんだ!」
チャイチャリャは興奮気味に語った。
「これで……セイシャルにも勝てるかも……」
クァチャマンは、ごくりと唾を飲んだ。
*
翌朝、皇帝シャランとその一族たちがバーカーヤトの城壁の上に座らされていた。彼らが人質に取られていることは、討伐軍にとっては大きな打撃となった。
「今の今まで安否が不明だったことから、あるいはとは思っていたが……」
チャーマッシュは歯噛みした。
「こいつらの命が惜しければ、武装を解除して撤退しろ! そして、南部人がこの国を治めることを認めるのだ! これからは皇帝は南部人、貴族も吏僚も皆南部人だ!」
チャイチャリャが城壁の上から要求を突き付けてくる。それは北部人を中心とする討伐軍にとっては到底受け入れがたいものであった。
「とりあえず、バーカーヤトの囲みを解くのだ! あとは、話し合いで何とかすればよい」
討伐軍の中にいる第二皇子シェランは焦ってチャーマッシュに働きかける。父であるシャランたちをどうしても助けたいのだろう。
「お気持ち、お察しします。私とて、皇帝陛下をお救いしたい気持ちでいっぱいです」チャーマッシュは冷酷に告げた。「ですが、相手の要求に従うわけにはいきません。我々が一度退いたとなれば、日和見している諸豪族たちが一斉に反乱軍につくでしょう」
「うるさーい! そんなことはどうでもいい。お前にはあの父上らの姿が見えんのか! 私の実の父だぞ! お前らの皇帝でもあるのだぞ! そんな父上を見殺しにしろと言うのかー!」
シェランに激昂されても、チャーマッシュは黙って首を横に振るだけだった。シェランは絶望し、がっくりと地面に崩れ落ちる。
実はこの時既に、チャーマッシュは反乱軍が跡鉱氷を多量に入手しているという情報を手にしていた。それには何か狙いがある、と彼の直感が告げていた。奴らの思惑通りにいかせないためにも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
やがて、長刀を持った処刑人が城壁の上に現れ、皇室の人間の首を一人また一人と刎ね始めた。シェランの怒号が響き渡る。最後に、皇帝シャランの首も宙を舞い、城壁の下へと真っ逆さまに落ちていった。その他の遺体もドサドサと城外に捨てられていった。屍から流れ出す血液でちょっとした池が出来るほどだった。
(皇帝陛下、申し訳ありません。その代わり、シェラン殿下をお守りするためなら、私は喜んで命を捨てましょう)
チャーマッシュは心の中でそう唱えた。
*
同じ頃、エリーゼは三十人の精鋭兵たちとバーカーヤト南方にある山を登っていた。チャーマッシュは約束通り本当に使える兵士たちを選抜してくれたようで、もう既に結構な登山を続けているのに皆息が上がる気配すら見えなかった。草木が一本も生えていない岩場を、岩と岩の隙間に手を挟み入れながら進んでいくと、バーカーヤト市内を真上から見下ろせる場所に辿り着いた。
「さて、異教の皇子さまのために、大天使のお力をお借りしますか」
エリーゼは、自らの魔術"ウリエルの啓佑"を皮肉ってそう言った。




